現職都知事は学歴詐称疑惑(公選法違反)で告訴されましたが投票日までに結論が出ることはまずありません。しかしいつまでもこの疑惑が拭えないのは身から出た錆。大学が卒業を認めているというのが証明だといくら言い張ったところで、普通の人なら簡単に出せる卒業証書を提出できないのは何かよほどの理由があるのでしょう。常識的な人間なら都知事選出馬など恥ずかしくてできないはずですが、厚塗りの、まさに厚顔無恥だから意に介さずということなのか。古い政治家の見本みたいな人物です。
学歴は必ずしも能力と直結するものではありませんが参考材料にはなります。「東大卒なら優秀に決まっている」と安易に考える人もいます。それが投票の際に影響することだってあります。簡単に拭える疑惑をずっと引きずったままというのはやはり本人の資質に問題有りということです。
さて、対抗馬と言われるもう一人も問題だらけです。こちらも過去の二重国籍疑惑は拭えず、明らかに中国寄り、そして今回は共産党の全面支援を受けるという節操のなさ。
公約を読んでも「ぼんやり」した言葉の羅列でどこにも数字がない。企業なら「KPIがない。やり直し!」と即ボツにされるレベル。「ゼロ」で固めた疑惑都知事の公約がマシに思えてしまう情けなさ。もったいつけて出し惜しみしていた公約はただの願望を並べただけのスッカスカでした。
まあ仕方ありません。これまで他人の批判しかやったことがない。東京都のことなど考えたこともなかったのでしょう。取ってつけたようなことしか言えないのも納得です。
さて、私はどうしてこの二人にこうも文句を言っているのか。
それはリーダーがビジョンを描く人だからです。実務は部下がやればよいのですが、ビジョンというのがなかなか曲者で、その人の生き方や思想信条が大きく影響します。石原慎太郎はわかりやすい例です。三国人と呼び尖閣を東京都で買うという発想にまで至った。それが彼の思想信条を具現化したものでした。
自分の出自や経歴すら怪しい人物は、やることにも疑惑や裏があると考えるのが自然でしょう。
「こいつ、なんか本音を隠しているな」
「調子のいいことばかり言っているな」
「行動がどうも怪しいな」
そんな人を何人か知っていますが、いずれも消えていきました。不正をしていたり違法なことをしていたり裏の顔があったり……ロクなもんじゃありません。
だから私は、疑惑の人物を真っ先に選択肢から外すのです。
ただし、これは私個人の考え、こだわりにすぎません。
その人のイメージで選ぶ人。年齢で選ぶ人。公約で選ぶ人。経験を評価する人。あるいは支持政党で選ぶ人。まさに人それぞれでしょう。
それが悪いと否定するつもりはありませんが、人として信用できない人を選ぶと後悔することが多いという経験則があるのでこだわっているわけです。
それにしてもマスコミの報道は酷いものがあります。
学歴疑惑と国籍疑惑の二人ばかりを取り上げ、国籍も経歴も明白な立候補者の取り上げ方はほんのわずかなもの。
全員均等に取り上げろとは言いませんが、ここでも偏りが酷すぎる。不偏不党という言葉は今のマスコミには死語のようです。
さて、こんなのも出てきました。
中国向けにアピールしている日本の政治家なんて他にいるんですかね。
フォロワー34万人。
こんなのが都知事になったら東京も終わりです。
気持ち悪い話です。