先ず「風騒/ふうそう」なのですが、「 風」は『詩経』の国風を意味し、「騒」は『楚辞』の離騒を意味し、ともに詩文の模範とされたところから、「風騒」は風流、風雅、詩文を作り楽しむことを意味し、芭蕉の『奥の細道』に出てきます。一句は、風騒の有り様の一つとしての「蟻地獄」、と言っている訳ですが、何を捉えてこのように言っているのか、そこを読み解く必要があります。そこで「蟻地獄」なのですが、蟻にとっては地獄でも、その擂鉢の底にはウスバカゲロウの幼虫が空へと飛翔する日を夢見ているとも言えます。成虫は「薄羽蜉蝣」とも表記されるように、ひ弱そうにひらひらと飛びますが、その姿と飛び方から「極楽とんぼ」の異称があります。地獄から極楽、皮肉な呼称なのか、粋なそれなのか解りませんけれど。
一句にどのような意味付けをするかは、読み手にすべて託されていますが、仮に作者に即するとすれば、『楚辞』の「離騒」、その作者の屈原は、瑪論さんの愛した詩人の一人です。屈原は奔放にして熱情の人でありましたが、幻想的な作品も残しています。清廉潔白ではありましたが、貶められ、非業の死を遂げています。汨羅の地名は、今も屈原とともにあるように思います。