「郷土のスター達」第3回は、今年の高校野球界の中心的役割を果たしたと言いきって良いぐらいの大活躍だった花巻東高校のある「岩手県」です。

 この岩手県。純粋に岩手県出身のプロ野球選手は、過去から数えても非常に少数です。特待生問題で名前が出てしまった「専大北上高校」を始め、高校野球の実力としてはさほど低くないはずです。ただ、「野球留学」によってこれまでは県のレベルを高めていた部分も正直否定できないのでは・・・。だからこそ、県立校として選抜準優勝、夏ベスト4の花巻東は「岩手県野球史」にとって新しい大きな1ページとなったことでしょう。

 さて、その数少ないプロ野球選手の中から「最強打者」を選ぶと・・・。正直、難しい選考になります。強いて言うなら・・・花巻市出身のヤクルト・畠山和洋選手でしょう。高校は、地元岩手県の専大北上出身。甲子園にも出場し、ドラフト5位でヤクルトに入団。入団2年目には、ファームながらイースタンで本塁打&打点の2冠王獲得。将来の4番候補として期待されるも、大のパチンコ好きで練習嫌い、打撃のみのプレースタイルでなかなか1軍に定着できないまま数年を過ごす。
 その未完の大器も昨年ようやく素質が少しずつ開花。ヤクルトの「魔将」ガイエルの故障によりチャンスが巡ってくると、それまで期待されていた打撃とは正反対の確実性重視のスタイルで4番サードに定着。上手い右打ちやチーム最多の四球を選ぶ選球眼の良さをアピール。守備は相変わらずのザル守備だが、120試合以上に出場を果たす。
 4番定着後は、12球団一の「格安4番打者」として玄人の野球ファンの間で話題に。当時の年俸が推定900万。ちなみに虎の兄貴の推定約5億円と比較すると、いかに「経済的」な4番だったかが分かる。まだ彼も27歳と若い。自慢の打撃を伸ばして、90年代のヤクルト黄金時代に7、8番を主に打っていたミューレンの様に下位に座り一発長打の豪快な打撃を武器にして、レギュラーを確保。そして、経験を重ねてツバメ軍団の4番を打てる様なスケールの大きな打者になってほしい。その時には、名実共に「岩手県が生んだ最強打者」として改めて紹介したいと思う。
 頑張れ、ハタケ!!

 じゃあ、層の薄い打者に比べて投手は?岩手県が生んだ「最強投手」は・・・これもまた判断が大変難しい。プロでの実績で判断すると元横浜・欠端投手。先発ローテーションの柱として開幕投手をしたシーズンもあり、ロングリリーフとして中継ぎでリーグ最多登板55試合投げる(阪神・久保田の年間90試合登板がいかに凄いか・・・)など、下位に低迷する大洋横浜を支えた数少ない主力投手でした。
 ただ、最強打者のハタケに続き岩手県を盛り上げる将来の大投手が来年プロの世界へ飛び込みます!野球ファンならお馴染みとなった盛岡市出身の花巻東・菊池雄星投手。野球名門校からの誘いを断り、地元の県立校へ進学。県立校で甲子園出場を実現させ、県勢初の甲子園制覇まであと一歩まで迫った今年。まさに県の野球史を大きく塗り替えた菊池投手。今秋のプロ入りは確実ですが、国内なのか海外なのか不透明。個人的にはメジャーに行きたいなら行くべきだと思ってます。。。
 打者編と同様に、今後の期待の大きさを考慮して、異例ですが、「最強投手」は現役高校生の菊池投手にしたいと思います!

 岩手県の野球界には、菊池と同様に明るい未来が待っている気がします!これからの若い選手達に期待していきたいと思います。

 <その他の選手>
 ヤクルト志田(大船渡市出身。名門・仙台育英~名門・青学大のエリートコースを歩む。僕が高校時代に「報知高校野球」という雑誌を呼んでいて、宮城県予選展望の欄に「ストップ・ザ・志田。志田を攻略したチームが甲子園へ」と書かれていたぐらい高校時代は超高校級扱いされていた記憶があります。)
 巨人・木村正太(一関市出身。高校時代はハム・ダルビッシュ、広島・佐藤と共に「東北ビッグ3」と呼ばれていた。ドラフト5位で巨人入団。今年はシーズン半ばから1軍に定着。まだ接戦での登板機会こそ少ないものの、将来のヤングジャイアンツを坂本と共に担う23歳。西武・岸の様にストレートと大きく縦に割れるカーブが持ち味。)
 楽天・銀次(普代村出身。174cmと捕手としては小柄ながら、巧みな打撃で1軍を狙う若手選手。リードが未熟であり、ノムさんからは評価を得られていない。その為、「俊足巧打左打ち」という楽天・関川コーチが喜びそうな素質を活かしてのコンバート案もあるようです。将来は、第2の関川か?ちなみに、名字は「赤見内」という珍しい名前です。)


球坊主
 「郷土のスター達」第2回は、近年、聖光学園の躍進が光る福島県です。

 福島が生んだ「最強打者」は、ミスター絶好調のあの人でしょう。そう!「中畑清選手」。巨人軍の4番を打っていた、口癖が「絶好調!」の中畑は福島の出身だったんですね。駒沢大学出身ってことは知っていたんですが。。。数年後、「若大将」現巨人軍監督・原辰徳が入団してくることで、サードのレギュラーを得ていた中畑は窮地に。そこで運命の怪我が中畑を襲い、結果的には、1塁中畑、2塁篠塚、3塁原の不動の内野陣が形成されたのでした。
 1塁守備は非常に巧みで、7年連続ゴールデングラブ賞を受賞。打撃の方も通算174本放ち、通算打率も.290残すなど、口癖ほど絶好調時期は無かったものの「主力」として安定した成績を残していました。ちなみに中畑は、ドラフト3位入団。その時の栄光ドラフト1位は、流し打ち名人・元巨人篠塚選手でした。
 記憶に新しい所では、アテネ五輪で「長嶋JAPAN」の監督代行として采配を振るっていました。引退の年には、日本シリーズ出場し、最終戦で本塁打を放って、有終の美を飾りました。自分の知る限りでは、元阪神の広沢も引退の年に日本シリーズで最終戦に本塁打を放っていたと思います。

 それでは、福島の「最強投手」は誰なのか?意外や意外、あの怪物投手でした。栃木・作新学院出身でてっきり栃木県出身と思っていましたが、実は福島県生まれだったスポーツうるぐすでお馴染みの「江川卓投手」です。ファミスタで江川のカーブの変化率は群を抜いていました!直球とカーブがほとんどだった投手だと記憶していますが、高校時代の栃木県予選の成績は半端無いです。予選5試合44イニング投げて、被安打2、奪三振75。。。という記録が残ってます。同じ高校生が対戦しての成績としては、異常です!中身の詳細は分かりませんが、最低3試合はノーヒットノーランしてますね(笑)
 ドラフト前日に巨人と契約したが無効とされ、翌日に阪神ドラフト1位指名後、巨人・小林繁と交換トレードで巨人入団。これが後の「空白の一日」と呼ばれる事件です。高校卒業時に阪急から1位指名され拒否、大学卒業時にクラウン(現西武)から1位指名され再び拒否しているので、球界唯一ドラフト1位指名を3度受けた選手とされています。
 プロでも活躍はしましたが、高校時代の登板過多などにより長年右肩を痛めていた事もあり、短期間の活躍しかできませんでしたが、ドラフト事件やオールスターでの8者連続三振など話題やインパクトの尽きない選手でした。100%でない右肩の状態で9年間で135勝しており、平均年15勝。現在の様にトレーニングが発達して、高校時代からしっかりとしたケアを受けていれば、どんな成績を残したのだろうと想像すると、やはり「稀代の怪物」と言えるでしょう!
 ちなみに、後年、日本酒「黄桜」のCMで因縁の小林繁投手と関係修復の共演を果たしてました。小林繁は以前「彼とは仲良くなりたくない」とTVで発言していた事もあり、このCMはかなり話題を呼んでいましたね。

 その他の選手・・・天秤打法・松本にポジションを奪われた韋駄天男 鈴木(巨人外野手)、キタキタ連呼するも今年は最後まで来なかったオリックス・小松、マリンの核弾頭で「Mrヘッドスライディング」元ロッテ・諸積、先発・中継ぎ・抑えとフル回転で暗黒時代の阪神を支えたサウスポー・古溝など。

 福島県出身の選手は、記録よりも記憶に残るパフォーマンスに優れた選手が多いですね~。


球坊主
 これから何回かに分けて、「郷土のスター自慢」の企画を行いたいと思います。

 都道府県別に出身選手をリストアップして、好投手が出やすい場所なのか、好打者が出やすい場所なのか、はたまた名監督・コーチが出やすい場所なのかを分析していきたいと思います。

 かなりマニアックな企画だと自信をもって言えるでしょう。

 定義としては、選手名鑑やウィキペディアに「出身地」として掲載されている場所で判断します。つまり、ダルビッシュ投手がいくら東北高校出身だからと行っても、彼の出身地は「大阪府」になります。ただし、現役・OBは問いません。どれだけコンスタントに好選手を生み出しているか。本当の野球王国はどこなんだ?やはり大阪が最強なのか?果たして結果はいかに・・・。


 第一回は北海道です。

 田中マー君率いる駒大苫小牧が甲子園夏連覇を果たして以来、野球所として徐々にその地位を確立しつつある北海道。日本ハムが北海道へ移転してきて以来、球団の地域密着戦略が着実に成果として表れてきています。毎年ドラフトで北海道の高校から選手が指名されている様に感じられます(恐らく、最低1人は指名されているはずです)。

 そんな北海道が生んだ「歴代最強打者」は文句無しで「若松勉」でしょう!!ヤクルト一筋「小さな巨人」と呼ばれた若松勉。通算2000本安打を達成し、名球会プレーヤーです。イチローもびっくりの巧みなバットコントロールを誇ってました。1977年には、400打数以上打席に立ち、.358のハイアベレージを残しながら、シーズン中の三振数がたった14個!!6割近い長打率を残しているので、単打狙いの当てるだけのバッティングってわけでもないです。ノムさんをして、「軸をぶらせても、ヒットを打ってくるのはイチローか若松ぐらい」と云わせしめるその卓越したバッティング技術は最高級です。監督としても、ヤクルトを日本一に導くなど、実績を残しており、王監督から第2回WBC監督に推薦されていたぐらい人望の厚い人でもあります。ヤクルト監督時代には胴上げで体が小さいあまり(168cm)、空中で1回転してしまう隠し技も披露。北海道打者部門は、若松勉で文句無しです!

 一方、北海道の「歴代最強投手」は・・・奥尻島出身の佐藤義則(現楽天投手コーチ)じゃないでしょうか。同じく阪急・オリックスで活躍した細身の貴公子・星野伸之と迷いましたが、やはり、40歳過ぎてからノーヒットノーランを達成した投手は素晴らしいでしょう。「ヨシボール」というフォークと同じ変化をするが、実は指が短いため、親指と人差し指で挟んで投げていたらしい。44歳まで現役を続けた投手で、今でこそトレーニングの発達なので選手寿命も延びてますが、まだまだ科学的トレーニングなどが確立されていなかった時代に、まして彼のピッチングは「酔拳」と呼ばれていたぐらい無類の酒好きらしく、そんな選手が44歳まで投げれたのは、見えない所での地道な努力があったのでしょう。投手コーチとして手腕は高く評価されており、投手にとって「走り込み」こそが最も重要だと口酸っぱく指導しているらしい。

 両選手とも、引退後の指導者としても非凡な才能を発揮されています。若松なんかは、小柄な選手にとって大変励みになる目標でしょう。早くどこかのチームで「若松監督」を再び見たいですね。

 番外編・・・北海道が「生んだ」スターと言えるかどうか分かりませんが、あのスタルヒンは北海道とゆかりのある大投手です。「旭川スタルヒン球場」があるぐらいですから。年間68試合登板、41試合先発、38完投、42勝15敗、投球回数458回、防御率1.73という様な驚異的なシーズンが何度もある伝説的投手です。生まれはロシアですが、ロシア革命で日本へ亡命。その後、戦争の影響で「須田博」と一時改名していた時期もある。結局、300勝投手となり、殿堂入りしたスーパースター。ロシア人野球選手って、後にも先にもスタルヒンだけじゃないでしょうか?

 その他の北海道出身選手・・・五十嵐(ヤクルト)、米野(ヤクルト)、カミソリシュート盛田(元横浜98年優勝メンバー)、高橋慶彦(元祖1番スイッチヒッター ロッテ西岡育ての親)、スローカーブ星野(元オリックス、阪神)、青山(楽天)、三井(西武)、鈴木(元近鉄)、高沢(元ロッテ)など。

 こぼれ話・・・相撲界を始め、柔道、ボクシング、レスリング、プロレスラーと格闘技選手が異常に多いのが北海道です。寒さをしのぐ為に、室内で激しく動いて、ぶつかりあう格闘技系種目が人気なのでしょうか?

 次回は、東北を順番にお送りしていきます。


球坊主