「あ、あった… 」何とも言えなかった。感情が無のままでしばらく停止したようだった。
「決勝に行ける… 」それだけだった。
興奮と言う言葉でなく、ただ現実を飲み込んだだけだった。自分の携帯を見るとママからも無数のスタンプがLine で送られてきていた。
「きっと、ママも泣いてるな。」と思いながらも一言、
「明日頑張るね。」

とだけ送った。
「もう遅いから、明日に備えて寝なくちゃ。… って、私が寝れるかっていう話なんだけど、寝よう!」

先生が興奮しているのが手に取るように分かって面白かった。
「私の方が落ち着いてるな。」

凜はそう思った。
次の日の朝、起きるなり、
「凜ちゃん、肩甲骨周りと腸骨周りほぐしておこう!」

と先生がマッサージを手伝って
くれた。いつもより柔らかめだったけど、内側に入りがちな肩や骨盤をしっかり開くように丁寧に、何度も施してくれた。
その後は自分でもいつも以上の念入りなストレッチとバーを行った。
「思っていたよりもずいぶん落ち着いているな。」そう、凜は気付いた。
「後は、決勝とは言っても舞台で踊るのはいつもと一緒。お客さんを魅了する自分の踊りを精一杯、踊り切ればいいんだ。そしたらきっと審査員にも伝わるはず。」
 晴れの朝のすがすがしい空気を顔全体で受けながら先生と二人で急ぎ足で会場へと赴いた。予選同様、早めに会場に入ってからメイクをしてもらう。場当たりは予選の時以上に重い空気感が漂っていた。この場にいる子たち全員がスカラーシップでの留学を目指しているのだろうと思った。
「みんな、人生をかけている。私も。言訳はいらない。ただ、自分に負けないという精神力が大切… 。」
場当たりが終わり、一通りダメ出しをしてから先生が言った。
「凜ちゃん、私、最初の子から決勝見たいから後は自分で最終確認して舞台袖行ってね。」
「はい!」

凜は、気合に満ちた、これから始まる決勝と言う大舞台にワクワクした声で返事をした。
「頑張ってね、舞台、思い切り楽しんでね!」そう言って、先生は凜をぎゅっと抱きしめて楽屋口の方に消えて行った。
 リハ室は相変わらず、いろんな年齢層の出場者で込み合っていたけれど、凜もわずかなスペースを見つけて予選の反省も併せながら、何度も繰り返し最終確認を行った。
 頃合いを見計らって袖に向かうと、ちょうど舞台袖に通してもらえた。中は予選よりも張り詰めた空気が漂っていて、自分が決勝の舞台に挑むのだという自覚を強くした。大きく深呼吸しながら頭の中でもう一度自分が踊りたいエスメラルダを思い描いた。つま先から指先までジプシーのエスメラルダを思い描いた。そして、バレエの重要な要素である完璧なアンデオール、着地や床から足が離れる際のドゥミポアントの美しさ、それに加えて身体全体の表現力を意識することも怠らないよう意識し続けた。