「人と違っていて当たり前」
「違っていていいんだ」と、
心から納得し、
なおかつそうゆう人生を歩み始めるには、
どういう心理形成をしていけばいいのか?
つまり、
0→1の
第一歩目のステップは何か?
という話です。
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・人の違いを認めること
・違いから学ぶようにすること
・違いを尊重するようにすること
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頭で「違いはいいんだ」と言い聞かせても
無理です。
これまでやったことないわけだし、
どうしても、人の目が気になる。
まず、整理すべきは、
まず自分が
人との相違をどう捉えているか
ここが大きく関係してきます。
「違う意見・考えを持っている人を
自分はどう見ているか?」
正直に問いかけます。
なぜでしょうか?
人は
”自分が人を見るように
「人も自分のことを見ているんじゃないか」
と考える。”
という性質があります。
嫉妬深い人は
「周囲も自分をそう見ているのでは・・」
「もし自分がうまくいけば、
周囲も嫉妬するんじゃないか」
と無意識に感じて、
窮屈になってしまう。
⇒変化をもたらす
⇒人との違い
を行動レベルでおこせない・・
意識とは逆のブレーキを
かけてしまっている状態です。
頭は「自由に自由に」
心は身動きが取れない
というチグハグが
生じてしまいます。
他者に寛容ではないのは、
本人にとって、最悪です。
寛大な人は、人の悪意にビクビクしません。
(騙されやすいとういわけではないっす。)
「悪意があるぞ」という受け取り方をしないからです。
自分のペースで違いを生み出します。
客観的に見てみましょう。
自分が人をどう見るかで
鏡のように
自分は人からどう見られているだろう(本人の解釈の問題だが)
と決定づけているということです。
自分が他者の違い、感情、価値観、背景を
どれだけ受け止めきれるかで
すでに勝負はついています。
これはある意味、フェアな考えです。
自分の個性は認めてもらいたいのに、
人が違うことすると
イラッとして、認めきれない。。。
これでは、友人は離れていきます。
自分が認めてもらいたければ、まず
認めてあげましょう。
自分が愛されたければ、ます
愛することはできないか
努めましょう。
正々堂々といきましょう。
「人を見るように、人から見られる」
この、正々堂々感が、人間の性質として
埋め込まれている気がしてなりません。
まず、
自分が相手をどう見るか変えれば
周囲から視線の「感じ方」が変わり、
どの程度
活き活き、自分らしく生きられるのかが
変・わ・る。
『OUTLOOK mirror の法則』
と勝手に名付けました。
自分への「受け取り方」が変わり、
世界の見え方が変わる。
話が脱線しました。
『人と違っていることが普通』
この価値規準を
現状の自分はどのくらい受け入れる
ことができているんだろうか?
つまり、
頭で納得しよう、でなく
心が納得してくれているかは、
どう識別できますか?
個性の違い、突飛な考え方、
に対する自分の反応の仕方が
すべてを語ります。
その、素の自分の反応が
違いの許容レベル
違いの発信レベルを
示す物差しになります。
個性の違い・突飛な考え方に
遭遇したら、
その突飛な考え方の背後にある
生い立ち、教育、文化、経験、そして
価値基準を「知る」よう努めてください。
「こんなことをするなんて・・
こいつはきっと適当な奴だろう」
ではありません。
表面の出来事だけでなく、背景を
「理解」するよう習慣づけてください。
「人」そのものの価値を
判断できるようになりましょう。
人の多様性に、
心から価値を実感できたとき、
自分もオンリーワンでありたい
いう意欲の炎がメラメラと燃えます。
「違い」に、
面白さ
興味深さ、
学べる点が
見いだせるようになったとき
心から自分も「自分らしさ」をだんだんと
引き出せるようになってきます。
奥の深い人、ヘビーな人生を送っている人ほど、
その人の第一印象は
当てにならないなということを
私自身、何度も経験しています。
それが個性。
その個性をスルーせず、
触れ合えるかは、
相手を知る・理解するよう努力した、
ご褒美のようなものです。
自分に持っていないものを
その人が持っているということです。
短い人生で経験できることには
限界がありますから、
その人と対峙するときに
真剣になることで、
相手を「理解」しなければ見えないはずのものが
見え、少しだけ経験となります。
疑似体験をミニマムにすることができます。
結局、このミニマム体験を
足し算することで
塵も積もれば山となり、
対人、許容容量が大きくなり、
人間的器を広くし、
理解・尊重指数が上昇します。
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人に興味を持つ
↓
異なる意見・考えを否定せず、もうちょい
腰を据えて、観察・理解する
↓
自分と異なる価値観に触れ、学ぶ
↓
知らぬまに、自分のオリジナルが
形成されていく
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人と同じこと「だけ」して
おもしろく世を生きれるわけがありません。
究極的には『変化』にこそ
成長があると思っています。
勉強するから変化できる
実践するから変化できる
意欲があって変化できる
好奇心があって変化できる
体験があって変化できる
人に感化されて変化できる
違いの素晴らしさを知って変化できる
変化するからこそ、殻を破れる
殻を破って、大きくなれる。
大きくなって、面白く生きれる。
先人たちの別格な
『面白さ』に
少しでも、近づけますように。