先の不安・破滅だとか、恥だとか、そういうのは今、本当にどうでもいい。
異世界に浸ることが出来て、創作の世界に身を置いている自分を認めて、心から幸福だ。幼いころ夢に見ていた世界に立っている。
「見渡す景色に少し足をすくませ」
「だけど後ろ振り向かないで歩いてゆく事決めたから」
すっと入ってくる。
ただただ、夜が心地いい。
夜が明けなければいいと、思った。
ミサイルが落ちてきたって、恐怖の大王が降ってきたって、構わないと思った。
「そんな時間があるから私、生きていられるの。」
と思う。
夢と現実の相克。そこで得た力を日常に還元し、生き延びる。
衝動に、思考を伴わせるとよい、と友人が言っていた。
彼自身の自戒を込めての言葉だったのだけど。私は最初しっくりこなかった。
思考が伴うなら衝動ではなくないかと。
でもなんとなく、今はわかる。
かなわぬ恋をしている。
本当に美しい相手に。
けれども私にあの人を受け止めることなどできないし、あの人にも私を受け止めることなどできない。私の知らないあの人、あの人の知らない私、それらが相容れることもないだろう。それはお互いにわかっている。だからどうなりたいとも思わない。何より、近寄りすぎて破綻してしまうのが一番いやだ。失うことが恐ろしい。
私はただ、「長く、仲良くいれるなら」それでいい。
先生と同じパターン。
その人を愛することは、私の人生で色あせることなく続く。たとえ誰と結ばれようとも。
踊り子への憧れと、妻子への愛が、両立するように。
きっとそれは本当の恋であり、さらには恋から愛へ昇華されるべきものだ。
そしていずれ、恋はなくなり、純粋な親しみへと変わる。
先生がそうだったもの。
相手への同調を求めず、ただ、私は相手を愛する。それだけ。
歯止めを効かせる余裕がある。相手への感情の押し付けをせず。きっとそれが愛。
「こんな自己陶酔の物語、誰が観たいと思うか。けれど私はこれを、具現化させなくてはならない。全員が唾を吐いて帰る事になったとしても。」
あの物語をつくるにあたり、私はその感情の動きで作った。だから作品への愛が深い、といっていただけたのだろう。
あの人が私をどう受け止めるとしても、そんなことは関係なく、愛している。
私から見えているあの人の美しさ。
距離を守って、その美しさを保って。それでいつまでも「共に生きられたら」いい。
いつか、この感情は、ゆるぎない愛へ変わる。
そうなったとき、私はまた強く生きていける。
これが孤立でなく孤独か。
これが呪いであり祝いなのだな、と思う。
甘露。降ってくるだろうか。
生き延びよう、と思った。
BGM:
George Mccrae / Rock your baby