告別式の日も綺麗な秋晴れだった。

昨夜葬儀場に宿泊した娘たちははまだパジャマ姿でまるで自宅のように寛いでいた。

なかなか良かったよーと娘たちは言ってくれた。

優しいね。


母と妹と私は葬儀屋さんと今日の打ち合わせ。

急に今日になって、乾杯の挨拶と最後の挨拶のミッションが我々姉妹に課された。

母は告別式の挨拶を課されていたので、前々から文章を考えたり、練習したりと準備していたが、急に挨拶するように言われたので、焦る。困った。


そうこうしているうちにまたみなさんが集まっていらして、お坊さんもいらして、告別式がスタートした。気がつけば娘たちも着替えていた。


お坊さんのお経が終わり、母の挨拶。

母が人前で話をする姿を見たことがなかったが、無事に挨拶ができ、ホッとした。優しい夫のおかげで私たち家族は幸せでしたと母は話しており、私も嬉しくなった。父は本当に優しい人だった。


父の姿を見られるのはこれが最後になる。

棺を開けて、いっぱいのお花をみんなで入れていく。

冷たくなった父はお花に包まれていた。

棺は閉じられた。もう父の姿を見る事はできない。


火葬場に向かう。

母が位牌を持ち、私が遺影を持つ。

霊柩車の後部座席に乗った。

お父さんの棺がすぐ横にあり、すごく狭い。

車の中で考えていたのは急に課された挨拶の任務。

やばい、どうしよう。

たぶんこの任務がなかったら、霊柩車で泣いてたかも。この任務のおかげで、頭の中が忙しくてそれどころではない。ごめん、お父さん。

ただ、最後のドライブ、お父さんの隣に同乗できて良かったよ。


火葬場では手際よく棺は炉の前に、お坊さんは最後のお経をあげてくださり、父は炉の中へ。鉄の扉がしっかりと閉められて、父はあちら側へ入ってしまった。あぁ…、もうあの優しい父の顔をこの目で見る事はできないんだ…。


火葬の間の会食の場が設けられていた。

そこで私はみなさんの前でご挨拶をして、生前の父の話などを少しした。悩みの種だったミッションを終えてホッとした。


会食が終わるとお骨を骨壷に納める儀式が始まった。

お骨になってしまった父は私たちが選んだグリーンの骨壷へ。父はきっと気に入ってくれるだろう。


骨壷の入った木箱を妹が持つ。

そして、妹の最後のミッション、みなさまへの挨拶も無事に終わり、最後まで付き合って下さった親戚のみなさまへ帰りのタクシーを用意してお見送りをした。


サポートして下さった葬儀屋さんのお二人にもご挨拶をして、葬儀屋さんからメッセージカードと日本の名湯の入浴剤をいただいた。メッセージカードは母と我々姉妹へそれぞれ3枚。それぞれに合ったメッセージを下さって、ちょっと感動してしまった。ありがたいです。


実家に帰りしばらくすると葬儀屋さんが遺骨を置くための祭壇を作りに来てくださり、お葬式のお花の残りを祭壇に飾ってくれた。最後にこの一連請求書をいただき、支払いをした。支払いは約120万円ほどであった。


こうして、告別式は終わり、父はお骨になって自宅へ帰ってきた。