仕留めたマッコウ鯨が吊るされている(と言っても頭が半分海から出ているだけだが)
―この血潮したたる頭を腰に吊るしたピークォド号は、さながらアッシリアの武将ホロフェネス*1の首を腰帯からぶら下げたユダヤの寡婦ユディトのごとくであった。
アッシリアはセム語族の国だ。アブラハムの息子達とユダヤの戦いは今に始まったことではない。
この「頭」に、黒頭巾をしたエイハブが問いかける。スフィンクスとはエイハブのことだ。
「ひげこそたくわえていないが、苔むす頭は古老をしのばす。語れ、大いなる頭よ、語るのだ。その頭にひそむ秘密を。数ある潜り手(ダイバー)のなかで、おぬしほど深くもぐったものはない。
いまそのうえに太陽かがやく頭は、この世の奈落も見たはずだ。そこは歴史に名をとどめることなかりし強者どもの鎧やいくたの船が錆つき、
語らざりし夢と錨が朽ち果て、地球というフリゲート艦*2が何百万もの水死者の骨を底荷(バラスト)がわりにおさめる呪われた船艙だ。」
エイハブは問答を続けるが、「頭」が答えることはない。
「おお頭よ!おぬしは、星もくだけ、アブラハムすら信仰を失うほどのことどもを、いやというほど目にしていながら、何ひとつ語りはせぬ!」


スフィンクスが「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足。これは何か」という謎を出し、間違っていたものを食べていたのは有名な逸話だ。
しかし、これに正解せずとも逃れる方法があった。それは「答えないこと」だ。不答に相対すれば不問に帰す、罰を与えることができない。
そもそも、相手は「頭」ではないか?いや、「鯨」と知恵比べなどできるはずはないではないか?
エイハブにとっては違う、エイハブにとっても違う、それを不答にすることが出来ている。エイハブは聖パウロに感謝する。
「おお、自然よ、おお、人間の魂よ!おぬしら自然と魂はなんと言語を絶した微妙な照応関係でむすばれていることか!物質のなかの微小きわまる原子の動きや営みに微妙に対応類似するものが魂のなかにあるものなのだ」

*1旧約聖書外典「ユディト記」から ホロフェネスはアッシリアとメディナの戦いに協力しなかった諸民族を懲罰するために派遣されてきた将軍
ホロフェネスはペトリアという町を包囲する。その最中、ユディトという美しい女性がやってきて、ホロフェネスは喜んで歓迎したが、彼女は酒宴が終わり泥酔しきっていたホロフェネスの首を短剣で切り落とした。
司令官を失い動揺する包囲軍に対して、ユダヤ人は攻勢に出て、アッシリア軍は敗走した。
メルウィブには珍しくプロテスタントにとっての外典(アポクリファ)から引用している。彼はそこらを超越「しようとしている。」


*2戦艦という認識でいい。「力」の象徴として取り上げている本書では「核」への置き換えも適切だ。