【はじめに】

今年の呼吸療法認定士受験資格を得るための認定講習会がまもなく開かれる時期です。

 

 

呼吸療法との出会いは、初めて勤務したA病院に、大学病院から講習会に来られた大先生のお話と成果に感動して、講習会の後飛んで行って名刺を交換し、A病院の内科の副部長(当時)と大先生にたきつけられて、大先生の呼吸リハ研修会を院内で立ち上げ、世話人を務めたのが始まりです。


 

一つの願いがありました。

呼吸療法認定士資格への挑戦です。

割と難関資格なのですが、せっかく呼吸の大先生とかかわりを持てたのだから、受験してみたく思っていました。

 

でも、転職してからは管理職に就いたため、受験勉強が困難であろうと諦め、残念に思っていました。

 

しかし、鬱で休職して管理職を解かれ、かつての部下が長になって立ち上げた課に転籍しました。

当時はとても戦力にならない私を引き取ってくれたのは感謝しています。

一般職員に戻って暇になったのと、やっと少し元気が出てきたタイミングで、私は一つ夢に立ち向かってみることにしました。

 

【(3学会合同)呼吸療法認定士】

呼吸療法認定士(3学会合同呼吸療法認定士)は、日本胸部外科学会、日本呼吸器学会、日本麻酔科学会の3学会が認定する、呼吸ケアのスペシャリストです。看護師、理学療法士、臨床工学技士などが、高度な知識と技術を用いてチームとして人工呼吸器管理や呼吸リハビリテーションを行うための民間資格です。

 

 

受験要件は、各専門職として2年(准看護師は3年)以上の実務経験、3学会合同委員会から認定された学会や講習会への参加ポイントが一定以上、そして認定講習会への参加です。

この認定講習会が東京で年1回(8~9月ごろ)行われるのですが、定員があったのです!

出願を受け付けられなければ、始まりません。

 

認定講習会の申し込みには、あらかじめ一定以上のポイントが必要なので、講習会申し込み日が近づくと、受講の証拠(領収書)を確かめ、点数が足りているか何度も数えなおし、申し込み書類を揃えていました。

 

受講出願は特定記録郵便で4月ごろに郵送します。

受付は消印時間の順とか、まことしやかにささやかれておりました。そこで出願開始日の朝、全国の受講希望者は「9:00」の消印を勝ち取るため、職場の半休を取って、9時に郵便局に並ぶのです。受講者の多い地域では、担当者が慣れていて、みんな並べて目の前で「9:00」の消印をポンポンポン…と押してくれたとか。

 

ただし、認定講習会についてはe-ラーニングが可能になり、定員が大幅に増加し、申し込みがかなり緩和されました。

郵便局での風物詩は、今では古い会員の思い出の風景になったのです。

 

 

認定講習を受講できることになると、分厚い教科書が届きます。これをもとにして勉強するわけです。

 

【泣きながら勉強した】

認定講習会は丸二日、みっちりと勉強します。すべてが受験につながるので、しっかり聞いておかなければ大変です。

予習も復習もそれはそれはハードでした。

教科書を読んだだけでは全く歯が立ちません。講習会で解説してもらわないとわけわからんのです。眠くなっても一言でも聞き逃したら復習できなくて大変ですから、腕や腿をペン先で刺しながら受講するわけです。終了時、ものすごい量の書き込みと付箋がありました。

 

 

しかし、情報量が多すぎてどうせすぐには覚えられませんから、へとへとになって帰ってきてからが、本当の勉強の始まりです。

 

 

私の勉強法は、こういったものです。

教科書の前のほうから順に図表を書き写していき、その図やイラストや表に書いてある言葉について、調べてまとめる。

何百とある図表の用語の意味を書いていると、おぼろげながら「仕組み」「分類」が見えてきます。

 

次に章ごとにまとめノートを作ります。

ここからは記憶の勝負です。薬の名前や分類などは、書かないと全く覚えられません。いえ、いい加減大人の脳ですから、若いころのようなキラキラの記憶力はすっかり衰え、覚えても覚えても消えていきます

毎夜不安で、泣きながら、吐きながら、机に向かい、朝は電車で復習していました。

 

試験問題は非公開なので、公式の過去問題集などはありません

その代わり、受験経験のある人たちからの聞き取りをもとにした、通称「青本」などの予想問題集が、何冊か発売されています。

ただし、実際に試験に臨むと、過去問と似た設問は半分くらいしかありませんでした。あとの半分はすべて応用問題でした。基礎から理解していないと手も足も出ません。

 

 

教科書総まとめは2周に及びました。

自筆のノートが、問題集勉強や試験直前チェックの時には「教科書」として機能したのです。

【受験日はそこまで来てるのに】

半年ほどの孤独な受験勉強を経て。

ついに試験前夜。

さぞホテルでじっくり勉強しているだろうと思うでしょう?

しかし。

私は信じがたい目にあっていたのです。

 

そもそも、認定講習会(2日間)と受験のための2回東京行きが必要で、所属施設の応援がなければ大変だったわけです。

 

しかし、そのころは職場が割と忙しかったこともあり、資格挑戦に配慮してもらえるどころか、「受験はいいが仕事に穴をあけるな」と言われていました。「休みを取るな」という意味です。

受講も金曜終業後に職場から直で新幹線に飛び乗り、また土日の講習会の後、月曜の半休をもらえませんでした。

それに、職場で問題集を広げていたりしたら罵声です。

 

さらに。

同僚の結婚式が、試験の前日に西日本某所で開かれることになりました。その後の彼女の退職が決まっていましたから、披露宴出席は不可避でした。

しかし、二次会の余興はダンスと決まり、練習の必要なものでした

一生一度のことではありましょうが、他人の人生のために、勉強時間や記憶力を使いたくない…

私は披露宴への参加はするけれど、余興参加と練習はお断りしたいと願い出たのですが、直属上司から「人としてあり得ない」などと罵声を浴びせられました。

 

試験前日に、東京と逆方向の新幹線に乗り、少し飲まされて踊らされて、二次会は何とか断り、それから東京行きの新幹線に乗りました。その状況の車中で、自分で作ったまとめノートでがりがりと直前勉強したのは、今思い出しても吐きそうな思い出です

 

 

私どものころは試験は11月末でした。今では12月上旬のようですね。

 

必死の努力を問題にぶつけ、手ごたえはありました。

しかし合格率は60~70%です。

厳しめの試験なので、認定講習会受講までこぎつけた人には、受験資格は3年間認められています。しかし、こんな状態で、来年受験できるかわかりません。不安いっぱいでした。

 

 

そして、冬のある日、大きな封筒が届きました。舌切り雀とは違い、大きい封筒が合格通知でした!

 

そう、クリスマスプレゼントです。

合格通知は12月24日に届くように配慮されているという噂は本当だった。

 

 

 

なお、この資格は5年ごとに更新が必要です。

 

5年間で研修会や講習会、学会発表などで研鑽を積みながらポイントをためます。

 

もし足りなければ学会認定の最終講習会を2日間小テストありでみっちり受け、ポイントを揃えて更新を申し込むのです。

 

この講習会も定員がありますが、昨今はe-ラーニングがあるので、ずいぶん受けやすくなりました。

 

【終りに】

呼吸と呼吸療法の勉強のおかげで、利用者さんのフィジカルについて基本的な視点を持つことができました。

私に呼吸の大切さとその手ほどきをしてくださった、大先生に少しくらいは恩返しができたのかなと思います。

鬱休職した時にも大先生は励ましに来てくださいました。

足を向けて寝られません。

 

A病院の副部長も副院長にまでなられ、今年定年退職されます。

先ごろお二人が長く幹事を務めた研修会と、二次会にも参加でき、LINEでつながることができました。

 

 

 

私の努力の成果は、患者さん・利用者さんが受け取るべきもので、それでいい。

 

しかし。

 

やはり誰かに伝えたいという思いはやみません。

 

大先生と出会った病院や、前の職場では、当時はまだまだ未熟な力でしたが、勉強会・研修会を通じて、後進に伝えることができました。

 

しかし、今の職場では、部下がいませんので、誰かに私は呼吸について伝えることができるのかなと不安になります。

 

今や

 

私の努力は、私だけのもの。

 

私の思い出は、私だけの――

 

 

いえ。

 

皆さんに、こうしてお話しすることができました。

 

歴史の片隅に私はいます。