物語の盛り上がりがあるところについて書くと、だいたいそれになぞって書かざる負えなくなる。前章のスフィンクスはまさにそれだ。
ではなぜ書いたのか、というのはこれから続く話が興味深かったからなのだが、すぐにそれとは違う内容ながらも重要な章が来てしまった。
白鯨の捜索を続けるピークォド号であるが、洋上で同じナンターケット所属の捕鯨船ジェロボーム号に遭遇し、ボートを出して連絡を取り合う。
しかし、ジェロボーム号には(いかさまの)狂信的大予言者として名高いガブリエルが乗船していた。
船の名前の「ジェロボーム」は北イスラエルの王「ヤロブアム*1」のことだ。
ガブリエルは言わずもがな、あの大天使ガブリエルからだ。ガブリエルの権威はもはや船長のメイヒューを上回っている。
信じがたいが、このガブリエルは大洋の島々、全オセアニア教区の大司教になるためにジェロボームに潜り込み、
自身に従わなければ「七つの巻物の封を切って、ハルマゲドンをもたらし船も乗組員も永遠の破滅の縁に沈める。」と
黙示録になぞらえて、船員を脅した。天使のラッパを鳴らすぞ、というわけだ。
地上ならまだしも、捕鯨船という生きるか死ぬかの極限状態では、これは船員に効果覿面であった。
しかも直後に疫病が発生したようで、ガブリエルはこれをペストとし、治せるのは自分だけだとした。
―だがそんなこと、エイハブには関係ない、白鯨の情報がほしい、白鯨のためなら疫病も恐れはしない、船長をピークォド号に招き入れようとする。
ガブリエルは「忌まわしいペストに心せよ!」とエイハブを脅す(疫病がペストではないと察知されるのを懸念したのかもしれない)
「貴殿は白鯨を見たか?」ボートごしにエイハブが質問する。
ガブリエルは白鯨を自身が信奉するシェイカー教の神の化身であり、聖書もこれを認めているとした。だからジェロボームの乗組員に白鯨に攻撃してはならないと「警告」した。
ところが、乗組員の中に白鯨との対決を熱望しているメイシーという一等航海士がいた。彼は白鯨が見えると五人の部下と共に出撃する。
メイシーは白鯨に銛を一本打ち込むことに成功するが、海から白い幻影が立ち上がり、その瞬間に彼らは体ごと空中にさらわれ、次には海に打ち付けられ沈んでいった。
ガブリエルは金切り声をあげる「天罰だ!天罰だ!」
天罰というのは質の悪い言葉である。悪いことでも、都合の良い解釈になる。思うに無神論者が使うとさらにひどい。
エイハブはこの話を聞いてメイシー宛の手紙があることを思い出す。
(どの捕鯨船も海上で出会うという僅かな偶然にかけて、さまざまな船あての手紙を預かり出港する。)
メイシーの女房からの手紙だ。エイハブは船長に渡そうとする。
「きさまが取っておけ。きさまも、もうすぐあそこへ行くのだからな」と、撥ね付けるガブリエル
天罰で死んだ奴に船員が憐れみを覚えては、ガブリエルに都合が悪いのだろう。
「おのれ、ほざくな」エイハブは怒鳴るのだった。
結局ながながと書いてしまったが、何か理解に不十分だ。この章はメルウィブにしてはメタファーを直接的に書きすぎているし、何かどこかに深みがあるのだろう。
やはり偽の天使ガブリエルが引っかかる、もしかしたらガブリエルを通して偽典批判でもしているのだろうか?
いや、今までメルウィブは賛美こそすれ、どんな宗教にも批判など全くしていなかった。それをこんな突拍子もなく・・・
とまで考えて、ようやく気づいた。これは今までのように多様性を許容していた「ピークォド号の物語」ではなく、イスラエルの邪悪な王を冠す「ジェロボーム号の物語」の悪例だ。
きっとメルウィブは、自身の作った箱庭外の現実を見て嘆いている。そして、より彼自身の理想を、さらに高く掲げていく。
*1
名前が既に「人々の争い」を意味している。ソロモン王の死後、10の部族を扇動し、北イスラエルの初代王となる。
その後は北と南を統一するために「God is with us as our leader」(神は我等と偕にす)という有名な一文と共に軍を動かす。
しかし、エルサレムを統治していたアビヤムの抵抗により失敗に終わる。

