2月「予防接種…」の記事の「コメント欄」で、ご自身のアトピー皮膚炎に関しての体験談を語ってくださった<あもさん>に詳しくお聞きして,改めて紹介したいと予告しておりましたが…やっと実現しました!
以下はあもさん(現在3人の男児 母30代)にお聞きしたお話を整理しました。
【症状はいつ頃から】 写真などからみて、生後5,6カ月の頃です
【親御さんはどのように】病院でステロイドを処方され、それを塗っていました。
ステロイドを塗ると、一応きれいになりますが、またぶり返し
また塗る、の繰り返しだったと思います。
【大きくなっていって】 小学生になって症状がひどいと母も、お医者さんに行きなさ
いと言い、自分でも気になるようになって、薬をたくさん塗
るようになっていきました。そうしていると、当然薬は、だん
だん効かなくなるので、より強いものになっていきました。
【小学校高学年~高校生】全身至る所炎症がある状態で、特に高校受験の時は
慢性的な睡眠不足もあって、首など、ポリポリ掻き
ながら勉強していました。
【20代になって】 薬なしでいられない自分の状態はおかしいとずっと感じてい
たので、調べるようになったけれど、接客業だったので、ス
テロイドの怖さを知りつつも(深く知るのが怖いという気持
ちもあった)使わずにはいられませんでした。
ただ、使用量を減らしたり、他のもので、ということは心が
けていましたが。
【結婚、出産ののちに】 子どもが同じようになってしまうのは避けたかったので、
ステロイドについて詳しく調べました。そして(ステロ
イドを)止めよう、と決め、医者も変えました。
【二男が誕生して】 男の子2人との生活で、自分自身の根っこにある清潔観念は
通用するわけがなく、またそのことに疑問も持ち始めて
いました。
【疑問】 *(ずっと自身のことで疑問だったことは)アトピーの皮膚に
消毒液を付けると痛い、痛いから薬を塗る、良くならない
けれど、同じことを繰り返す→おかしい と。
*(子どもと外で遊んでいると)汚いことに対してダメダメを
連発する→イライラする→おかしい、それなら外で遊ぶ意味
がない
【考えを変える】 ネット等、調べたり、自分の経験や感覚も合わせ、検討して
生活の基本の考えを変えました(清潔観念の見直し)
*キーワードは「洗いすぎない」
ほとんど水洗い―石けんを常時使わない
洗剤カット
*「汚い」観念を変え、子どもに合わせる(おおらかに過ごす)
*食べものに気をつける(自分自身、食物アレルギーもあった
ので)外食なし
*自分に必要な睡眠時間をとる(そのために工夫する)
*運動(ストレッチ)
―漢方医にかかって、漢方薬を飲み、アドバイスも受けていました―
【症状は】 数年かかりましたが、改善しました。
今は、「何もしないで」元気な肌です。
トラブルが起きてもどうすればいいかわかります。
【思うこと】 両親ともきれい好きでした。エタノールで手すりなどを拭いて
いたほどです。そして、両親ともに肌が弱かったです。
アトピーは特に原因がみな違って、回復方法も違います。完治
は難しいですが、悪化しないよう、悪化の原因を知る必要があ
ってそのためには薬に頼らないで自分を見つめ直すことが、
大切と、私は思います。
私は、子どもを得たことをきっかけに、自分が育ってきた中
での疑問や、悩みや、感じたことを見直すことができました。
自分で情報を集めて納得しながら行動できて、良かったです。
子どもや夫、支えてくれた全てに、感謝しています。
聖路加国際病院の日野原重明先生が「自分の身体の主治医は自分」とか「今は健康かどうかを数値でみるが、大事なのは自分の身体の健康感(健康状態の実感)を掴むこと」という主旨のことを言われています。
私はこの考えに共感します。
あもさんのお話を聴いていて、あもさんは、自身の主治医になるべく、多くの山を越えてきたのだと感じました。
もちろん、専門家に診てもらうこと、その処方に従うことも、必要なことと思います。
でも最終的に納得し、何を選択するのかは自分なのだと、思うこの頃です。
5月5日 東京新聞サンデー版に「聞いていますか 子どもの声」が載りました。
~忙しい大人たちも、一息ついて、子どもの心に寄り添ってみませんか~ と
あります。
様々な機関(内閣府、文部科学省、日本青少年研究所、ユニセフなど)の調査に
よる子どもの現状、相談機関に寄せられた声などが示されています。
それによると(大雑把ですが)
※調査によっての子どもの現状
『孤独を感じると答えた15歳の割合』では日本が29.8%(カナダ7.6%、フランス
6.4%、英国5.4%)とOECD24ヶ国中、日本がトップで3人に1人にものぼります。
『自分が好き,自信がある…自己肯定感』は年齢が上がるほど低くなっています
(調査対象は小5と中2)
『夜寝る時間』は
(小4~小6)9時30分ころまでに寝るのは28.8%
11時以降は20.4%
(中1~中3)11時ころまでにが35.5%
11時30分以降は(12時ころ22.3%を含めて)39.6%
『学校以外で勉強する時間』
(小4~小6)1時間くらいが33.2% 4時間以上3.1%
(中1~中3)2時間くらいが28.1% 3時間くらい13% 4時間以上2.9%
『なぜ電話をかけたか』
チャイルドライン(子供専用電話)の受け手が感じた電話をかけた動機
聞いてほしい、つながっていたい…56%
何らかの助言がほしい …24.3%
声(つぶやき)は
・自分を認めて欲しい
・話を聞いて欲しい
・いじめを母親に相談したら「あなたが何かしたんじゃないか」
と言われた
・テストの成績が上がらなくて怒られる。自分なりに頑張ってい
るのに
・友だちをいじめてしまう。やめたいのに
・みんなが自分のこと嫌っているんじゃないかと気になる
・人をうらやましいと思ってしまう
・塾や習い事がいっぱいあって大変 などなど
※「子どもが生きにくい社会」
思いのままにのびのび遊ぶ。そんな子どもらしさが、少子化、
都市化などによって奪われています。
※「生きる実感 育んで」と題した、天野秀昭さんの文が掲載されています。
【「僕ね、学校では仮面一枚つけてるんだ」小学四年の男の子の何げない一言に、
ぼくは聞き返した。「そうなんだ、学校では仮面をつけてるんだ」「うん、家
じゃ二枚だけどね」
ぼくが三十五年近く関わり続けている冒険遊び場(プレーパーク)でのワンシーン
だ。―中略―
こうした場所で子どもを見ていると、子どもの息苦しさがよく分かる。子どもは
褒められることが大好きで、大人が望むようになろうといつだって努力している。
本能的に、自分の命を握っている人に愛してもらうことが、生きるために必要だ
とわかっているからだ。大人が愛してくれる子どもになろうと彼らは懸命だ。
仮面は、その努力の証しといっていい。
けれど、そんな子どもが思春期になるころ、今ここにいる自分は人から褒められ
ることを基準に作ってきた自分であって、自分がなりたかった自分ではないと気
づいてしまう。これは、本人にとってとても苦しい。自分が生きている、という
実感が持てないからだ。
小四の彼は、このあと「ここ(プレーパーク)では仮面をつけなくてもいい」と
話した。―後略―】
私も、乳幼児のころから「いい子」を要求されてしまう子どもたちをずっとみて
きました。
子どもが本音を出せない、自分を生きられない、それぞれの持つ個性や、いきいき
とした子ども本来の輝きを育めない社会の未来は明るいものとは言えません。
※将来
『人の役に立つ人間になりたい』(小6)と72・9%もの子どもが答えています
この気持ちを生かすも殺すも大人次第です
大型連休中の子どもの日、非日常の楽しみも子どもにはうれしいことでしょう。
でも大人はそれだけに、エネルギーを費やさず、子どもの心の中をじっくり
見つめ直し考える時間を持つことも必要なのではないかと思います。
~忙しい大人たちも、一息ついて、子どもの心に寄り添ってみませんか~ と
あります。
様々な機関(内閣府、文部科学省、日本青少年研究所、ユニセフなど)の調査に
よる子どもの現状、相談機関に寄せられた声などが示されています。
それによると(大雑把ですが)
※調査によっての子どもの現状
『孤独を感じると答えた15歳の割合』では日本が29.8%(カナダ7.6%、フランス
6.4%、英国5.4%)とOECD24ヶ国中、日本がトップで3人に1人にものぼります。
『自分が好き,自信がある…自己肯定感』は年齢が上がるほど低くなっています
(調査対象は小5と中2)
『夜寝る時間』は
(小4~小6)9時30分ころまでに寝るのは28.8%
11時以降は20.4%
(中1~中3)11時ころまでにが35.5%
11時30分以降は(12時ころ22.3%を含めて)39.6%
『学校以外で勉強する時間』
(小4~小6)1時間くらいが33.2% 4時間以上3.1%
(中1~中3)2時間くらいが28.1% 3時間くらい13% 4時間以上2.9%
『なぜ電話をかけたか』
チャイルドライン(子供専用電話)の受け手が感じた電話をかけた動機
聞いてほしい、つながっていたい…56%
何らかの助言がほしい …24.3%
声(つぶやき)は
・自分を認めて欲しい
・話を聞いて欲しい
・いじめを母親に相談したら「あなたが何かしたんじゃないか」
と言われた
・テストの成績が上がらなくて怒られる。自分なりに頑張ってい
るのに
・友だちをいじめてしまう。やめたいのに
・みんなが自分のこと嫌っているんじゃないかと気になる
・人をうらやましいと思ってしまう
・塾や習い事がいっぱいあって大変 などなど
※「子どもが生きにくい社会」
思いのままにのびのび遊ぶ。そんな子どもらしさが、少子化、
都市化などによって奪われています。
※「生きる実感 育んで」と題した、天野秀昭さんの文が掲載されています。
【「僕ね、学校では仮面一枚つけてるんだ」小学四年の男の子の何げない一言に、
ぼくは聞き返した。「そうなんだ、学校では仮面をつけてるんだ」「うん、家
じゃ二枚だけどね」
ぼくが三十五年近く関わり続けている冒険遊び場(プレーパーク)でのワンシーン
だ。―中略―
こうした場所で子どもを見ていると、子どもの息苦しさがよく分かる。子どもは
褒められることが大好きで、大人が望むようになろうといつだって努力している。
本能的に、自分の命を握っている人に愛してもらうことが、生きるために必要だ
とわかっているからだ。大人が愛してくれる子どもになろうと彼らは懸命だ。
仮面は、その努力の証しといっていい。
けれど、そんな子どもが思春期になるころ、今ここにいる自分は人から褒められ
ることを基準に作ってきた自分であって、自分がなりたかった自分ではないと気
づいてしまう。これは、本人にとってとても苦しい。自分が生きている、という
実感が持てないからだ。
小四の彼は、このあと「ここ(プレーパーク)では仮面をつけなくてもいい」と
話した。―後略―】
私も、乳幼児のころから「いい子」を要求されてしまう子どもたちをずっとみて
きました。
子どもが本音を出せない、自分を生きられない、それぞれの持つ個性や、いきいき
とした子ども本来の輝きを育めない社会の未来は明るいものとは言えません。
※将来
『人の役に立つ人間になりたい』(小6)と72・9%もの子どもが答えています
この気持ちを生かすも殺すも大人次第です
大型連休中の子どもの日、非日常の楽しみも子どもにはうれしいことでしょう。
でも大人はそれだけに、エネルギーを費やさず、子どもの心の中をじっくり
見つめ直し考える時間を持つことも必要なのではないかと思います。
先日、ドキュメンタリー映画「隣る人」(となるひと)を観ました。
「親と暮らせない子どもたちと、隣り合う保育士たち。そして、子ども
とふたたび暮らすことを願う親。
ある児童養護施設の日常を追う8年間のドキュメンタリー」
と、パンフにありました。
映画は朝食の味噌汁を作っているシーンから始まります(ラストシーンも)
学校に行く子どもたちは、「いってらっしゃい」の声に送り出されます。
夜寝る前に、本を読んでもらいながら、眠りにつきます。
悲しいとき、不安な時、寂しい時…抱きしめてくれる。一緒に泣き、笑ってくれる
話をきいてくれて、料理を教えてくれて、いけないことを教えてくれる…
そんな日々の暮らしの小さな場面の積み重ねが、信頼し合い、心がつながって
いくことなのだと、つくづく感じました。
養護施設という「家」で、子どもと保育士との間に血のつながりはありません。
でも子どもは、そこで求めてやまない愛を受けながら、人として成長していく。
そんな姿が尊くて、涙が止まりませんでした。
パンフの裏面に著名人5人の感想が載っていました。
その中の一つです。
「どんなムッちゃんも好き」。保育士のマリコさんの言葉です。
そう思ってくれる人が隣にいること。子どもにはそれだけでいい。
けれど「それだけ」が非常に困難になっているのは、今の日本、
児童養護施設に限ったことではないように思います。
愛情とは、何か特別なことをしてやったり、
まして期待したりすることではない。
なんでもない時間を共有し、ひたすら存在を受け止めること。
子どもとは、こんなにも愛情を必要としている生き物なんだと
せつなく、だじろぐほどでした。 俵 万智(歌人)
親が子どもの[心の育ち]をどう見守っていくか、この映画にはその原点が
ありました。
5月12日から全国順次公開 とのこと。もし興味をもたれたら(お父さんも)
観てみてください。
http://www.tonaru-hito.com/
「親と暮らせない子どもたちと、隣り合う保育士たち。そして、子ども
とふたたび暮らすことを願う親。
ある児童養護施設の日常を追う8年間のドキュメンタリー」
と、パンフにありました。
映画は朝食の味噌汁を作っているシーンから始まります(ラストシーンも)
学校に行く子どもたちは、「いってらっしゃい」の声に送り出されます。
夜寝る前に、本を読んでもらいながら、眠りにつきます。
悲しいとき、不安な時、寂しい時…抱きしめてくれる。一緒に泣き、笑ってくれる
話をきいてくれて、料理を教えてくれて、いけないことを教えてくれる…
そんな日々の暮らしの小さな場面の積み重ねが、信頼し合い、心がつながって
いくことなのだと、つくづく感じました。
養護施設という「家」で、子どもと保育士との間に血のつながりはありません。
でも子どもは、そこで求めてやまない愛を受けながら、人として成長していく。
そんな姿が尊くて、涙が止まりませんでした。
パンフの裏面に著名人5人の感想が載っていました。
その中の一つです。
「どんなムッちゃんも好き」。保育士のマリコさんの言葉です。
そう思ってくれる人が隣にいること。子どもにはそれだけでいい。
けれど「それだけ」が非常に困難になっているのは、今の日本、
児童養護施設に限ったことではないように思います。
愛情とは、何か特別なことをしてやったり、
まして期待したりすることではない。
なんでもない時間を共有し、ひたすら存在を受け止めること。
子どもとは、こんなにも愛情を必要としている生き物なんだと
せつなく、だじろぐほどでした。 俵 万智(歌人)
親が子どもの[心の育ち]をどう見守っていくか、この映画にはその原点が
ありました。
5月12日から全国順次公開 とのこと。もし興味をもたれたら(お父さんも)
観てみてください。
http://www.tonaru-hito.com/
けんかやもめ事とは少々違いますが、
子どもと親の間の葛藤というのがあります。
こんな場面です。
2歳前後の子が、おもちゃを投げました。
お母さんは、(その時は誰にも当たらなかったのですが)投げてはいけないと
叱りました。
でも子どもは、すぐそのあと、また、おもちゃを投げました。
お母さんは飛んで行って「今、言ったばかりでしょ、何故投げるの!」
と子どもの両腕を掴んで、強く叱りました。
その剣幕に子どもは大泣きです。その泣き声が大きく、周りからは注目されて
しまい泣きやませることも出来ず、お母さんも頭から湯気が出ていそうなくらい
の雰囲気で、もう母子とも遊ぶどころではなくなってしまいました。
お母さんのつらい心情を察しますが、
子どもの側からすると、いけないことをしているという意識はないので、お母さん
の強い反応にびっくりして、わけわからない不安で泣いてしまっている状況です。
(本能で動いている)このぐらいの子どもはものをよく投げます。
投げるは、歩くとか駆けるとか飛ぶといったことと同じ、人間の持つ能力の一つ
です。
「投げる」がいけないことではないです。ボールを上手く投げれば誉められるわけ
ですから。
子どもに教えることは、投げてはいけないものがあることや、投げると人に当たっ
たり、壊れたりすることが困るということです。
そして、これはそうした場面で何度も繰り返し教えられて、解っていくことなので
時間が必要です。
子育ては全てこれなので、親御さんは、何事もすぐにできると思わず、目標を先の
方においてゆっくりと育ちを待ちましょう。
今の世の中、経済効率優先で、早く早くと急きたてられる雰囲気です、
それが子育てにも及んでしまっているように思います。
効率よく結果を早く出すが目的の経済活動と子育て(人間を育てる)は対極にある
のではないでしょうか。
まわり道、寄り道や転んだり、つまずいたりして、けんかやもめ事もいっぱい乗り
越えた人は、他への思いやりの心も豊かで逞しく生きる力―人間力―のある人と
なります。
子どもをじっくりゆっくり育てるには、親が気持ちのゆとりを持つことですが、
(母)1人では無理です。
夫、親、親戚、地域の人、先輩、友人…の力が必要です。
そのために また、きっかけに、子育て支援の場も利用してください。
そしていつか地域全体が子育て支援の場になるといいですね。
是非、見守る人にもなってください。
子どもと親の間の葛藤というのがあります。
こんな場面です。
2歳前後の子が、おもちゃを投げました。
お母さんは、(その時は誰にも当たらなかったのですが)投げてはいけないと
叱りました。
でも子どもは、すぐそのあと、また、おもちゃを投げました。
お母さんは飛んで行って「今、言ったばかりでしょ、何故投げるの!」
と子どもの両腕を掴んで、強く叱りました。
その剣幕に子どもは大泣きです。その泣き声が大きく、周りからは注目されて
しまい泣きやませることも出来ず、お母さんも頭から湯気が出ていそうなくらい
の雰囲気で、もう母子とも遊ぶどころではなくなってしまいました。
お母さんのつらい心情を察しますが、
子どもの側からすると、いけないことをしているという意識はないので、お母さん
の強い反応にびっくりして、わけわからない不安で泣いてしまっている状況です。
(本能で動いている)このぐらいの子どもはものをよく投げます。
投げるは、歩くとか駆けるとか飛ぶといったことと同じ、人間の持つ能力の一つ
です。
「投げる」がいけないことではないです。ボールを上手く投げれば誉められるわけ
ですから。
子どもに教えることは、投げてはいけないものがあることや、投げると人に当たっ
たり、壊れたりすることが困るということです。
そして、これはそうした場面で何度も繰り返し教えられて、解っていくことなので
時間が必要です。
子育ては全てこれなので、親御さんは、何事もすぐにできると思わず、目標を先の
方においてゆっくりと育ちを待ちましょう。
今の世の中、経済効率優先で、早く早くと急きたてられる雰囲気です、
それが子育てにも及んでしまっているように思います。
効率よく結果を早く出すが目的の経済活動と子育て(人間を育てる)は対極にある
のではないでしょうか。
まわり道、寄り道や転んだり、つまずいたりして、けんかやもめ事もいっぱい乗り
越えた人は、他への思いやりの心も豊かで逞しく生きる力―人間力―のある人と
なります。
子どもをじっくりゆっくり育てるには、親が気持ちのゆとりを持つことですが、
(母)1人では無理です。
夫、親、親戚、地域の人、先輩、友人…の力が必要です。
そのために また、きっかけに、子育て支援の場も利用してください。
そしていつか地域全体が子育て支援の場になるといいですね。
是非、見守る人にもなってください。
子育て支援の場で、おもちゃの取り合いなどで、けんかや、もめ事が起ります。
そんな時スタッフは(状況にもよりますが)口を挟まないで見守ろうと声かけ
します。けんかをすることの大切さを思ってのことです。
こんなことがありました。
どちらも、3歳半くらいの男の子がおもちゃの取り合いになりました。
叩いたり、引っ掻いたりはなく、おもちゃを真ん中に、二人とも真っ赤な顔して
引っ張り合っていました。
お母さん方とスタッフの私は、見守りましょう、ということにして、ちょっと
離れてみていました。
二人とも泣きながらの攻防戦で、とうとうA君がゲットしました。取った方も
取られた方も涙でぐしょぐしょ。
そのあとは、双方別々に遊びました。
しばらくしてから、B君が帰り際、A君に近寄って「また戦おうな!」って
親しげに言いました。
A君も、嬉しそうに「うん!」て答えていました。
二人ともいい顔でした。
お互い、主張しきって、決着がついて、すっきりしたのでしょう。
もし、この時大人が入って、こういう決着をつけたとしたら…
A君の母が「けんかしちゃだめ、貸してあげなさい」と言っておもちゃを
取り上げて、B君にあげたとします。
A君は「どうしてぼくが?」と納得がいかないでしょう、そしてB君は
(大人)の力でおもちゃを手に入れるということになります。
こういう場面も、よくあります。
2歳半~3歳くらいの電車好きのAちゃんが一所懸命、線路を組み立てて完成して
電車を意気揚々と走らせています。
そこへ1歳前後(は天真爛漫児)のBちゃんがハイハイで近付き、容赦なく線路を
はずし電車を取ってしまいました。
Aちゃんは血相をかえてBちゃんに「だめー」といって電車を取り戻し、つきとばし、
Bちゃんはびっくり大泣きです。
Aちゃんの母はBちゃんに「ごめんね、悪かったわね」となぐさめ、我が子の
Aちゃんには「ダメでしょ乱暴しちゃ、小さい子にはやさしくでしょ、貸してあげ
なさい、みんなのおもちゃなんだから」と叱ります。
これは前述の、とことん納得がいくまでやりなさい、という「けんか」とは違い
ます。
ことの発端をみていれば、Aちゃんの行動は、無理ないなあって、思いますよね。
Aちゃんには、その気持ちわかるよということを先ず伝えてあげたい、と思います。
こんな感じはどうでしょう。
Bちゃんをなだめながら、(わかってもわからなくてもいいですから)「Bちゃん
おどかしてごめんね、今(Aは)線路ができて、電車を走らせたばっかりだから、
やらせてね。こわれちゃうと、悲しいんだって」 ね!とAちゃんを見る。
Bちゃんは、さほどこだわらない年頃なので、何か違うもので、「これで、遊んで、
待っててくれるかな?」といって注意を他に向けて(一緒に仲良く遊ばせよう、は
無理なので)
Aちゃんには(遊びながら)Bちゃんがまだ小さくて、わからないことや、つきと
ばさないで、やめてって口で言うこと、遊んだら次に貸してあげようね
ぐらいのことをくどくなく伝えます(その後 貸してあげられたら!チャンスです
いっぱい誉めてあげてください)
Aちゃんは、自分の気持ちを解ってくれたと感じれば、大人からのメッセージは
受け入れやすくなります(逆は逆効果になりがち)
Bちゃんには幼いながら、お願いされた感は、伝わると思います。
そして、「やさしくする」(手を出さない)とか「貸せる」とか「みんなのもの
ってわかる」「仲良く」とかは、体験を積んで、徐々に会得するものですから、
(できない、を叱りつけるのではなく)それを目標にして、体験の中で繰り返し
伝えてあげてください。
大きくなっていくほど大事な、本音を出し合いながらの「コミュニケーション力」
は一朝一夕に成るものではありません。
生活の中で、多くのもめ事体験から、じっくりと育まれていくものと思います。
そんな時スタッフは(状況にもよりますが)口を挟まないで見守ろうと声かけ
します。けんかをすることの大切さを思ってのことです。
こんなことがありました。
どちらも、3歳半くらいの男の子がおもちゃの取り合いになりました。
叩いたり、引っ掻いたりはなく、おもちゃを真ん中に、二人とも真っ赤な顔して
引っ張り合っていました。
お母さん方とスタッフの私は、見守りましょう、ということにして、ちょっと
離れてみていました。
二人とも泣きながらの攻防戦で、とうとうA君がゲットしました。取った方も
取られた方も涙でぐしょぐしょ。
そのあとは、双方別々に遊びました。
しばらくしてから、B君が帰り際、A君に近寄って「また戦おうな!」って
親しげに言いました。
A君も、嬉しそうに「うん!」て答えていました。
二人ともいい顔でした。
お互い、主張しきって、決着がついて、すっきりしたのでしょう。
もし、この時大人が入って、こういう決着をつけたとしたら…
A君の母が「けんかしちゃだめ、貸してあげなさい」と言っておもちゃを
取り上げて、B君にあげたとします。
A君は「どうしてぼくが?」と納得がいかないでしょう、そしてB君は
(大人)の力でおもちゃを手に入れるということになります。
こういう場面も、よくあります。
2歳半~3歳くらいの電車好きのAちゃんが一所懸命、線路を組み立てて完成して
電車を意気揚々と走らせています。
そこへ1歳前後(は天真爛漫児)のBちゃんがハイハイで近付き、容赦なく線路を
はずし電車を取ってしまいました。
Aちゃんは血相をかえてBちゃんに「だめー」といって電車を取り戻し、つきとばし、
Bちゃんはびっくり大泣きです。
Aちゃんの母はBちゃんに「ごめんね、悪かったわね」となぐさめ、我が子の
Aちゃんには「ダメでしょ乱暴しちゃ、小さい子にはやさしくでしょ、貸してあげ
なさい、みんなのおもちゃなんだから」と叱ります。
これは前述の、とことん納得がいくまでやりなさい、という「けんか」とは違い
ます。
ことの発端をみていれば、Aちゃんの行動は、無理ないなあって、思いますよね。
Aちゃんには、その気持ちわかるよということを先ず伝えてあげたい、と思います。
こんな感じはどうでしょう。
Bちゃんをなだめながら、(わかってもわからなくてもいいですから)「Bちゃん
おどかしてごめんね、今(Aは)線路ができて、電車を走らせたばっかりだから、
やらせてね。こわれちゃうと、悲しいんだって」 ね!とAちゃんを見る。
Bちゃんは、さほどこだわらない年頃なので、何か違うもので、「これで、遊んで、
待っててくれるかな?」といって注意を他に向けて(一緒に仲良く遊ばせよう、は
無理なので)
Aちゃんには(遊びながら)Bちゃんがまだ小さくて、わからないことや、つきと
ばさないで、やめてって口で言うこと、遊んだら次に貸してあげようね
ぐらいのことをくどくなく伝えます(その後 貸してあげられたら!チャンスです
いっぱい誉めてあげてください)
Aちゃんは、自分の気持ちを解ってくれたと感じれば、大人からのメッセージは
受け入れやすくなります(逆は逆効果になりがち)
Bちゃんには幼いながら、お願いされた感は、伝わると思います。
そして、「やさしくする」(手を出さない)とか「貸せる」とか「みんなのもの
ってわかる」「仲良く」とかは、体験を積んで、徐々に会得するものですから、
(できない、を叱りつけるのではなく)それを目標にして、体験の中で繰り返し
伝えてあげてください。
大きくなっていくほど大事な、本音を出し合いながらの「コミュニケーション力」
は一朝一夕に成るものではありません。
生活の中で、多くのもめ事体験から、じっくりと育まれていくものと思います。