目。





はい。





やってまいりました。





「グローバル化のゆくえ」のお時間です。





いよいよ第5段落に突入しました。





では。





さっそく。





第5段落のテーマは近代の組織原理の徹底としてのグローバル化。





グローバル化とは・・・。





近代組織原理の徹底の過程。





合理的秩序・契約を絶対視する精神が空間を一元的に支配する過程。





グローバル化と近代化が違うのは個人の顔が見える社会すべてをおびやかしている点。





近代化。





国や企業に自分の居場所がある。





グローバル化。





居場所がない。





抽象的な「地球社会」一方的な自己責任。





空間恐怖。





これを危機と気づいた現代では・・・。





・・・第6段落に続く。
目。





昨日習ったのに書かなかったからたまってしまった。





「グローバル化のゆくえ」の時間です。





いよいよ後半。





では参ります。





テーマは救済としての信用社会。





救済としては、個人の生きるもう一つの社会を確保するしかない。





もう一つの社会とは。





ズバリ信用社会である。





長期の人間関係であり、デメリットも共有できる。





信用社会の反対は契約社会である。





一回きりの人間関係であり、メリトクラシー(能力主義)実力の社会である。





社会人が働いている会社などは契約社会である。





学校は信用社会。





二つの社会の違いをもう少し勉強してみたいと思う。





気が向いたときにでも・・・。





調べたら是非紹介したいと思う。





よく理解出来ないまま4段落目はあっという間に終わってしまった。





皆さんもよかったら二つの社会について考えてみて欲しい。





なんかパッとした考えがあったら是非教えて欲しい。




ではこれにて終了です。





忘れものをしないように気を付けてお帰りください。
またまたやって来ました。





「グローバル化のゆくえ」の時間です。





今回は第3段落の続きをお送りしたいと思います。





ではまず前回言えなかったテーマから。





第3段落のテーマは(現代の)自己責任の不安です。




ではいきなりですが続きから。





どんな情報も決断には不十分である。





インホォームド・コンセント。





この言葉は保健体育でも耳にしたことはないであろうか。





意味は医療行為の内容について医師から十分な説明を受け、患者側が納得したうえでその医療行為を受けることに同意すること。





・・・である。





話を続けよう。





文中の中では合意形成の意で表されている。





現在の自由な選択の不幸は、とりわけ個人が組織と対決するとき最大限になる。




組織とは責任能力を欠いている自由市場である。





・・・と筆者は述べる。





まとめると。





現代人のおびえる新しいリスクとはこの巨大な無責任の意志の「神託」を前にして、自己責任を問われる矮小な意志の、不安だ。





と筆者はまとめた。





矮小とはちっぽけなという意味である。





この評論文は難しい。





自己責任を問われるちっぽけな意志の不安が現代のリスクなのかと自分なりにまとめたが・・・。





うまく掴めてないと思う。





もう一度読み直してみよう。





今回の話しはここまで。





読んでくださった皆さんありがとうございました。





ではまた次回にお会いしましょう。