今日、学校でのいじめ件数の増加に伴い、「小中高校生の自殺28%増の200人に」と言う新聞記事がありました。
私が学生時代の昭和30年代では、学生が自殺すると言うことは全く無く、そんなことは想像すらできない事でした。
また、いじめがと言う事があっても、からかいや悪ふざけ程度でおわり、また度が過ぎれば、ほっぺに手の赤筋が付くくらいの、先生の容赦ないビンタが飛んできました。
しかし、告げ口をした者への仕返しや、恨みの気持は全く持たず、潔く制裁を受けたものです。
もちろん家には絶対に言えないことであり、赤い筋を消す為に頬をこすりながら帰宅したものでした。
そこには、先生に対する絶対なる威厳があり、また親も、先生に対する確固たる信頼を持っていたのです。
その頃は、社会全体としても道徳や倫理を基にした、生き方の基本的要素が空気として存在していたのです。
また車の数は少なく、空気自体も澄んでおり、親父が吸っていたタバコの匂いも良い匂いと感じたし、ディーゼルエンジンの排気ガスにも、嫌悪感を全く感じることもなかったのです。
しかし、今の学校でのいじめ問題は、物質文明の発展にともない、環境の悪化と共に荒んできたように思えます。
このいじめ問題の根本は、子どもの時の躾と学校での道徳の教育の、完全なる欠如に最大の原因があるのです。
いじめの社会的現象は学校だけでなく、政治の世界や企業の経済活動も含めた、あらゆる競争を原理としたところに根本があり、生存競争がある限りは、絶対に無くすことは無理なのです。
学校生活でのいじめは、社会のいじめとは形は違っているように見えても、本質的には、強者が弱者を痛めつけるという点においては同じことです。
ここに相手を思いやる気持ちや、過ちを赦す心や、相手を認め賞賛できる気持ちが持てるならば、お互いに傷つけ合うことは、無くなるのです。
大事なことは、子どものころから他者に迷惑をかけない、と言う最低限度の躾は家庭で責任を持って、躾けることから始まるのです。
この様な質性こそ精神性の向上であり、それはその人間を包み込むオーラであり、邪悪をはねのけるバリアとなるのです。
いじめを起こす人間は、精神性の低い段階か、また更なる邪悪の段階にある人間なのです。
その様な人間の波調に合わない、数段と高い精神性を身に付ける事こそ、いじめから身を守る術となるのです。
それは、この世は相応の理が支配しており、 「波調が合う者どうしが関わり合う」と言うのがその原点だからなのです。
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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
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バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず
私はその人の、自主自立、独立自尊を尊重します。
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
バール・クリシュナ・フミオ