FEELing is believing -4ページ目

FEELing is believing

その思いを、コトバにして。

「人と違っていて当たり前」

「違っていていいんだ」と、


心から納得し、

なおかつそうゆう人生を歩み始めるには、


どういう心理形成をしていけばいいのか?


つまり、

0→1の

第一歩目のステップは何か?


という話です。


=============

・人の違いを認めること

・違いから学ぶようにすること

・違いを尊重するようにすること

=============


頭で「違いはいいんだ」と言い聞かせても

無理です。


これまでやったことないわけだし、

どうしても、人の目が気になる。


まず、整理すべきは、


まず自分が

人との相違をどう捉えているか


ここが大きく関係してきます。



「違う意見・考えを持っている人を

自分はどう見ているか?」


正直に問いかけます。



なぜでしょうか?


人は


”自分が人を見るように

 「人も自分のことを見ているんじゃないか」

 と考える。”


という性質があります。


嫉妬深い人は


「周囲も自分をそう見ているのでは・・」


「もし自分がうまくいけば、

周囲も嫉妬するんじゃないか」


と無意識に感じて、

窮屈になってしまう。


⇒変化をもたらす

  ⇒人との違い


を行動レベルでおこせない・・


意識とは逆のブレーキを

かけてしまっている状態です。


頭は「自由に自由に」

心は身動きが取れない


というチグハグが

生じてしまいます。


他者に寛容ではないのは、

本人にとって、最悪です。



寛大な人は、人の悪意にビクビクしません。

(騙されやすいとういわけではないっす。)

「悪意があるぞ」という受け取り方をしないからです。


自分のペースで違いを生み出します。


客観的に見てみましょう。


自分が人をどう見るかで


鏡のように


自分は人からどう見られているだろう(本人の解釈の問題だが)


と決定づけているということです。


自分が他者の違い、感情、価値観、背景を

どれだけ受け止めきれるかで

すでに勝負はついています。


これはある意味、フェアな考えです。


自分の個性は認めてもらいたいのに、

人が違うことすると

イラッとして、認めきれない。。。


これでは、友人は離れていきます。


自分が認めてもらいたければ、まず

認めてあげましょう。


自分が愛されたければ、ます

愛することはできないか

努めましょう。


正々堂々といきましょう。


「人を見るように、人から見られる」


この、正々堂々感が、人間の性質として

埋め込まれている気がしてなりません。


まず、

自分が相手をどう見るか変えれば

周囲から視線の「感じ方」が変わり、


どの程度

活き活き、自分らしく生きられるのかが

変・わ・る。


『OUTLOOK mirror の法則』

と勝手に名付けました。


自分への「受け取り方」が変わり、

世界の見え方が変わる。



話が脱線しました。


『人と違っていることが普通』

この価値規準を


現状の自分はどのくらい受け入れる

ことができているんだろうか?


つまり、

頭で納得しよう、でなく

心が納得してくれているかは、


どう識別できますか?



個性の違い、突飛な考え方、

に対する自分の反応の仕方が

すべてを語ります。


その、素の自分の反応が

違いの許容レベル

違いの発信レベルを


示す物差しになります。



個性の違い・突飛な考え方に

遭遇したら、


その突飛な考え方の背後にある

生い立ち、教育、文化、経験、そして

価値基準を「知る」よう努めてください。


「こんなことをするなんて・・

こいつはきっと適当な奴だろう」


ではありません。


表面の出来事だけでなく、背景を

「理解」するよう習慣づけてください。


「人」そのものの価値を

判断できるようになりましょう。


人の多様性に、

心から価値を実感できたとき、

自分もオンリーワンでありたい

いう意欲の炎がメラメラと燃えます。


「違い」に、


面白さ

興味深さ、

学べる点が


見いだせるようになったとき


心から自分も「自分らしさ」をだんだんと

引き出せるようになってきます。



奥の深い人、ヘビーな人生を送っている人ほど、

その人の第一印象は

当てにならないなということを


私自身、何度も経験しています。


それが個性。


その個性をスルーせず、

触れ合えるかは、


相手を知る・理解するよう努力した、

ご褒美のようなものです。


自分に持っていないものを

その人が持っているということです。


短い人生で経験できることには

限界がありますから、


その人と対峙するときに

真剣になることで、


相手を「理解」しなければ見えないはずのものが

見え、少しだけ経験となります。


疑似体験をミニマムにすることができます。



結局、このミニマム体験を

足し算することで

塵も積もれば山となり、


対人、許容容量が大きくなり、

人間的器を広くし、

理解・尊重指数が上昇します。


―――――――――――――――

人に興味を持つ

異なる意見・考えを否定せず、もうちょい

腰を据えて、観察・理解する

自分と異なる価値観に触れ、学ぶ


知らぬまに、自分のオリジナルが

形成されていく
――――――――――――――――


人と同じこと「だけ」して

おもしろく世を生きれるわけがありません。


究極的には『変化』にこそ

成長があると思っています。


勉強するから変化できる

実践するから変化できる

意欲があって変化できる

好奇心があって変化できる

体験があって変化できる

人に感化されて変化できる

違いの素晴らしさを知って変化できる


変化するからこそ、殻を破れる

殻を破って、大きくなれる。


大きくなって、面白く生きれる。


先人たちの別格な

『面白さ』に

少しでも、近づけますように。





やじろべえの大好きな高杉晋作の名言です。


つまり、


「あ~、つまんねー世の中だ。

でも待てよ!?

自分が楽しいことを探したり、

作ったりすりゃいいんじゃねーか?」


みたいな意味です。


おもしろいことを待つのではなく、

おもしろいことをすればいいんじゃないか?

こっちから。


というひらめきです。


幕府を倒すぞ!

奇兵隊つくるぞ!


のような


常識をぶっ壊す、破天荒な男でした。


なんたって『奇』兵隊ですから。



面白くない場合に、

「それでもおもしろく行こう」

となるのに重要なのが、


この


------------

『今までにないことをする』


『人と違ったことをする

------------


ということです。


「あいつおもしろいやつだな」

「いつもおもいろい遊びを考える」

「おもしろいネタで盛り上げる」

「発想がイケてる」


というときは、『普通ではない』

考え方、感じ方が出来る人


ということです。


逆に、「普通だ」とは

ありきたりで、誰もがやってるから

つ・ま・ん・な・い


ということになります。


今そこにあるモノ

今ここにいるジブン


に、退屈さを感じているわけですから


この「違和感」を大切にするためにも


スタンダードとされているものに

アレンジを加えて、


刺激のあるものにしないと、

オモシロキことは

なにも始まりません。


==============

人と違うことはいいことなのか?

==============


どう考えるかは

人によって様々でしょう。


人と違うことは簡単でしょうか?


こんな興味深い調査のデータがあります。

------------------

ある博士が、数人の被験者を暗い部屋にいれ、

小さな光がどれだけ動いたか?を

尋ねるという実験をした。


実際には光は動かさないため、動いたと

感じたら目の錯覚ということである。


一人ずつ実験したら、正解できたのに

複数でテストしたら正解できなかった・・


他の人の意見に左右され、やがて

グループとしての”規準”ができてしまった。

-------------------


つまり、わたしたちは、思っている以上に

人の意見に左右されやすい。


●被験者の心理


「あれ~、光は動いてないように見えるけど、

なんでみんな動いたって主張するんだろう?

・・

おれの錯覚だな。みんなに合わせとけば

無難でしょ。」



決定の基準が

『自分がこう思うから、そう見えたから』でなく

『みんながこう言ってるし』


ということになります。


人と違っているということは、

難しいということになります。


しかし、残念ながら

「みんな一緒」で安心・・・

でも間違いは間違いです。


自分が「正しい」と思った決定が

みんなに流された結果、


「間違って」しまった・・


不本意なことです。


================

人と違っているということの素晴らしさ

================


いきなりですが、

「個性」とは何でしょうか?


個が持つ性格??


国語辞典では

「その人だけにそなわった、特有の性質」

となっています。


ウィキペディアでは

「個人を、個人たらしめる特徴」

かっこいい表現がされています。


わたしたちは、

世界に二つとない

唯一の指紋を

持っています。


生まれながらにです。


さらに、歯型も

特定の一個人だけが持つ

特別なものです。


生まれたときに、

これら身体的な

特別性を持っているならば


内面の特性は人と相違があって

「当たり前」でしょう。


さらに、

食べもの、育ち、環境、経験、出会い

が違えば、


自分のクローンがいない限り

考え、感じ方、目標、価値観

何から何まで同じ


なんてのはありえない

ということになりませんか?


だからこそ、自分の「個性」を大切にして

他者にも寛容でなければなりません。


「あの人はユニークだね。」


の”Unique”は

「唯一の」「固有の」


という意味です。


ユニークと聞くと、

「おもしろい」

をイメージしますが、


実は、唯一性を意味します。


それで、


個性がある

  ⇒唯一の存在である

   ⇒おもしろい


ということであり、


個性がないのは、


他人と一緒・・

その他大勢の一人・・


に収まってしまうってことです。


普通すぎて、

何にも印象に残らない、


埋もれてしまう、


という悲しいことになります。


人と違っていてはじめて、

他の人に貢献したり、

補ったり、

サプライズしたり、


のびのびといきいきと

自由に生きられます。


外的要素が

つまらない世の中でも、


内的エネルギーで

変化を作り上げて、

おもしろく生きていけます。


人と同じは

3番煎じも

4番煎じにも

なってしまう、


そこに魅力はない・・


ってことを心に刻んで、

退屈な毎日を


あなたが主役の

映画にするべく


ひたすら、我が道を追求してください。


そして、他の人を楽しませてください。


そして、他の人の個性から学んでください。


ほかの人にはない

オンリーワンの特長をたくさん手にして


人生を豊かにしていきましょう。

「成長」と「貢献」によって。


やじろべえ。




打たれ強さはかっこいいのか?


         かっこ悪いのか?


こんにちは。やじろべえです。


打たれてる自体かっこ悪い。。


自分が打たれるなんて。。


考えたくもないですが、

今のご時世、打たれずに、

なんてことはあり得ませんので

「打たれ強さ」の秘密は


マストです。


今日図書館に行ったら、

「ストレスに負けないココロを!」


って、ポスターとパンフが置いてありました。


まったく、時代を反映してます。


カッコイイとかじゃなく、

必須な要素ですよね。


生き方に大きな差が生じます。


主体性をもって、自由に、

いろいろなことにチャレンジしながら

成長していく必要があります。


ここ一番で、ガチガチの緊張。

本番に弱い。

苦手意識、苦手タイプが多い。

いつも消極的。


打たれ弱いとはそういう状態です。


生活全般で困ってしまいます。


――――――――――――

 打たれ強さはマジで必要

――――――――――――


真の打たれ強さとは?


①打たれたことに気づいていない


②打たれても、立ち上がる


③打たれることをパワーに変える


3択です。



正解は③です。


①の場合、

気づかないので本人のこころは

穏かかもしれませんが、


打たれる状況ということは、何かが上手くいっていない

サインなので、


それに気づけないのは致命的です。


気づかない⇒感度が鈍い


ヤバイです。


うまくいかないシチュエーションを

繰り返して、いっこうに改善されない。


無限ループです。


こんな人、稀にいます。



②の場合、

「立ち上がる」ため、傍目では

「奴はまた立ち上がった、強いな」

となるかもしれませんが、


当人のこころは


「へこたれてはいけない、

オレはまだやれる」


と言い聞かせつつも、


内心はプレッシャーに押しつぶされんばかりです。


周りに、

「立ち上がった」という表面的な結果が

見えているだけで


ボロボロになるのは時間の問題です。


こっちの場合の人が、大多数です。



①気づかないから変われない・・

②気づいても、変われない・・



しかし

真に打たれ強い人は、


「ここぞ」というときに、力を発揮して、

どんどん周りに認められる人です。


力を発揮するべくして、発揮する。


打たれても、気づき、変わる。


③打たれることをパワーに変える

回路を持っているのです。


一流のパフォーマーが、

「緊張を楽しむ」というのは

カッコつけではなく、真実です。


私もそうでしたが、


気がついた時期から

既に打たれ弱かったです。


周りを気にしい、な性格でした。


そんな自分を作り上げた要因は

育ちや環境、見聞きしたものがありますが、


大事なのは、

そんな自分が

もともと持っているはずの

「潜在能力」を発揮できていないだけ


ということです。


発揮できる回路を作ればいいだけです。



============

ステップ1;

今の自分の状態を認める

============


ありのままの自分を素直に受け入れることが

肝心です。


「受け入れる」とは、容認ではありませんよ。


それでやっと、自分を変えるための

スタートラインにたてるということです。


「自分ってかなりヤバイな」

そう強く自覚すればするほど、

決意が強まります。


言っても言っても、

「そんなことねえよ」


なんて返す奴がいますが、

それだと困ります。


「変わろう」という決意、

変わるための第一歩


が踏めないからです。


まず、自分の位置を知りましょう。


===========

ステップ2;

「自分のリズム」に徹する

===========


打たれ弱さが作動するのは

たいてい、周囲の目が

関係するときです。


同じ失敗でも、一人だけの時は

なんともありません。


個人練習でうまくいっても

本番のチームプレイでくすぶるのは


そのためです。


それで、

「まず、自分の状態を受け入れる」

そのうえで

「自分はどうしたいのか?」

を考える。


間違っても、「周りはこう望んでいる・・」

なんて考えないことです。


前もって、打たれ弱いかっこ悪い自分を

把握しておきながら、

イメージしておいた打たれ強い自分を

「演じる」ことが必要でしょう。


打たれえ強い自分=「自分」はどうしたいのか?


そうやって、思考や行動で

回路を形成します。


最初は

意識していてもうまくいきませんが、


日常生活の細かなところから、

打たれ弱い片鱗がポロポロ

見えるはずですから


そんなところから意識的に改革していきましょう。


そして、「ここ一番」に

備えるべきです。


時に失敗しても、

自分を責めずに、笑ってください。

「自分を笑える人は強い」


わたしはそう思っています。


=======

ステップ3;

自分ノートを描く

=======


ステップ2で自分がだんだん見えてきたら、

ノートに記録しましょう。


苦手シチュエーション、苦手タイプ

そのとき、自分はどう行動したか

どう感じたか

今度はどうするべきか


手間がかかりますが、

「見える化」するのが

定着の最短距離です。


頭で考え、イメージするだけより、

書くほうが、

4倍ぐらい早いです。確実です。


ステップ2もそうですが、


ステップ3は


自分との対話になります。


自分の内面に問うということです。


基本的には周りは関係ない、

自分の方向、目標、願望、役割を

自分がどれだけわかっているか?


がカギです。


==========

ステップ4;

当たり前ですが、

ノートの決意を決行する

==========


ノートをうめたことで満足せず、

書いたことを実行してうまくいったことを

喜びましょう。


「今度はどうするべきか?」

を数こなしたほうが、

打たれ弱さを克服できるに決まっています。


ステップ1~3が

無駄にならないよう、がんばりましょう。




そんなふうに、一連のステップが

あなたの体に染み込んで回路化したとき


意識でやるのではなく、

自然の流れでやれるようになります。


ステップ1のおかげで

できないことを認める謙虚さも身につきます。


ステップ2のおかげで

自分の価値観・世界観が構築できます。

(これが意外とない人が多いです、

いわゆる自分がない系の人)


ステップ3のおかげで

整理力、分析力、アウトプット能力

表現力までも付いてしまうかもしれません。


ステップ4のおかげで

実行力、継続力、チャレンジ精神までも

身に付けちゃったりして。


こんな時代を最高に生きる準備です。


さあ、打たれ弱い自分にオサラバして、

あなたらしい人生を歩んでください。


心から応援してます。



やじろべえ。