とはいえ、そんなに誰も知らないことではないだろう。カンヌでグランプリを獲った「
誰も知らない」で共演したYOUと柳楽優弥が、クルマのCMでイマドキの友達親子を演じていることを。


反対に、チョイ悪風の中間管理職トヨエツと、コワい顔で脱力しているOLの田中麗奈が、
健康食品のCMで共演しているが、
今度公開される映画「犬と私の10の約束」で、親子をさわやかに演じるのである。
それってどうなの?

まだ未見なので正確ではないかもしれないが、
映画「誰も知らない」は母親の育児放棄の末に起きた悲劇という、
薄暗い物語である。
実際に見ると思ったよりも陰惨なドラマではないのかもしれない。それが最近の傾向だから。
しかしあらすじだけの印象は違うものである。とにかくヒドい話を想像するだろう。
それなのに、何で同じ親子関係で楽しそうな二人を演じさせたのか、
そのCMディレクターの神経をオレは疑うのである。
今時テレビの中で演じている人格を、そのまま役者本人に当てはめるヤツなんかいないだろう。
しかし、その映画を撮った監督は何も思わなかったのか?そして、
役者の事務所の偉い人は何も考えなかったのか?
イメージを守り切れない脇の甘さに、オレは人ごとながらハラが立つ。

トヨエツと田中麗奈の映画の方は、
大塚製薬って映画にいくら出資してんだろうとか、
試写会のオマケにSOYJOYがもれなく貰えるんだろうな~とか、
そんなことを考えるばっかりで、肝心の映画を見ようという気にもなれない。
だからさぁ~、ホントそれってどうなのさ?CMと映画は嘘である。
でもさあ、世間のフツーな感覚を無視していいわけないじゃん。

CMの中で柳楽優弥は困惑しているように見える。
「ああ俺って何やってんのかな?」「それが芸能界というものなのか。」と。
しかしそんな気持ちもいつか忘れてしまうだろう。
新聞のテレビ番組欄を見ていたら、出演者名に「ポルノ」と書いてあった。
すぐにポルノグラフィティのことだとわかったが、軽くイラッとした。つーか、
デビューした時からずっと軽くイラッとし続けている。

「アポロ」の頃から彼らの世界はすでにもう出来上がっていた。
楽曲は適度に垢抜けてるし、歌詞も計算し尽くされている。
アポロを出してくるところが、若いヤツだけでなく、
若者ぶりたい30代にも目配りをした絶妙なチョイス。
そしてグループ名が少々挑発的で、ちょっとした不良気分も味わえる。
ものすごくリサーチして作られてるみたい。つけいる隙もない。ヒットして当然である。

ところで、先日オレは「正解」について書いてみたが、彼らはどうだろう?
ヒットを出すことが正解なのだとしたら、彼らはそれに当てはまる。
しかし「正解」と「思う壷」とは別物だ。
難問が解けたときに目の前の雲が晴れるような驚きを感じるのが「正解」で、
仕掛けた罠に予想を裏切らずにかかってくれるのが「思う壷」である。
オレは音楽を聴いて驚きたいんだ。驚きの分野はなんでもいい。
例えば、胸のすくような「思う壷」だったらそれでもいいんだ。驚かせてくれたんだから。

それにしても、ああいった「思う壷」感の代表にMr.Childrenがいるが、
どうして簡単にみんな感動するかね?事務所も同じだし。
「思う壷」のダメなところは、見栄えが良くするための余計な仕掛けが多すぎるところである。
例えばオシャレな優男が切ない歌を歌うといったようなことだ。
実際に切ない内面を抱えているのは、見かけが岩みたいな男だったりするものだが。
「正解」には1+1=2であるようなシンプルな普遍性がある。
だからこんなカンタンなことで・・・というような驚きを感じられるのだ。

しかし”ヒット=正解”であるこの資本主義の世の中で、
「思う壷」な曲ばかりヒットさせていると。たとえ「正解」でも世間の耳には入らない。
道に迷って行くばかりである。諸君、これでいいのか?
チャットモンチーって、ニューオーダーだね。ギターソロなんて「Sunrise」みたいだし。

ドラムスのど下手なとこがイラッとするが。まるで森高千里の趣味でやるドラムのようだ。
でも歌詞にインテリジェンスを感じるし、
曲もオリジナリティーがあって、
メンバーが3人とも、男目線を気にしてない、暗めの若い娘さんってとこも大変良い。
くれぐれもくだらん男にだまされないように。幸せになれよ。

そんでさあ、オレときたら最近まで、
チャットモンチーといきものがかりの区別がつかなかったんだな、
両方ともスリーピースバンドだし。
いきものがかりの新曲「花は桜君は美し」って
エヴァのオープニングテーマ「残酷な天使のテーゼ」とそっくり。
音程と旋律の音符の並べ方をちょっとかえると違う曲としてCDショップに並ぶんだな。
不思議だ~。
そういうんだと、宇多田ヒカルの「Automatic」と
新曲「Heart Station」も同じ曲だね。まあ、デビュー曲の方が断然いいけどさ。
セルフパロディーならオッケ~なわけだ。

全然カンケーないけど、
絢香ってなんで、スーパーの洋服売り場につるしてあるような
チュニックばっかり着てんのかな。体型隠し?
だったら余計に太って、ついでにイナカ臭く見えるから止めときな。

今日はなぜ、このようにいつもより多めに罵詈雑言を吐いているのかというと、
別にスサんでるからではない。
この頃いろんな場面で言い訳するヤツが多い気がしたので、
問題提起の為にわざとやってみたのである。
ホントはちょっぴりおセンチなイイ人なんだけどな~。これも言い訳だが。

最近のヒット曲は、歌詞だけでなく楽曲にもアレンジにも、
言い訳してる感が増えてると思う。自信を持って断定できないからだ。
「かもしれない」「らしい」「そうに決まってる」で、間違えたっていいのに、
困るのはレコード会社だけ。
正解なんて誰が決められる?自分にとっての正解を出せばいいのに、
そこから逃避しようとするからダメなのだ。
勇気を持って言い切ってみろ。自分は正しいと。

ーところでさっき正解なんて誰に決められる?と言ったが、
実は作曲方法の部分で言えば、正解は確かに「ある」のだ。
しかしそれはなんなのか、今のオレには説明できる能力がない。
いつかそんな能力が身に付いたら、
またここで断定するさ。

オレは童顔である。
年齢を聞かれて「いくつに見える~?」とか言うようなベタな無神経さは持ち合わせていないので、
実年齢を即答する。するとたいてい驚かれる。別にどうでもいいが。

ところで、もう子供ではない女が小脇に抱えるテディーベア(以下”熊”と略す)だが、
皆さんはあれを見てどのようにお考えであろうか?
彼女のコケティッシュさなどを感じてグッとくるんだろうか。
だとしたらアンタはバカである。
そんなのありえねえって今時。でもそういうイメージの世界は健在だ。
だからオレは、そんな女が焦点の定まらない目をして
熊を持っているなどという状況を想像しただけで、
叫びながらキィーっとか何かを爪で掻きむしってやりたくなる。
まぁ熊だけでなくマラカスも携帯している場合はのぞくが。

しかしこの頃は熊を小脇に抱えるのに飽き足らず、
自分から熊を名乗ったり、かぶったりするという事態が起きているのである。
それってどうなのか。
そういえば映画「ホテル・ニューハンプシャー」では、
普段から熊の着ぐるみを着て生活する美女が登場したが、
あれは世間の荒波から純粋な自分を守るためのバリヤーだったのか、
あるいはみっともない自分が隠れる為のかぶり物だったのか、
随分前に見た映画だから忘れたが、
どっちにしても非常に閉じた性格のキャラクターである。
ひょっとしたらアレがやりたかったとか?

熊を名乗った方のアーティストの曲の題名は「ぼくはくま」だったし、
かぶった方の題名は「受け入れて」だったし、
何というか背中にイヤ~な汗が流れるカンジ、わかってもらえるだろうか?
熊が自分を純粋に見せようとするための小道具なら、
それになっちゃうということは、自分は最初からそういう人間だと宣言するようなものである。
クーッ勇気ある~!自信満々じゃん。
しかし、そもそも純粋ってそんなにいいことか?

童顔は得である。
少々バカなことをやっても大目に見てもらえるし、
反対にきっちりやれば褒められる。いいこと尽くしだ。
でもそれは所詮勘違いなので、
年相応のことはできるようになっておいた方がよいに決まっている。
普通の大人としてなるべくそうありたいと思っている。
あくまで希望ではあるが。

松田聖子になりたい人は世間にまだ沢山いるようだ。

 
歌番組を見ていたら、平井堅が
「松田聖子は単なるアイドルではなく、アーティストなのだ。」とかなんとか言っていたのだが、
先日ライブビデオで無精髭のむさ苦しいルックスのくせに、
カンカン帽とカワイイ感じのアロハ、
そして短パンという格好で楽しそうに歌い、舞踊っていた。
「Pop Stare」のPVでアフロヘアのアイドル歌謡ショーをやった時と同じように
「Fake Star」で白人女と絡んでいた時よりも数百倍楽しそうであった。
そうなのだ。彼は実は聖子になりたいのである。

またある時、真夜中にMTVをつけていたら
電気グルーヴの「少年ヤング」が始まったので見ていると、
出てくる80年代風の女の子たちがビミョーで爆笑した。
当時人気だったアイドルのS・Yとか、N・Aとか、I・Tっぽいメイクや衣装で登場するが、
みんなブス。
こんな女巷に溢れ返ってたよな~とか思うと、感慨深いものがあった。
そうなんだ。あの頃の若い娘さんは、みんな聖子になりたかったんだ。

大スターになるために必要なことはいろいろあるが、その中で無視できないのは
ゲイからの支持である。
少数派ではあるが鋭い彼らに
「この娘みたいになりたぁい」と思われると必ずヒットする。
彼らは鋭いが少数派であるが故に、王道-つまり時代を代表するようなアイドルを求める。
本当の私をわかってほしい。そして愛してほしい。そんなことを切実に思っているんだろうか?

だいぶ前の紅白で、小柳ルミ子ときたら、
なんでテディーベアを抱きながら天使の羽根つけてんだろ?と思いながら見ていたら、
松田聖子だったので驚いたことがある。
そこで考えたのは、本人でさえも「松田聖子」という存在になろうと
努力しているのだということだ。
いつまでも絶好調でいるためにがんばる私って素敵だ、という宗教。
しかしオレは思う。それってキモくねえ?

「少年ヤング」のPVのオープニング、
窓の外を雨が降り続けるのをものうげに見るビミョーな少女。
曇ったガラスに書いた言葉は「すき」ではなく「死ね」
賛成である。