臼杵市を車で走っていると・・・


なんだか楽しくなる幟発見(=⌒▽⌒=)


「かかしまつり」とかいています。


収穫前の稲が秋風にそよいでいます。


そのそばには小学5年生が制作したかかしが


ずらっと並んでいました。


以下は作品の一部です。



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のどかでいいなぁ・・・私もかかし作ってみようかなぁ・・・




大分市には大分駅前や南蛮貿易発祥の地などに大友宗麟の像が見受けられます。津久見市は宗麟の終焉の地です。宗麟公園内にある大友宗麟のお墓の傍にある石碑より少し読んでみます。



大友宗麟は享禄3年(1530年)府内(大分市)の大友館で生まれ父義鑑の横死のあとを受けて天文19年(1550年)弱冠21歳で大友21代の城主となった。その後、内は統治に意を用い、外は武威を張り豊前豊後、筑前筑後、肥前肥後の6箇国と日向伊豫の各半分を領し、勢威九州を圧し大友の最盛期を築いた。城主となった宗麟は日本に初めてキリスト教を伝えた聖フランシスコ・サビエルを迎えて教旨を聞き、大いに心服し以後キリスト教を庇護したため信者は日毎に増え府内には西欧文化が絢爓と栄えた。天正6年(1578年)神父カブラルから洗礼を受け教名をフランシスコとした。

天正10年(1582年)にはキリシタン大名大村・有馬と共に少年使節をローマに派遣した。しかし天正14年(1586年)島津と戦って敗れ、翌年豊臣秀吉の島津討伐があったが、既に疲労甚だしく、天正15年(1587年)5月23日津久見の住居で聖者の如く帰天した。時に58歳であった。葬儀は神父達によって盛大に行われ、墓もキリスト教式に建てられたが宗麟の死後、僅か1ケ月の後、秀吉が突如耶蘇教禁止令を発布したため嫡子義統は仏式の墓に取替えた。その墓も荒廃し200年後の寛政年間に臼杵の旧族臼杵城豊が、堂宇を新築し、新しい墓をこれに納めたのが現在の墓である。(後略)
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▲大分市葛城にあるキリシタン公園の石碑より
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宗麟公園の入口で見かけた栗です。

もう、秋ですね。

梨の季節ですね。


日出町大神の松本農園では梨の収穫が始まっています。


今の種類は幸水ですご~く甘くてほほが落ちるほど美味しいです(≡^∇^≡)


毎年、この時期を楽しみにして出かけて行きます。


とても素敵な奥様が一年中梨園でお仕事をされています。


おいしい梨を買って・・・しばしの時間、奥さまの笑顔に癒されて帰ります。



本日の梨園の様子です。



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梨には水分と食物繊維が多くあるので便をやわらかくし便秘予防に効果があるようです。

また、高血圧予防効果と利尿作用もあります。

東洋医学では梨の絞り汁が咳止めに効果があるといわれています。(果物ナビ参照)


松本農園へは日出駅から杵築方面に走ると看板がでているので迷わずに行けると思います。


HP・松本農園
http://www.ctb.ne.jp/~s-matu/