ついにお通夜の日がやってきた。

納棺の儀があり、実家の家族と私の家族で参加した。

納棺師さんが、色々丁寧に説明してくださりながら、紐を結んだり、手足を支えてたりといった簡単な作業をお手伝いしながら父とこれからお別れするんだなぁと思い知らされた。死への旅立ちの白装束に着替えた父は、また一歩私たちから遠ざかって行くように見えた。


今思えば元気だった父に最後に会った1ヶ月前、父は自分が亡くなったら1番の愛読書だった『新十八史略』という本を棺に入れて欲しいと私に言い出したのだ。私はすぐに「ごめん、この本は棺に入れずに私が貰ってもいいかな?」と答えた。父は「そうかぁ!ゆきえが貰ってくれるならそれは嬉しいなぁ」と、とても嬉しそうに言ってくれた。その後、その代わりに何を入れるか?といった話をしたような気もするのだが、あまり思い出せない。たぶん、自分の1番の愛読書を娘が大切に思ってくれているということを知って、父はそれでとても満足していたように思う。私が生まれてからたぶんずっと家にあった本で、父はいつも手に届く場所に置いていた。学生の頃、私も借りて読んだ事もあった。父がよく話ていた話はこの中にたくさん入っている。臥薪嘗胆や呉越同舟の話が好きだとよく言っていた。この本をまた父を思い出しながらゆっくり読みたいと思う。


ずいぶん話が逸れてしまった。

結局棺には父がよく来ていた上着と、妹と私がプレゼントしたセーター、大好きだったお煎餅と房総風土記の丘のパンフレットを納めた。

棺に納められた父は花々が飾られた祭壇の前に移動した。遺影と棺と白い花々。


遺影はとても良いものが出来上がった。

写真は私のスマホの中にあった、母と2人で撮った庭園のスナップ写真。緑の木々をバックに、幸せそうに微笑んだ8年前の写真だった。その写真を上の娘がアプリを利用して、背景をぼかしたり、顔の明るさを変えたり、服についた水滴を消したりと加工をしてくれた。いつもの優しい微笑みを浮かべた父が遺影の中にいた。父の遺影は見ていると癒されると母も喜んでくれた。


お坊さんも到着された。

お坊さんの控室でご挨拶をした。

すごくお若いお坊さんでちょっとびっくりした。

戒名をいただいた。

お若いお坊さんは戒名の文字をひとつひとつ解説して丁寧に一生懸命に説明してくださった。

つけていただいた戒名は本当に父の人柄や特徴を表していて、とても素敵な戒名だった。


父と母の兄弟と父の親しい友人がお通夜に来てくださった。みなさん、かなり高齢のため私たちはお声をかけることを躊躇した。しかし、やはり実の兄弟に声をかけないというのはどうかな?と思い、電話で父の訃報を伝えた。わざわざ足を運んでくださった方々には本当に感謝しかない。


お通夜のお経が始まった。

みんなが集まり合掌し、父のために読まれるお経。

若いお坊さんのお経はとても良い声で心地よく癒されました。


お経が終わり、みなさん精進落としの席へ移動していると、お坊さんが帰る前に棺の父の顔を見に寄って来てくださった。話しかけると気さくに応じてくださって、戒名の話やお経の話などをお話しした。ついにはすごく背が高いので身長の話まで。とても優しい素敵なお坊さんでした。


精進落としを来てくださったみなさんに召し上がっていただく時間、なるべくみなさんの父の話を伺ったり、父から聞いたお相手のお話しを振ったりと、少しでも来て良かったと思っていただけるように心がけた。父のお兄さんは姿も声も父そっくりで、本当に父がそこにいるようで泣けてくる。お酒も召し上がって下さって、少し千鳥足でお帰りいただいたので、良かったとひと安心。


みなさんがお帰りになると今夜は主人と娘2人がここに宿泊する。宿泊施設にもなっているのだが、自分たちだけなので、誰か留守番がいないと外出できない仕組みらしい。私は実家に犬を置いてきたので、実家に帰ることに。実家と葬儀場は車で5分くらい。葬儀場宿泊組が少々心配だが、また明日の告別式に備えて実家に戻った。


なんだかこうしてお通夜の日はバタバタと過ぎていった。