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バーバリンのつぶやき

三人の子どもを育て、いまや孫二人
そんな私の子育て談義

心を育てるのに大切なことは、前回の「自己肯定感」と、
もう一つは「他(者)への思いやり」だと思っています。

人との関わりの中で、思いやりを受けたり、思いやったりと、
双方向の体験の積み重ねでこそ育まれる「思いやりの心」を
私たちは(大人も)どう育んでいったらいいでしょう。

前出の乙武洋匡さんのインタビュー(生活情報誌「暮らすめいと」9月号)
の答えにヒントをもらいました。



質問:「二人の息子さんは乙武さんの手伝いをしてくれるそうですね」

乙武:トイレで僕のパンツを下ろしてくれることから始まり(笑い)
   電動シェーバーでのひげそり、着替えの手伝い、食後の食器の片付け。
   いろんな手伝いをしてくれますね。
   それはやっぱり環境が大きいと思います。
   普通彼らぐらいの年齢って、人からしてもらうことばかりだと思うん
   ですね。
   ところが、うちは父親がこういう身体ですから、してあげることの方
   が多くなる。
   「ありがとね」って言うと、すごくうれしそうな顔をするんですよね。



質問:「最近の子どもは、言われたこと以外やらない傾向があるとか」

乙武:子どもって本来すごく好奇心が強くてあれもこれもしてみたい。
   でも大人にとって好ましくない結果になった時に親は「何やってるの!」
   と言ってしまう。すると親に言われたことだけやっていようと子どもが
   思うのは当然だと思うんです。
   そうならないためには、親や教師は子どもが自発的にやったことに対して
   結果いかんに関わらず、まず「よくチャレンジしたね」と姿勢を評価する
   ことが大事かなと。
   昔は子どもが多かったので、子どもが勝手にやれる状況が自然発生して
   いたのかもしれませんが、今は少子化で子どもを見張っている目が多い
   のかもしれませんね。



乙武さんの幼い息子さんたちが、嬉々として父のお手伝いをする姿が
思い浮かびます。
自然に生まれる思いやりの心が日常生活の中で育まれているのがわかります。



幼い子どもがお手伝いをしたがったり、道具を使いたがったりすると、
つい「あぶない」とか「かえって手がかかる」とか「まだ無理」…
「いいからあなたは○○してなさい」とか言ってしまいがちです。
やらせてあげても、上手くいかなかったとすると「ほらみなさい」
「だからいったでしょ」とか「何やってるの」となりがち。

でも、乙武流に、結果いかんに関わらす、その気持ち、姿勢に応えて
「よくチャレンジしたね」「ありがとう」と親にいってもらえたら、
子どもは、もっと喜んでもらえるように、また(こんど)頑張るぞ!
となります。前に進んでいけます。



今は、早く、早くと結果を急かす経済効率至上の社会で、
なかなか「他を思いやる心」が育ちにくい世の中です。

まず大人が、子どもの気持ちを思いやれる心のゆとりを持って、
(監視の目ではなく)ゆっくりと見守る目となりたいです。
6月「明るい未来のために 1~3」以来です。ご無沙汰していました。
(今、日本の行く末も、福島原発の汚染水漏れも,深刻な事態で―それなのに何故
世間は騒がないの?オリンピックなの??)


7月20日 母が85歳で他界しました。
亡くなる直前まで母は私たちに自分は幸せと言い、「ありがとう」と言って、旅立
っていきました。
私もその時が来たら、今の幸せを皆に感謝して「お先に行ってるね!」と明るく
逝きたいものだと、心づもりしています。

母と、(33年前に亡くなった)父を想う時、感謝の気持ちでいっぱいになります。
私は、両親から「どんなおまえも愛しているよ」という無条件の愛を常に感じ
ながら育ちました。
おかげで、特に秀でたものが無い自分でも、自己肯定感は抜群でした。
(時代のせいか)近所のおばさん、おじさんやら、可愛がってくれて、人への揺る
ぎない信頼感が育まれました。
その基礎があって、今の幸せがあると思っています。


「五体不満足」(1998年出版・ベストセラーに)の著者乙武洋匡さんの存在、そして
ご両親のあり方は、多くのことを気付かせてくれます。

先天性四肢切断(生まれつき手と足がない)という障害を持って生まれた乙武さん
はこう言っています。
「僕の両親は本当に愛情いっぱいに僕を育ててくれました」

赤ん坊の頃は、とにかく眠らない、夜泣きが激しく、たいして昼寝もしていないのに
夜通し泣き続け、1日3~4時間の睡眠時間で「ナポレオン」というニックネームが
付いた程。加えて、ミルクを飲む量も極端に少なかった。さすがに心配した両親は
病院に相談などもしてみたけれど、変わらず、ここまで来ると諦めの境地か、
両親も考えを改めた
「この子は生まれた時から個性的だったんだ。ミルクの量や睡眠時間だって、人と
違って当たり前。他の子とは比べないようにしよう」


「そんなことは危険だからやめなさい」というように僕を“柵”で囲うようなことは
せず、やりたいと思うことは何でもチャレンジさせてくれました。時には正しい
厳しさももっていましたが「僕はしっかりと愛されている。存在していていいんだ」
という自己肯定感を持つことができました。

乙武さんは、今2人の息子さんがいます。

「ほかのお父さんと違っておむつを替えたりだとか,お風呂に入れてあげたりなどは
物理的にできませんが、その分きちんと愛を伝えて、二人に自己肯定感をしっかり
育もうということを一番強く意識しながら子育てしています。
だから朝起きたら「今日も大好きだよ!」と二人に伝えるようにしています」



子どもにダメだしや規制することが多い時代です。子どもが否定されていると感じ
たり、愛されていないと不安な気持ちでいないでしょうか。
「愛」は伝わっているでしょうか
大人は、目に見えない「心の育ち」に関心を向けて、読みとれる力を磨いていき
ましょう。



さて、6日、ジブリ宮崎駿監督の引退会見!(私も宮崎アニメ大ファン)
子どもたちへのメッセージは、との質問に「~子どもたちに『この世は生きる
に値するんだ』と伝えるのが仕事~」と語りました。

私がいつも思っている
親(大人)は子どもに「あなたが生まれてきてよかった。世界でたった一人の
存在を大切に思っているよ」と伝えるのが仕事
ということと通じる!と感じました。


「政治」→「平和で安心の日常を保障する」
すなわち「子どもが健やかに育つ社会」が国の幸せ と考えます。
子どもが将来安心して暮らせる世の中をつくることは、全ての大人の責任
であると思っています。

21日、新聞に自民党の「参議院選公約2013」が掲載されました。
憲法、原発、TPP,(沖縄)普天間移設、経済、子育て…などについての
考えが示されました。

<私の疑問>

―憲法改正―

『日本国憲法』は、国民の権利や自由を守るための、そして恒久の平和を念願
する尊い法です。

憲法の崇高な理念を表している【前文】に

『…政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを
決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。…』
とありますが、自民党の提示する改正草案をみると、この内容に相当する文言
がありません

『戦争の放棄』は安全保障に変わり
『陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない』は消え、国防軍の保持になっ
ています。

東京弁護士会の伊藤真氏の改正草案 解析によれば、人権の保障度を下げ、
数多くの(国民の)義務規定を盛り込んでいる(国防義務、日の丸、君が代
尊重義務、個人情報不当取得等禁止義務等々)
国民よりも国家を尊重し国民主権を後退させるもの と。

そもそも主権者たる国民は改正など望んでいますか?
何のための、誰のための、改正なのでしょうか?

私は、むしろ憲法違反(第25条 すべての国民は健康で文化的な最低限度の
生活を営む権利を有する を保障していない)を問いたいです。

―原発―

電力は足りているのに何故再稼働ですか?

原発再稼働=核のゴミを毎日大量に出す なのです

処分不可能で、行き場のない、何百年の保管と監視(その方法も確立できて
いない)が必要なほど危険なものを、これ以上産み出してはいけないのでは
ないでしょうか?


事故により放出されてしまった大量の放射能物質の害から、どう子どもの命
を守るかに総力を上げるべきではありませんか?

活断層が八方に走り、大地震の予測も出ている日本。もう一度同じような事態
が起こったら私たちは、この国で暮らすことができません。

私たちに、また起こるかもしれない可能性に怯え、放射能の害への不安
―福島の苦しみ―、を抱えながら、原発を使っていく道を行けというの
でしょうか?


遠く離れたドイツは福島の事故を受けて、脱原発を国策にして、自然エネルギー
に転換する道を歩んでいます。国民が議論を重ね、国がそれに応えました。

決定に関わった委員の一人のコメントをテレビで聞きました。
「長い時間をかけて議論し、最終的に委員が皆、子どもや孫のことを考えて
決定しました」と。

子どもたちに「命」が何より大事と身を持って教えたいです。


―TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)―

以下は6/15発行の 食政策センター・ビジョン21制作「ないしょないしょの
TPP本当の話」という冊子からの情報です
→http://www.yasudasetsuko,com/
 
*市場を規制するシステムを米国のシステムに準拠させることがその狙い

*農産物や工業製品の関税撤廃のほか、教育、医療、通信、金融やサービス、
知的財産、投資、人の移動、検疫(食の安全)、公共事業の受注などで規制
をなくすことが目的

*日本の農業の崩壊、自給率の低下…世界は穀物高騰の時代に突入。穀物を
国際市場に頼るのは危険

*食の安全の規制緩和→ 米国基準への一律化
 不安な輸入食品が増大(輸入米、輸入小麦→カビ汚染、残留農薬、遺伝子
組み換え…)
 
米国の要求
 ①食品添加物を増やせ→米国は食品添加物3000品目、日本は832品目認可
 ②ポストハーベスト(PH)農薬に使用を認めよ→日本ではPH農薬は禁止
 ③米国の残留農薬基準を受け入れよ→コメ 殺虫剤マラチオン 
                 日本0.01ppm 米国8ppm (80 倍)
 ④遺伝子組み換え食品の表示の撤廃→表示のない米国、輸入国の表示の
  撤廃を要求
 
ISD条項(「企業体国家紛争処理」条項は企業が国家を訴えることができる
規定)は国内法を超えてしまう→企業に与えた権利を侵害しているかどうか
だけで判断、環境や消費者の安全など公共の利益は考慮されない。

*医療(国民皆保険の崩壊など)
*金融(共済制度の廃止など)
など
庶民の望む安全で健康的な日常生活を脅かすことばかりです。


まだまだ沖縄のこと、子育て、教育についても疑問だらけですが、
それはまたの機会にします。

どれも将来にわたっての命に関わる重大な問題です。

どのことにも共通しているのは、詳しいことはほとんど国民に知らされない
ことです。


皆で良い国にするために、議論し、本物の定義、哲学を持って政治家にその
使命を果してもらいましょう。

私の考える、政治家の本物は「次世代の命、健やかな育ち」を最優先に
していることです(生物共通の使命は「種の保存」では?)
そうでなければ、信頼できません。


私たち大人の選択は、子どもや孫やその先に続く「命」、人間以外の生物の「命」
も背負っていると 心に留めたいです。
2013.3月のNHK「プロフェショナル仕事の流儀」
『逆境で輝くメンタリティー・本田圭佑』という番組を観ました。
そこで語られた言葉の中に本田選手の哲学がありました。
印象深かった言葉は、

「自分が本当に幸せになる時って、人間どのタイミングなんかなって考えた時
自分自身が喜んでる時じゃなくて、人を喜ばせることができた時本当に自分が
幸せな感情になるんかなと…」

(サッカーはチームプレーですが、選手にとっては個人のアピールがとても
重要です。その葛藤の中で、「新たに発見した喜び」と、語っていました)


その番組とは別に、2012.9月、日刊スポーツで「今の日本をどう思うか」に
対して、本田選手が熱く語った言葉をみつけました→実は、私、今この人に
注目しています(サッカーより人物に)


「平和というものは、自分たちの手でつかみ取るもの、本物とは何かという
ことに対しても、もっと真剣に考え、議論する必要があるんじゃないか…」


「日本は政治家でないと、政治のことをしゃべるとたたかれる。「なんで?」
と思う。オレも日本国民。政治のことを語る資格がある
日本をこうしたい、と思うことをしゃべる、議論する環境をみんなで作って
いくべきなんじゃないか…」

「本物の定義、哲学を若い人たちがそれぞれ持っていないといけないと思う。
本物を選ぶ、その物差しをちゃんと形成していかなければいけないんじゃ
ないか…」

「政治家は税金から給料を得ているわけだし、本物であるべきだと思う…」


私も本物の政治家を切望してやまない国民の一人です。
でもその政治家を選ぶのは、私たち国民です。

私たちが(本田選手が言うように)本物の定義、哲学を持っていなくては
なりません。
本物を選ぶその物差しを形成しなければなりません。
<1>に書いた 自ら何が大切かを判断していく力 です。
「幸せとは何か」「どうあれば自分も皆も幸せになるのか」

今、日本は大変なところにいます。
子子孫孫まで影響の及ぶ大変な問題が提示されています。
私たちはこのことを真剣に考え(議論して)本物を選ばなくてはなりません

※大変な問題について<3>に続く
本ブログ 5月5日「本日こどもの日!」で東京新聞に掲載された、日本の子ども
の現状の一端を紹介しました。


大切な子ども時代を生き生きと過ごせていない子ども、自己肯定感の低い
子ども、自分を生きられず、大人の気にいる仮面をつけて暮らす子どもの
苦しさ…

この現状に大人がどう向き合うか問われています。

ベストセラー「『また、必ず会おう』と誰もが言った」の著者 喜多川泰さんは
仲間と始めた学習塾で、授業の冒頭に必ず「幸せとは何か」「なぜ学ぶのか」
という話をするとのこと。
一流大学に入り、有名企業で働けば幸せになれる時代は終わった。「幸せ」の
かたちが人それぞれ違う時代。一律の価値観を押し付けても役に立たない。自ら
何が大切かを判断していく力を身につけて欲しい。と(新聞記事から)

自ら何が大切かを判断していく力は、特に、この時代子ども以上に私たち大人が
会得していなくてはならない力です。

それぞれ(個)の幸せを実現していくには、同時に全体(他)の幸せを考えて
いかなければならないと、思います。
全体=地球=国 のあり方が個の幸せに大きく関わっていますから。

例えば、戦争状態の国だったら、命の危機、環境破壊、日常生活の破壊…
にさらされ、個の幸せの実現どころではなくなってしまいます。


2011.3・11震災。原発事故による放射能汚染問題から見えてきた国のあり方は、
私にとって信じ難いものでした。
何よりも大切な命を守ること、特に次世代の命と健康を最優先に守るは政治の
使命であるし、それ以前に全ての大人の責任ではないですか。

私はこの時から、政治=日常生活なのだと痛感しました。
平和で、安心して食べることができて、外で思いっきり遊べて、家族で安らぐ
家があって…そんな日常が送れる「幸せ」を保障するのが政治ではないでしょ
うか。
私たちはそのために苦しい中、納税しているのではありませんか。

福島の人たちは2年経った今も、奪われた幸せの何一つ取り戻せていないのです。


先日亡くなられた、作家であり、精神科医でもあった、なだいなださんは「本当
に困っている人を助けるのが政治」と。
株優先のアベノミクスを欺瞞と喝破し、与野党に「強い国ではなく、賢い国に
しよう」と注文したそうです。

経済より命が大切、明るい未来のために という判断ができるような賢い国に
したいです。

後日<2>に続く