「女性らしく、しなやかで、でもとても強い16 歳のエスメラルダ… 。」

 それから舞台に降り立った凜はエスメラルダそのものになったような気持だった。審査員席から後ろを見渡せば満員の客席が目に入り、視線は一点、凜だけに注がれているのを感じた。板付きをして、タンバリンを持つ右手を呼吸と一緒にアンオーに上げた時には自分自身がヴィクトル・ユゴーの小説『ノートルダム・ド・パリ』の中に入り込んだようだった。複雑な人間模様、愛憎劇が一瞬にして頭の中を巡った。

 そして、同時に世界遺産だったにも拘らず、一瞬にして焼け落ちてしまったノートルダム寺院の儚さをエスメラルダの数奇な人生と重ね合わせていた。

 凜はエスメラルダに扮して踊り切った。この数か月の自分の苦悩とこの小説の思いを一つにして。

 レベランスして袖に下がった時には放心状態だった。同時に今自分が舞台で踊ったことが夢だった気がして、しばらく現実が見えなかった。拍手の音すら聞こえなかった。ただ、この大舞台で自分の力を2回とも発揮できたことが夢のようだった。前回、この舞台で踊った時は失敗して自分自身に悔しさを覚えていたけれど、今は持っている限りの力を出せ

たことが大きな自信となって、大舞台でも自分の力を発揮できるという思いが今後の自分の人生に繋がるように思えた。

「練習は裏切らない。でも、私だけじゃないんだ。ここにいる、全ての子達がいろんなものを犠牲にして、見えない敵と戦って、ここにいる。Now Here. 」

 また、頭の中にこの英単語が思い浮かんでクスッと一人笑いした。

 明日でコンクール自体が終わり、明後日の朝にはまた家に帰るというのが信じられなかったし、まだここで得るものを得たかった。最後の日、朝のワークショップ後、先生と大阪までお好み焼きを食べに行った。二年ぶりの大阪の駅の中は様変わりして近代的でとてもきれいになっていて、目的のお好み焼き屋さんを探すのにとても苦労した。さ迷いなが

らやっと見つけた商店街はそこから先は昭和にタイムトリップしたかのようで更にその中にある昔ながらのお好み焼き屋さん『凜』を探した。ここのお店は前回も先生と来たカウンター式のお好み焼き屋さんで、名前が一緒だったし、美味しかったのが記憶に残っていたのでもう一度来たかった。着いたのはお昼をだいぶ過ぎた時間だったけれど行列ができ

ていて30 分ほど並んでやっと入れた。

 席はお店の人が作っている目の前。素早い手さばきで事前に準備されていた食材を鉄板の上に敷いていく。ヘラを器用に使いこなしてきれいな丸を作ったかと思うとまた他の人の注文のお好み焼きへと移っていく。ひっきりなしに続く注文をこなしながら最初の方に焼き始めたお好み焼きからきれいな丸の状態で順々にひっくり返す。

 その作業に目を見張っていると芸術作品と言わんばかりにソースとマヨネーズが幾何学模様のようにかけられた。具材も異なるお好み焼きを分量も図らず正確に作る様子はまさに職人技で、見ていて惚れ惚れしたし、毎日鍛錬して腕を磨くのはバレエも同じだと思った。

 凜の得意技。何でもかんでもバレエに繋げてしまう癖。それは多分ナナ先生の癖が移ったのかもしれない。それから凜は思わず、先生が前に話してくれたル・コルビジェの作品を思い出した。

「直線って言うのは自然界には存在しないの。思い浮かべてごらん!木の枝や波や岩。でもね、人間の作り出すものは対照的に直線が多いの。だって、曲線の家とかタンスだったらちょっと不便だよね?もしこのスタジオの壁が曲線だったら?グランパドシャとかしたらいろんなところにぶつけちゃう!でも、この建物の四角い存在感と周りの木々や空と

のコントラストが調和して一つの画になってるように見えるの。バレエも一緒。体幹強く!って言うでしょう?ぶれない軸があって、肩甲骨や骨盤から引き離されるように、遠くに引っ張られるように手足がいろんな表現をする感じ。」

「あー、なるほどー、ぶれないボディがあって動いている手足の長さが際立つんだ。土台がしっかりしているから、周囲がいろんな方向に向いていてもバラバラになった感じがまるでしない。むしろそれがどこまでも伸びるラインが見えれば見えるほど一つの大きな存在感のある画となって見えるんだ。」