最近読んだ本 宮城谷昌光『孔丘 下』 | どうもこんにちは 番長です

どうもこんにちは 番長です

本編の重大なネタバレはなしの方向で

みなさんどうもこんばんは!番長です!JPY!

前回の孔丘上巻の記事からほぼ一か月もたってしまいました…

12月は特に忙しい月だったとはいえ

これだとさすがにちょっと寂しすぎるかなと思います

来月からはもうちょっと余裕ができるはずなので

もう少し本の記事も多く書いていきたいところですね

 

下巻はほぼ3分の1ずつ

12月の上旬、中旬、下旬と3つのタイミングに分かれて読むような感じになりました

正直に言って上旬のタイミングの最初の3分の1についてはきちんと思い出せません

やはり付箋を買っておいて貼りながら読むべきでした…

この反省は次回に活かしたいところです

ただ宮城谷さんの小説以外ではあまり気にしなくてもいい部分かもしれません

 

この記事では前回の上巻に記事で書いた

俺が抱いていた孔子に対する印象がどう変わったか

あるいは改めてどういう解釈をするに至ったか

そういったことを中心に書いていこうかなと思います

そのあとに特に印象に残った場面について書ければなと…

 

○孔子の思想について

前回の記事では大まかに言って

国を動かすほど偉くなれず

思想も広く受け入れられたとはいえず

弟子と一緒に放浪の旅をしているイメージが強いのに

孔子の名とともに論語や儒教は今日に至るまで生き続けている

このことが疑問であるというようなことを書きました

 

しかしこれらは考え方が逆だったということがわかったような気がします

すなわち当時の不遇があったからこそ現在までその名前が生き続けているんだということです

もしも孔子が生きていた時代に執政となり

孔子の考えのもとに政治が行われ

魯一国の中で完結していたとしたら

おそらく孔子は孔子と呼ばれることはなく孔丘という本名で

歴史書の中に埋もれてしまっていたのではないかと思います

そもそも論語は孔子の言行録ですが

不遇の放浪の時期がなければ交わされなかった言葉がたくさんあるはずですもんね

 

春秋時代のメジャーな執政は斉の管仲を筆頭に何人か思い当たりますが

孔子ほど名前が生き続け 現代にまで影響を与えている人は皆無だと思います

これは管仲や子産が孔子よりも劣っていたというわけではもちろんなく

管仲や子産が自国のために身を費やしたのに対して

孔子は結果として自分の思想ために身を費やすことになったからでしょう

あえて言えば管仲や子産は自分の才能を一国に限定してしまったのに対して

孔子は無限の可能性を与えられたのだということです

 

○分派したことについて

また前回の記事では死後に八派に分派したことに引っかかっていましたが…

これについては完全に疑問が晴れたわけではないですが

いくつかの要因があったことはわかりました

 

まず後継者問題ですが…

亜聖と呼ばれる顔回が孔子よりも早く亡くなってしまったことが大きいように思います

後継者となるほどではなかったかもしれないですが

息子の孔鯉も孔子よりも早く亡くなってしまっていますし…

子路も当時ならではみたいなひどい最期を迎えてしまいました

というわけで有力な弟子のみなさんが

孔子よりも先に亡くなってしまった ということも大きそうです

 

またどうもやっぱり矛盾するような言動はあったようで

タブルスタンダードというか自己撞着というか…

もっと言えば自分のことは棚に上げちゃうような場面もあったようです

もちろん孔子本人としてはなんらかの一貫性があったのではないかと思うのですが

孔子の死後にその言動に対して解釈が分かれてしまうのは仕方のないことだという気がします

これについては読む前とそこまで変わらない評価かなと…

 

これらのことは俺が考えるまでもなく

もしかしたら常識的な範囲のことかもしれません

 

○孔子の政治について

この部分は俺は読むまでほぼ知らなかったところなんですが…

魯の最高権力者である季孫氏に嘱目され司寇にまで登り

その際に他ではあまり見たことがない献言をして実行に移されかけています

 

それは魯の首都である曲阜を除き

すべての城の城壁を破壊するというものです

正直に言って正気の沙汰とは思えない計画です

 

どうしてそんな計画が出てきたのかというと

過去魯の国で内乱が起きた際に

反逆者が魯国内の堅城にこもってしまって鎮圧にものすごく苦労したかららしいです

俺としては乱を起こさない 起こさせないようになんとかすべきだと思うんですが…

とりあえず有力者の猛烈な反発にあって頓挫してしまいます

 

小説の中ではこの計画が実行されることによって

魯は武の国ではなく文の国であることを内外にアピールし

国内外の武によるいざこざから脱却するんだというようなことが書かれており

これが最後までうまく行ってたら実際どうなってたんだろうな

というのはなかなか面白いところではあります

しかし乱世においてその理屈が通用するのかどうかは…

虎狼のような国は常にあるように思うので難しい気がします

 

○孔子の魅力について

前回あまり魅力的に思っていないと書きましたが…

時代背景やどうして亡命や放浪をせざるを得なかったのか

ということを把握すると少し見方が変わったかなと思います

 

孔子のことを高く評価する人もいれば

役に立たない むしろ害悪だと断ずる人もいて

特に陽虎の乱の時や城を破壊する計画の時の有力者の反発では

一歩間違えれば殺されていたのではないかという場面もありました

実際大改革をやろうとした人が対抗勢力に殺されたり

大改革をやった後に恨まれて殺されたりっていうのはよくあります

その中で天寿を全うできたということは

孔子の徳が高かったことの証だろうと思います

 

魯を出なければならなくなったときに

すでに要職に就いていた弟子もいたわけですが

そういう弟子も官を辞して孔子に従う選択をしています

これは孔子に人間的魅力があったことの証拠でもありますよね

 

孔子の思想について深く知っていたり理解していたりするわけではないので

あまり実のあることは言えないですが…

この小説を読んだことでプラスの方向に傾いたのは間違いありません

 

○特に印象に残った場面

①斉への亡命の際晏嬰に仕官を邪魔された件

晏嬰はめちゃくちゃ倹約家で

1枚の服を30年着るとか馬車を見ればみすぼらしさで晏嬰とわかるとか

そういった逸話がたくさんある人です

孔子は礼を貴ぶ人なのでどうしても身を飾ったりとか

適切な礼を心掛ければ必要なコストが生まれてきます

このへんの考え方がまったく相容れなかったんだというのは想像できます

 

孔子の思想で有名な言葉に文質彬彬というものがありますが

この場合の文というのは飾りのことで

質というのが実利的な部分のことだと思うんですが

その両者の釣り合いを大事にするというような意味ですね

晏嬰の考え方は圧倒的に質重視で文軽視なので

コストがかかりすぎるから孔子は雇っちゃダメですと献言し

結果として孔子は排斥されてしまいます

 

このへんは思想と政治的な考え方がめちゃくちゃ相反していて

ちょっと面白いですね

 

②仁について

孔子が当時用いられていた意味から

より大きな意味へと変容させた言葉は複数あるようですが

その中でもこの仁という言葉については印象的でした

 

上巻からライバルとして描かれていた陽虎が

孔子を仲間に引き入れようとして使った言葉が仁であり

その当時の孔子の中にはまだ仁という概念そのものがなかった

というような解釈でした

これが本当かどうかはよくわからないんですが

仁と言えば儒におけるもっとも重要なもののひとつのはずで

それだけにその言葉がライバルによってもたらされたというのは

なかなか劇的だったように感じました

 

それだけに孔子は黙っていられず

陽虎が用いた際の意味を越えて重要な意味を付与することで

陽虎に人知れず勝利したというような…面白いですね

 

③晩年の孔子

有名な言葉として…前半は割愛しますが

五十にして天命を知る 六十にして耳順う

七十にして心の欲するところに従いて矩を越えず

というものがあります

 

小説の中で晩年の孔子に関して一貫していたのは

天命に従って生きている限り

天に見放されることはない

というような考え方 生き方だったと思います

 

50歳になって天から与えられた自分の役割を自覚し

60歳になって天の声に反発することがなくなり

70歳になって心の欲するところが天命と重なった

俺はそういうことなのではないかと思います

 

最期の場面ではめっきり口数が少なくなり

人に教えることがなくなってしまった孔子が

「天がなにかいうだろうか。四季はめぐり、万物が生ずる。」

と言う場面がありますが

これは自身の思考が天と重なっていることと

天は何も教えてくれないが 天の成すことから学ぶことはできる

ということの表れではないかと感じました

 

このあたり…天命や天については俺も普段から少し考えていて

宮城谷さんの小説で言えば孟嘗君という小説にこんなセリフがあります

「天はわしを殺さぬであろう。わしは人のためにつくしたい。

多くの人の喜びを自分の喜びとしたい。

そのおもいが天に通じ、天がゆるしてくれるなら、天は、

わしが大仕事をなしとげるまで、生かしてくれるだろう。」

普段からこういう気持ちを持って行動をする人には

実際になにかしらの天の加護のようなものが与えられるのではないかと

わりと真面目に考えています

 

また蒼天航路の最序盤には

盗賊を殺した曹操がこんなことを言う場面があります

「人を脅し商いにする者 あやむるにはばからず。天もわれを許さじ。」

殺人を肯定するわけではないのですが

これは天に代わって罰を与えたというように受け取れると思います

天網恢恢疎にして漏らさずという言葉もあるように

天はあらゆることを見ているのではないかと感じます

 

なんだかいきなりスピリチュアルな話になってしまいましたが…

すいません色々書いてきましたが何を言いたいのかわからなくなってきました

一言で無理矢理表すとすれば…

俺もそういう境地に至りたいってことでしょうか

しかしいまだ自分の天命も知りません

 

④教育とは

すいません本文が見つからないのでうろ覚えになってしまうんですが…

ノープランで読んでノープランで書き始めるからこういうことになるんですね

 

なるほどと思った文が2つあります

一つ目は「教育とは自分を正しく自覚させることである」というようなこと

二つ目は「若い頃の自己評価は過大評価か過小評価かのどちらかになってしまう」というようなことです

 

③で書いた天命とも少し重なる部分なのですが

教育というのは己の成すべきことを見出させるためのもの

そういうものでなくてはならないのではないかと感じました

教科書に沿って知識を与えるというのはただの勉強であって

教育というのはもう一段高い次元にあるんだなと

 

天命を知るというのは自分を正しく認識していなければできないことだと思います

自分の人生は何のためにあるのか

それを追い求める下準備として教育があるというようなことですね

 

自分のことを過大評価も過小評価もしていないと

胸を張って言い張れる人はどれくらいいるものでしょうか

俺は正直自分のことはよくわかりません

もう少し上を目指せると思うこともあれば

こんなダメダメな俺は穴を掘って埋まってますって言いたくなることもあります

このあたり人生の師となるような人に会い

正しく教育を受ければもしかしたら惑うことはなくなるのかもしれません

 

 

というわけで今日は…いや今年はこの辺にしておきます

当初こんなに長く書くつもりはなかったんですが…

取っ散らかった文章になっていたらすいません

本については目標を月に3冊にして

記事でも書いていきたいなと思います

これを来年の抱負にしましょうか

 

みなさん…どれだけの人が読んでくれてるのかはわからないですが

今年もお世話になりました

ミリオンライブのアニメのおかげでこのブログもまた復活しましたが

そのアニメも終わってしまいました

細々とでも構わないので火を絶やさないように

本とかゲームとかその他で続けて行けたらいいなと思っています

それじゃあみなさん良いお年を!JPB!