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練習部屋の温度が30度に届こうとしています。

我慢出来ずに扇風機を出してきました。

暑さに負けずに練習頑張りましょう。
自分の演奏を最初に録音して聴いた時はあまりのリズム感の無さに驚きました。

自分では完璧なタイミングでアタックしているつもりでも、録音を聴くと発声が1テンポ遅れる箇所が多い。

その原因を考えました。

自分の弾弦方法は、弦を捉え→プッシュしながら爪の表面を滑らせ→リリース

という感じですが、本来ならばこの3つの行程を、「ピアノの鍵盤を押す」が如く一瞬で行わなければ発音は遅れるのは当然ですね。

要はアタックのスピード不足です。
それと、どこかためらいがちにアタックしている節がありましたね。

この悪い癖をまず直しました。


ためらいの無い瞬間弾弦。
これをどんな時も徹底する様にしました。


思った通りのタイミングで音を出し、流暢に歌心でギターを弾くには、この「瞬間弾弦」は欠かせないものだと思いました。
私は独学者なので色々なギターサイトで情報を得ている訳ですが、必ずと言っていいほど出てくるのがこの「脱力」という言葉です。

確かに大事な事かも知れません。ガチガチに力んでは何事も上手くいきません。


しかし私が思うに脱力というのは人間が行動する過程で当たり前に行われるものであって、意識して行う事では無いという事です。


例えば、私達は携帯でメールを打つ際、1つのボタンを1回押す毎に無意識に脱力していますね。


力を入れっぱなしでは次の動作に素早く移れませんし指が疲れます。ですから1回の動作ごとに「無意識」に力を抜いている訳です。

これは日常での動作全てに当てはまります。
いちいち脱力を意識して行動している人はいません。

従って、ギター演奏という行為における脱力も無意識に行われるものであり、意識して行うものではない。意識すればギクシャクしますし、不自然だと思います。


ギターは「弦を押さえて離す」「押さえる位置を移動する」行為を繰り返します。これを素早くスムーズに行う過程で当たり前に脱力は行われるべきで、


それを意識するより、弦をしっかりとらえる事に集中した方が良いのでは?と思う次第です。

今日は水曜。図書館を通りかかったので、いつもの様にクラシックギターのCDを借りて聴きました。


今日聴いたのは、セルシェルの「イレヴン・ストリング・バロック」です。


11弦ギターは今まで聴いた事がなかったので初体験になります。


1曲目ヴァイスのパッサカリアの出だしからもう鳥肌ですよ。


何だこの音は。凄い重量感。


まさにひざの上のオーケストラ状態。



極め付きはやはりバッハです


G線上のアリアは涙でましたY(>_<、)Y


今まで聴いたどのバッハより、優しくエレガント


嫌味な誇張は一切無し。


人柄が表れていると言いますか。


噂通り最高のギタリストです。

昔は爪奏法・指頭奏法の2つの流派があった様ですね。


私は完全に爪派です。
指頭を使って弾くという発想がありません。


指頭は消音の為だけに使う感じです。
それも指頭の先ギリギリの部分のみを弦に当てる浅いタッチです。


「指頭から爪にかけてスライドする様な深いタッチ」ですと、自分の場合汚い音しか出ませんし、音も小さくなります。


これは多分、何箇所も接点が生まれる事や離弦スピードが遅くなる事により、音が吸収されてしまう為だと思います。


それに無駄が多くなるのでこの弾き方はしません。


やはり、爪の先端一ヶ所で捕え、プッシュし、瞬間的に離弦する方法が私の場合一番クリアで大きな音が出ます。