人間はこの物質界で、肉体を維持する為に活動をしなければなりませんが、それらに関する活動を物質次元の活動である、と昨日書きました。
そしてその物質次元の活動は、車で言えば車を直接走らせるガソリンのようなものであり、また精神次元の活動は潤滑油のようなものである、とも書きました。
また、私達がこの世で生きていかなければならない、この物質次元界は三つの苦しみからは逃れられず、その対処法として初歩的な精神次元の活動がある事も書きました。
その初歩的な精神次元の活動とは、躾けから始まり、道徳や倫理を学び、生活の中で実践して行く事に他ならないのです。
この初歩的とは、頭と心を使って、肉体を駆使し実践していく、肉体次元の活動が中心になります。
ここで大事なことは、頭で記憶したり判断したり想像する事、また心で感じる喜怒哀楽の想いもすべて、自己が肉体であると認識している限り、それは物質次元エネルギーであるという事です。
人間は、躾けや道徳や倫理を学び、それを実践した人なら、人生の苦しみから逃れようとする時に、自分という存在に対して真摯に向き合うようになります。
つまり、苦しみを体験している時に、初歩的な精神次元の活動をこなした人は自然と、自分とは何か、生きる目的は何なのか、死後はどうなるのか、と言った疑問をもち始めるのです。
つまり、魂の目覚めと言う現象が起きると言う事です。
魂の目覚めとは、自己の本質は肉体ではなく魂なのであると、言った完全なる確信をもつ段階に入るのです。
人によっては、子供の頃から既に、自分は魂の存在であると、おぼろげながらに思っている人もいます。
その様な人は、前世で既に物質次元の修行を終え、精神次元の修行をしていた人なのです。
自己の本質は肉体ではなく魂なのであると、言った完全なる確信を持った人は、死後の輪廻の世界を想感する為に、宗教の教えを求めるようになります。
この宗教心の芽生えは、中級段階の精神的活動となるのです。
宗教の段階におけるその根本は、布施、供犠(ヤグニャ)、苦行の三つを理解し実践することにあります。
布施の本質は財の執着を無くすと言う、無執着の実践であり、供犠(ヤグニャ)とは神々に対する宗教的義務であり、また苦行の本質は謹厳なる生活を実践する事であり、その実践も行動での謹厳、言葉での謹厳、心での謹厳の三つの謹厳があるのです。
この宗教段階に入ると、肉体欲望を積極的に棄捨する事こそが、その修行となってきます。
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我こそはと思う方は、お気軽にコールしてください。
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その初歩的な精神次元の活動とは、躾けから始まり、道徳や倫理を学び、生活の中で実践して行く事に他ならないのです。
この初歩的とは、頭と心を使って、肉体を駆使し実践していく、肉体次元の活動が中心になります。
ここで大事なことは、頭で記憶したり判断したり想像する事、また心で感じる喜怒哀楽の想いもすべて、自己が肉体であると認識している限り、それは物質次元エネルギーであるという事です。
人間は、躾けや道徳や倫理を学び、それを実践した人なら、人生の苦しみから逃れようとする時に、自分という存在に対して真摯に向き合うようになります。
つまり、苦しみを体験している時に、初歩的な精神次元の活動をこなした人は自然と、自分とは何か、生きる目的は何なのか、死後はどうなるのか、と言った疑問をもち始めるのです。
つまり、魂の目覚めと言う現象が起きると言う事です。
魂の目覚めとは、自己の本質は肉体ではなく魂なのであると、言った完全なる確信をもつ段階に入るのです。
人によっては、子供の頃から既に、自分は魂の存在であると、おぼろげながらに思っている人もいます。
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宗教の段階におけるその根本は、布施、供犠(ヤグニャ)、苦行の三つを理解し実践することにあります。
布施の本質は財の執着を無くすと言う、無執着の実践であり、供犠(ヤグニャ)とは神々に対する宗教的義務であり、また苦行の本質は謹厳なる生活を実践する事であり、その実践も行動での謹厳、言葉での謹厳、心での謹厳の三つの謹厳があるのです。
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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず
私はその人の、自主自立、独立自尊を尊重します。
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
バール・クリシュナ・フミオ