連載小説・第55回です。

小説始めます。「手書きのタイムマシンneo」手書きのタイムマシンneo 54.作戦発動 まで。

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第55回「世界喪失」

「あなたのお妾で十分です」

凛…? 何を言っているのだ。

顔がゆがむのを止めることができなかった。

妾。

日陰者。

いくらでもこの世の栄華を望めるお前が。そんな立場に身を委ねるなんて。

 

「り、凛。バカなことを…いってはいけない」

 

しかし。

その一言は世界を凍り付かせてしまったのだ。

 

これほど自分の口にしたことを後悔したことはない。

 

凛の表情が不審げに曇ったかと思うと、みるみる歪んでいった。

凛は一瞬で、恐ろしい連想に行きついてしまったのだと気づいた。

 

”最愛の人が、妾という存在を忌んでいる。そして自分は妾の子である”

 

凛は口に手を当て、声にならない悲鳴を上げた。血の気が引いていく。

 

「私の母は…私は……あってはならないもの…で す か…」

 

妾腹の娘は、紙のように白い顔で、棒のように立ち尽くした。

「私は…」

 

腕がだらんと下がる。

ぐらっ。

間に合わなかった。

倒れる…

 

ダンッ!

カーペットの上とはいえ、膝が折れ、後頭部を床に打ち付けた音が響いた。

 

「りっ… 凛―? 凛っ!?」

 

その時!

ドンドン、ドンドン、ッッ、

ドアが強くノックされた。

はっと意識を持っていかれて、思わずふらふらとドアを開ける。背広の女の人が飛び込んでくる。やはり監視人がいたのだ。

「凛様―!」

彼女は手早く様子を診立て、イヤホンマイクで仲間を呼んだようだ。

俺の方に向き直る。

「大澤様。申し訳ありませんが、事情をお聞かせ願えますか」

 

ドキドキが収まらない中、推測を排して先ほどの顛末の「事実」をお話しする。

あとから来た男性が「わかりました」と告げた。表情がうかがい知れない。

「それでは私どもから実家には報告しておきます。大澤様は、いったんお引き取り下さい」と冷たい声でいった。

 

全く、どうやって部屋に帰ったのか、覚えていない。玄関で倒れて朝までそのまま眠ってしまっていたのだ。

小野家から問い合わせの電話があった。

俺はあの日のやり取りを、正直に伝えた。

そのまま凛は旧都の病院に入院して、未だ目を覚まさないという。

凛は、自分の居場所を喪失してしまったのだ。

(続く)