レム睡眠
骨壺は五月の風に置かれあり
起きがけの四肢のまさぐる夏布団
短夜のレム睡眠のはづれにゐ
さらさらとみづまくごとく蚊帳張りぬ
黎明をしづかにつなぐ網戸かな
蛇衣の風に残れる風の容
看板の裏返つてゐ麦の秋
レム睡眠
骨壺は五月の風に置かれあり
起きがけの四肢のまさぐる夏布団
短夜のレム睡眠のはづれにゐ
さらさらとみづまくごとく蚊帳張りぬ
黎明をしづかにつなぐ網戸かな
蛇衣の風に残れる風の容
看板の裏返つてゐ麦の秋
季語は「ソーダ水」で夏です。さて、問題は「波音のこはれてをりぬ」です。「こはれ」は「壊れ」なのでしょうか、それとも「乞ふ」「恋ふ」に受け身の助動詞なのでしょうか。波は壊れても波音は壊れない、という常識に従えば、「乞はれ」「恋はれ」を平仮名に開いたと考えるのが穏当なのですけれど。それに、この句においては「乞ふ」と「恋ふ」とは意味を重ねられるという強みもあります。
以下は個人的な読みです。ユーミンの「海を見ていた午後」なのですが、例の「山手のドルフィン」です、あの歌詞を読み返してみると、「壊・乞・恋」の全てが当て嵌まってしまいます。この句、「紙ナプキンには インクがにじむから / 忘れないでって やっと書いた遠いあの日」の暗喩ではないのでしょうか。
この句の季語は「冷し葛」なのですが、手元の歳時記にはありません。「葛素麺」「葛餅」「葛饅頭・葛桜」「葛練・葛切」、どれもこれも冷やす葛なのですが、イメージとしては「葛切」という気がします。おそらくは二人して食べているのですが、相方の話を聞きつつも、ただ聞いているだけでは納得してくれそうもないので、単なる相槌ではなくて「横やり」、茶々を入れているのだろうと思います。相方との親密度は感じられるのですが、話の内容に対しては、今ひとつ乗れていない気がします。折角の「冷し葛」なのに、美味しいね、などと口にしようものなら、聞いてるの❗ と槍が飛んできそうな。兎に角も付き合いの長さはとても感ぜられます。
俳句という器は、ときに、この句のように否定的な表現を通して、実は、何かを殊更に肯定表現している場合があります。瑪論さんの場合、何かと斜に構える人でもありましたし、合評句会での一句でしたら、「はいはい、ごちそうさまでした」と横槍なんぞを入れたくもなったろうと思います。
季語は「冷奴」で夏です。家庭での食卓であるにしろ、外での酒席であるにしろ、場には口に出してはいけない話題というものがあります。「おたがひの言の葉」とは相手を慮ってのことなのですが、この場ではどうやらお互いにお互いを慮っているようです。双方が言葉を選び選びしているのですが、それが互いに感じられてしまうのでしょう。気詰まり、ということではなさそうなのですが、酒席だとすれば、酔ってはいけないという意識が働いているかも知れませんね。
個人的な話になりますが、瑪論さんの病室を訪ねた折、彼は何度か「やばい」という言葉を口にしました。私には返す言葉がなく、とても困ってしまった記憶があります。あの頃、瑪論さんとはショートメール( SMS )での遣り取りをしていたのですが、言葉選びには随分と時間を掛けていたように思います。
先ず「風騒/ふうそう」なのですが、「風」は『詩経』の国風を意味し、「騒」は『楚辞』の離騒を意味し、ともに詩文の模範とされたところから、「風騒」は風流、風雅、詩文を作り楽しむことを意味し、芭蕉の『奥の細道』に出てきます。一句は、風騒の有り様の一つとしての「蟻地獄」、と言っている訳ですが、何を捉えてこのように言っているのか、そこを読み解く必要があります。そこで「蟻地獄」なのですが、蟻にとっては地獄でも、その擂鉢の底にはウスバカゲロウの幼虫が空へと飛翔する日を夢見ているとも言えます。成虫は「薄羽蜉蝣」とも表記されるように、ひ弱そうにひらひらと飛びますが、その姿と飛び方から「極楽とんぼ」の異称があります。地獄から極楽、皮肉な呼称なのか、粋なそれなのか解りませんけれど。
一句にどのような意味付けをするかは、読み手にすべて託されていますが、仮に作者に即するとすれば、『楚辞』の「離騒」、その作者の屈原は、瑪論さんの愛した詩人の一人です。屈原は奔放にして熱情の人でありましたが、幻想的な作品も残しています。清廉潔白ではありましたが、貶められ、非業の死を遂げています。汨羅の地名は、今も屈原とともにあるように思います。
佐佐木信綱作詞の唱歌の「夏は来ぬ」を踏まえているようです。「卯の花の 匂う垣根に/時鳥 早も来鳴きて/忍音もらす 夏は来ぬ」なのですが、唱歌の方では「〜早も来鳴きて〜」「〜裳裾ぬらして〜」「〜水鶏声して〜」「〜卯の花咲きて〜」と、三番以外は全てにテ止が使われています。一句はこの構造を巧みに転用しているように思えます。それにしても「雲も白く灯り」の「灯り」の喩です。そして「雲も」の「も」は、他になにか白く灯っているものがあるということではなく、「雲」を強調しての助詞でしょう。要するに、夜の雲の白さも「夏は来ぬ」だなあ、だと思います。
季語は「朧」で春です。
さて、この句の読みなのですが、瑪論さんの俳句の師の中原道夫のその師は能村登四郎、登四郎の師は水原秋櫻子、秋櫻子の俳誌「馬酔木」には相生垣瓜人という先達が居て、登四郎には
瓜人先生羽化このかたの大霞
という句があります。登四郎門下でこの句を知らない人もなく、道夫もたびたび口にしていたと思います。
瓜人仙境へまくなぎを拂ひつつ 道夫。
この句の「瓜人仙境」も何かと口にしていたように思います。瓜人俳句の漢語調に拠る言葉なのですが、霞を食すという仙人の住む世界への想起、俗界を離れての清浄さへの憧憬です。そこで、「瓜人先生羽化」なのですが、「羽化登仙」を踏まえます。登四郎の最後の句集『羽化』には、「登四郎は死をもって羽化登仙をなしとげた」との記述もあり、「羽化」とは普通には「逝去」のことです。
という訳で、掲句の「羽化」は「仙去」、死ぬことです。この春の夜の朧も、羽化をするあたりまでのこと、仙去してしまえばこんな朧もあるまいなあ、でしょうか。
季語は「虹」で夏です。「サーカス」の俳句、多くはありませんが詠まれているようです。瑪論さんも過去に
サーカスの檻すりぬけて冬の月 H13年2月号
曲馬団冬三日月をつれきたる H20年3月号
と詠んでいますが、素材としては非日常的、西洋的です。現実感よりもメルヘン的、というべきかも知れません。過去に詠まれた二句では、まさにそのような感じで詠まれています。その点、今回の句は「虹」という現実を表立て、メルヘンを背景に廻しています。それにしても「虹」から「サーカス」への想起、近いようで意外な印象があります。無い、とは思わないのですけれども。
「降りて来さうな」という表現には、決して「降りて来ない」という現実認識と同時に、「降りて来る」その景が見えてもいるようにも思えます。それが単なる言葉の上での空想なのか、なんらかの過去の記憶映像に繋がっている のか、そのあたりは解りませんけれど、例えば、にぎにぎしいサーカス団の行進とか、組み立てられていくサーカスのテントとか、そのような映像です。
ただ、一句、メルヘン的な想起である所為か、どことなく寂しげな印象を受けます。
ところで、まさかとは思うのですが、「Mr.サマータイム」のサーカス、とか、ザ・コレクターズの「虹色サーカス団」、とかは、・・・やっぱり無理でしょうね。
サーカス
サーカスの降りて来さうな虹立てり
おぼろてふ羽化するあたりまでのこと
夜は雲も白く灯りて夏は来ぬ
風騒の一つとしての蟻地獄
おたがひの言の葉こはし冷奴
てきたうに横やり入れて冷し葛
波音のこはれてをりぬソーダ水
季語は「上り鮎/のぼりあゆ」で晩春、若鮎のことです。海で育った小鮎の川を遡上することを「上り」と言い、この遡上前を捕らえ養魚場で育成の後に適当な川に放流することがよく行われていますが、これは「放ち鮎」と言います。この頃の木々は新緑の手前、木の芽から新葉へと勢いよく変わりつつある季です。一句は写生というよりも、自然の摂理を表現している、そんな気がします。