彗星のように現れた山口小夜子の幼少期から晩年まで、じっくりと観てきました。
パリ・コレクションの頃の小夜子は「服や素材を表現」していることに徹底していました。
内側からくるその表現にかなり魅了されました。
ここで彼女の「謎」めいた「謎」を発見します。
1973年から1986年まで資生堂のモデルとしていた小夜子も存分に観てきました。
『日本の美』について徹底的に個性的に表現していました。
ここで小夜子は一般にも有名になります。
どこかマニアな感じがしたのに、当時の資生堂がぐんと伸びたのは彼女無しでは語れません。
「謎」です。
その後はひとりの表現者として活躍します。
寺山修司の舞台や様々な活動をしていきました。
『月 小夜子/山海塾』ではアンダーグラウンドの中の一輪の華として、わかりやすく写真で表現。
様々な活躍をしていき、晩年は若い世代の表現者たちと、ファッション・音楽・映像・演劇・朗読パフォーマンス・ダンスなど、新しいもの、オルタナティブなものに対する強い感受性を持ち、積極的に活動しました。
彼女の彗星のように現れた頃から変わらない創作活動に「謎」が生まれました。
外見的なこと、内側からくること、技術的なこと、様々なことに対してかなりの執着を感じました。
自分をかなり持った方でした。
彼女の全ての「謎」に私は答えを知りたくなりました。
でもこれは答えはありません。
彼女はこう言っていたようです。
「真理を考えている時間が一番好きなの」と。
私はここに答えがつまっているのだと感じました。
いまどきオルタナティブですね。
でも古いメインストリームこそが、未来のメインストリームだったりするかもしれません。
彼女のブレない姿勢もそこだったりするかもしれないとも思いました。
良かった。
素晴らしい女性でした。
彼女を越える人はなかなかいないでしょう。
明日までやっています。
観ていない方はぜひ。
SAYOKOワールドへ。
