森繁久弥さんがお亡くなりになった。全盛期をよく知らないが、訃報の報道の際流されている過去の実績を見ると、文化的な貢献は大きかったのだろう。加藤登紀子の歌った 「知床旅情」 は歌った事がないのに歌詞を覚えているし、あの 糸居五郎さんの師匠だったってのもすごいんだが、最後にテレビで見たときの印象があまりにも強烈で、はたしてあれは記憶違いかとも思ったのだが、当時の事の書き込みがwebで拾えたので貼っておきます。


それは1999年の紅白歌合戦の時の話です・・・


① あと、ゲストで出ていた森繁久弥さん。気の毒でしたね。あれ、なんだったの・・・・・?。介助役(?)飯島直子が、耳が遠い森繁に大声で挨拶を促す。森繁は、唐突に八王子の知人の話をはじめ延々と終わらない。そこに飯島直子の携帯がなる。「時間が来ましたから、もう帰りましょ。ね。ね。」と、話を遮って森繁を退場させる飯島直子。場内しーーーーーーーーーーーん。だって、「森繁 ついに惚けたか」ってのは冗談にならないんだもん。
ステージで携帯がなるなんてあり得ないから、あれは絶対演出だと思うけどみんな、どう反応したらいいのかわからずに背筋が凍る思いでいたに違いない。



② せっかくのお祭り気分の紅白だったのに、特別ゲスト森繁さんが登場したシーンは、半分凍りついてしまった。なんでわざわざ出す必要があるんだろう。本人がまだまだ元気だという部分をアピールしてこそ意味があるのに、飯島直子が話し掛けても、なんだかよくわかってないし話が噛み合ってないもん。とうとうぼけ老人になってしまった姿を大晦日の日に全国の茶の間にさらすなんて本人にとって酷だとおもう。ちゃんと話をさせてあげるならまだしも、演出で当初から決まっていたのかどうかもわからないが、森繁の話を「時間がないからって」飯島直子が強引に切ってあっという間に引っ込んでしまう。あれだけの大御所なら、もっと意味にある出演させてあげなくちゃかわいそう。わざわざ呼び付けておいて。NHKがあんな扱いをするなんて、虐待に近いものがある。きっと紅白を見ていたお茶の間の人は後味の悪い印象を絶対受けたと思うけど、NHKに紅白がらみで苦情が殺到するとしたら、絶対この件に関してだと思う。



③ 応援合戦で、宝塚月組の美しいレビューのあと、セリからぬーっと現れた森繁久弥と《お世話係》の飯島直子。飯島直子が自分の名を名乗るのも忘れて「森繁久弥さん。お話をどうぞ」と数回言ってるのに、「あ、あーん?」と一向に埒があかない。 ようやく話し始めたと思ったら、これだ。「この老人の長い話に付き合ってくださいな。八王子に住んでいる私の友達は、15歳の時、それはそれは貧しかった。それが今ではがんばって大成功している……」 ここ何年か、葬儀では「若い人(といっても、60代・70代の往年の俳優たち)が死ぬのは、哀しいんだよねぇ」と言って泣き、ナントカ賞の授与式にプレゼンテーターとして登場しては、「んーっと、あんた誰だったかな」とぶち壊してきたため、《偉大なるボケ老人》と陰口をたたかれている森繁久弥。 紅白も生放送。どうなることかとはらはらして見ていたら...飯島直子の携帯が鳴り、「すみませーん、もう時間がないそうですので、お話はこのへんで...」 森繁を止めた! ぷぷぷーーーっ!! そういう手があったのか。誰にも止められないと思っていたが...。 NHKも、森繁を「そういう目」で見ていたんだ。

しかし、年が明けてから、ビデオを見ていてふと思った。あれは、どこまで演出だったのか。「携帯鳴らして、森繁を止める」のは、最初からそう段取りしてあっただろう。問題は、「森繁久弥本人が、どこまで演出されていたか」だ。「八王子の友達」の話は台本があったのか。 もしあったとしたら...「自ら進んで《偉大なるボケ老人》を演ずる森繁久弥の役者魂」に、ゾクッとするねぇ。


というわけで、当時私も最悪の設定と思ったのですが、本当に演技だったらすごい話で10年以上経過した今、この真実を詳しく知りたいと思うのです。でも、演出は最低だったわけでしょうけど・・・






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このところほとんど運動らしい運動もしていなくて、8月9日の富士登山以来しばらく山に登っていなかったのだが、昨日の日曜日なんとか時間を作って鈍った体のリハビリを兼ねて愛鷹連峰 越前岳に登ってきた。


伊豆半島・駿河湾の展望と 「富士の三あし」 の一つと称される富士見の地になっているこの山への山登りのコースとしては、最短の十里木口からと、山の神神社のある大沢口からの黒岳ルートと割石峠ルートが有名なのだが、今回は勢子辻から登る少しマイナーなルートを選択した。


富士方面から国道469号線沿いを走ると 「たぬき」 というお蕎麦やさんがある。そこを右折してしばらく行くと、奥郷地という地元でもほんとんど知られていない立派な自然公園がある。その一角に 「富士ひのきの森」 という場所があり、そこの駐車場に車を止め朝7:00にスタートする。


一富士、二愛鷹、三紙(神)様     ( トイレットペーパーで運がつく )-勢子辻より


まあ、この日は山なんかに登らなくても勢子辻からもこんなすばらしい富士山が望めたのだが・・・。この勢子辻からのルートも2つあって、高場所を通って呼子岳近くまで登るルートと、十里木からのルートの勢子辻分岐に合流するルート。どちらから登ってもよいのだが、今回は後者から登り、高場所経由で周遊するルートを選択した。


一富士、二愛鷹、三紙(神)様     ( トイレットペーパーで運がつく )-紅葉

ちょうど紅葉も見ごろであり、赤や黄色に染まった美しい姿に何度となく足を止める事となる。マイナーな登山道ではあるがルートはしっかりしているし、道標もわかりやすく迷う事はない。


一富士、二愛鷹、三紙(神)様     ( トイレットペーパーで運がつく )-越前岳までの尾根より


林道を抜け尾根に出ると周囲の展望も利き常に左手には雄大な富士山が覗える。天気の良い日にはなかなか楽しめるコースだと思う。登り続けるとだんだん尾根が狭くなる。周りの景観に気を取られると少し危険で慎重に登る必要はある。十里木からの分岐付近に近づくとかなり急登になるが、程なく合流し10分程度で越前岳の山頂に到達する。


一富士、二愛鷹、三紙(神)様     ( トイレットペーパーで運がつく )-越前岳山頂

ここまで予想通り誰とも遭遇しなかったのだが、越前岳山頂はさすがに賑やかだ。


一富士、二愛鷹、三紙(神)様     ( トイレットペーパーで運がつく )-越前岳より

越前岳登頂は今回が2度目。昨年4月は霧に包まれほどんど眺望が利かなかったのだが、はじめて山頂よりの富士山を見る事が出来た。


一富士、二愛鷹、三紙(神)様     ( トイレットペーパーで運がつく )-呼子岳へ向かう途上から鋸岳

10分ほど休憩して呼子岳方面へ向かう。前岳、位牌岳、袴腰岳、大岳、愛鷹山といろんな角度からその姿を望む事が出来大変楽しかったのであるが、やはりこの鋸岳の姿はいつ見ても興味深い。思わずそのまま縦走したくなる衝動に駆られる。


一富士、二愛鷹、三紙(神)様     ( トイレットペーパーで運がつく )-高場所より


今回は午後から予定があったので、呼子岳、割石峠へは向かわず、呼子岳前の分岐からそのまま高場所へ向かう。30分ほどで高場所に着きコーヒーを煎れてしばし休憩する。


ほぼ12:00ちょうどに林道に降り、20分ほどかけて ひのきの森へ戻った。予想以上に良い周遊コースであり、越前岳に何度も登っている方々へ是非お勧めしたい。




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一富士、二愛鷹、三紙(神)様     ( トイレットペーパーで運がつく )-価格破壊


城山三郎の小説は高校時代によく読んだ。この 「価格破壊」 もそうなんだが、その後NHKの土曜日に放映された山崎努の演じたテレビドラマもよかった。ダイエーの故 中内功氏をモデルとされる主人公の矢口はこの「価格破壊」 を 「創造的破壊」 と言った。


ジーンズの価格を限りなく下げるために、縫製を中国からカンボジア→バングラデッシュと賃金の安い地域に変えて行く事が創造的破壊であるのなら、中内氏が生きていたのならその先をアフリカまで求めていったのだろうか?


市場価格は需要と供給で決まる。誰もが知っている古典的な経済原則は不変なのである。売れる量しか作らない。売れる量しか市場に流さない。経済人が良識を持って市場に望まなければ、結果的に悪循環はどこまでも続くのであり、その影響は最後には自分に及ぶのである。





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