恋はつづくよどこまでも二次創作小説【あをによし:第4話.奇妙な来訪者】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

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毎日着物で、ランチと色々なワインを楽しんでいます。イタリアワイン、サッカー、時代劇、武侠アクションが大好きです。佐藤健さんのファンで、恋はつづくよどこまでもの二次創作小説制作中。ペ・ヨンジュンさんの韓国ドラマ二次創作小説多々有り。お気軽にどうぞ。

【あをによし:第4話.奇妙な来訪者】


管理人に挨拶を済ませた藤原朔夜(さくや)と浬(かいり)たち三人は、マンションの7階へと向かった。見晴らしもよく、大学構内の並木道や、その向こうに大学病院も見える。朔夜は柔らかな表情で周囲を指差した。
「あの白い建物が大学病院です。付属幼稚園は手前の教育学部の隣、小学校、中学校、高校と併設されています。商店街は大学病院の向こうの通り一帯、もう少し行くと大型スーパーがあります」
マンションが立ち並ぶ辺りは住宅街なのだろう。
「僕のマンションは商店街の向こうです」
見晴らしの良い7階の中程に冴子が住んでいた部屋があった。ドアを開けると廊下の先に、広いリビングがあり、奥にはダイニングキッチンと、仕切られた部屋が幾つかあるようだ。七瀬はすぐにカーテンを開けた。
「掃除は一通り、僕がしておきました」
「ありがとうございます」
「今晩の夕食から使えますので、買い物に行きましょう。美味しい食材がある店を紹介しますよ」
そうして朔夜に教えられた店で、今夜の食材や日用品を買って、三人はまたマンションの部屋に帰ってきた。

「ただいま」
七瀬は颯(はやて)と手を繋いでドアを開けると、そう挨拶した。するとリビングから『おかえり』という声が掛かった。
「テレビ、消し忘れたのかしら」
誰もいないはずの部屋から確かにテレビの音が聞こえる。部屋の中は、藤原朔夜の妻が使っていたそのままになっているので、テレビも直ぐに使えた。
「変なの。テレビが、おかえりだって。ママ、可笑しいね」
「ホント」
颯に言われてクスクス笑う七瀬だったが、ふと足元を見ると、見慣れないスニーカーがある。
「誰の靴?」
三人は顔を見合わせた。
「ちょっと待て」
浬は用心しながら七瀬と颯を後ろに従え、リビングのドアを開けた。

すると、ソファーには学生風の若い男性が座っていて、今、正にお菓子を食べようとしていた。途端に颯は飛び付いた。
「それ、僕の新幹線クッキー!」
あんぐりと口を開けたままの手から、颯はクッキーを取り返した。
「食べちゃダメだよ。僕もまだ食べてないのに」
「あっ、ごめん」
浬は素早く颯を抱き上げると、怪訝(けげん)な顔を向けた。
「誰だ、何でここにいる」
「そっちこそ、誰。ここ、僕んちだけど」
「家を間違えてないか」
「自分の家を間違える奴なんか、いるかよ」
「酔っているのか」
「酔ってる訳ないだろう、僕は未成年だ」
寛(くつろ)いでいた若い男性の持ち物らしき大きなキャリーバッグが、リビングに広げてある。テーブルにはキーフォルダー付きの鍵が、無造作に置かれていた。途端に浬と相手は対峙した。
「何で合鍵を持っている」
「僕の家だから当然だろう」
「君の家?ここは今日から私たちが住むことになっている」
「住むって、僕んちだけど」
男性は困ったように独り言を繰り返した。
「何で見ず知らずの人が、自分の家だって言うんだよ。何なんだ」
「それはこっちのセリフだ」
「自分の家に帰ってきたんだ」
「警察を呼ぶぞ」
「呼んでも僕の家だから、出ていくのはそっちだよ」
言い合いになったが、双方引き下がらない。すると男性はブツブツと言い始めた。
「どうも、お客さんじゃないようだな。じゃあ、藤原先生か」
七瀬は、恐る恐る問い質(ただ)した。
「もしかして、藤原先生の所の学生さん?」
「ゼミの学生か」
「大学生だけど、僕はニューヨークに住んでる」
「じゃあ、留学生?」
「違うよ、参ったな」
苦笑しながらのオーバーアクションは実にアメリカ風だ。
「私たち、今日、奈良へ引っ越してきたの。それで、藤原先生の奥様が住んでいたこのマンションに住むことになって」
「七瀬、話すな。危険だ」
「先生、ちょっと待って。訳があるみたい」
七瀬は男性を見つめた。
「あの~、もしかして藤原先生のご家族の方?」
「う~ん、微妙に違う」
「どういうことだ」
思いもよらぬ答えが帰ってきた。
「息子だよ、高木冴子の息子」
七瀬と浬は顔を見合わせた。
「高木冴子さん、もしかして藤原先生の奥さん?」
「そういうこと、高木冴子の息子が僕。只今、ニューヨークから帰国したって訳」

男性は学生証を取り出した。

「高木佑都(タカギ ユウト)19歳、
NYU(エヌワイユー)
New York University、ニューヨーク大学の学生やってる」

良く見ると、確かに顔写真は目の前にいる本人だ。佑都は畳み掛けた。
「高校もアメリカ、向こうは夏休みに入ったから、久しぶりに帰ってきた。高木冴子の息子は、中学までこのマンションでママと暮らしていました。何なら、日本の自宅の住所も見る?」
佑都はスマホを取り出し、住所を表示した。
「このマンションの、この部屋だわ」
「でしょう、僕の家」
佑都は一息付くと話し出した。
「ママ、結婚したっていうからさ、何年ぶりかな、帰ってきたの」
そう言いながら、佑都は思案した。
「つまり、ママは今、ここに住んでないってことか」
「住んでいない。私たちが借りたんだ」
浬の返答に納得したのか、佑都は何度も頷(うなず)いた。
「あぁ、そういうこと」
「とにかく、連絡してみたらどうだ」
浬に言われて電話を掛けたが、呼び出し音が虚しく鳴るだけだった。
「やっぱり、電話、出ないよ」
浬は藤原朔夜へ電話を入れた。すると、確かに高木冴子の息子の佑都は、ニューヨークの大学へ通っているという。驚いたのは朔夜の方だった。
「えっ、佑都君が帰国して、そこにいるのですか」
「どうも冴子さんとは連絡が付かないようで、まだ帰国したことも知らないようです」
恐縮した朔夜は、夕方ゼミが終わったら駆けつけるということになった。

それまでの間、高木佑都と三人は部屋で待つことになった。人懐(なつ)っこい颯は、すぐに佑都と打ち解けている。二人で新幹線クッキーを並べると、一枚ずつ食べ始めた。
「新幹線クッキー、美味しいね」
「日本のクッキーは相変わらず旨い」
「アメリカには新幹線クッキー無いの?」
「ニューヨークから出ている高速鉄道アセラ・エクスプレスはあるけど、クッキーは無いだろうな」
「乗った?」
「乗ってない」
「僕は今日、新幹線のぞみに乗ったよ。佑都お兄ちゃんは新幹線で来たの?」
「飛行機、ジョン F ケネディ空港から関空まで」
「かんくう?」
「関西国際空港」
「ふうん」
「飛行機、いっぱいあったぞ」
「東京駅にも新幹線、いっぱいあった」
颯はそう言うと、リュックからノートとクレヨンを取り出した。
「パパ、スマホの新幹線見せて。書いておかなくちゃ」
颯はスマホを受けとると、新幹線を描き始めた。スマホの扱いも慣れたもので、拡大もスムーズだ。佑都は颯のノートを覗(のぞ)き込んだ。
「おっ、アルファベット書けるんだ」
「英語のレッスンしてた」
「そうか」
佑都は颯のリュックに入っていた英語の幼児教材に目をやった。
「これか、英語のレッスン」
「見てもいいよ」
颯はリュックから英語の教材を取り出すと、佑都へ手渡した。ペラペラとページを捲(めく)っていた佑都は笑みを返した。
「面白いな」
「周志(ちかし)おじさんの会社で作ってるんだよ」
「ふぅん、上条出版か」
「周志おじさんは社長だけど、僕のベビーシッターやってた」
「社長がベビーシッター?」
「本当よ、上条出版の社長だけど、ベビーシッターの会社もやっていて、颯のベビーシッターをしてくれていたの」
七瀬の言葉に佑都は笑い出した。
「日本でもそんな人、いるんだ」
佑都はそう言うと英語の教材を流暢な英語で読み始めた。
「佑都お兄ちゃん、英語上手いね」
「ニューヨークで暮らしてるからな」
二人は楽しそうにレッスンを続けて行く。それを見ていた七瀬は浬に一つ、提案をした。
「颯の英語のレッスン、佑都君にお願いしたらどうかしら」
「なるほど」
クルリと振り向いた佑都は笑顔で答えた。
「夏休み中、やること無いし。ニューヨークに帰る迄ってことなら」
「いいだろう」
「ありがとうございます。宜(よろ)しくお願いします」
佑都は立ち上がると丁寧(ていねい)に頭を下げた。

最初の印象とは違う、しっかりとした対応に、浬と七瀬は目を見張った。
「アメリカでは、遊んでいる大学生ではなさそうだな」
「向こうは結構厳しいからね。日本と違って、入ってからが大変。サボってると成績がた落ちで、下手すりゃ退学。卒業出来ない」
真剣な眼差しが、大袈裟ではないと物語っている。それを見ていた颯は一言、付け加えた。
「佑都お兄ちゃんと一緒に、僕も勉強するよ」
「よろしくな」
和(なご)やかな会話が弾んでいく。七瀬と浬も二人のお喋りに加わった。
「佑都君、お母さんって、幾つ?」
 「確か、39歳」
「今は離れて暮らしているお子さんがいると聞いたが、大学生だとは思わなかったな」
「こんなに大きな子供がいるなんてと思うでしょ」
ニヤリとした佑都は訳を話し出した。
「ママは学生結婚で僕を産んだから。それから僕が小さな頃、父と別れて、シングルマザーになった。一応、僕の父親もニューヨークにいたから、向こうの高校へ進学して、一緒に住んだんだ。マンハッタンの法律事務所に勤めているから、身分証明するのに、連絡でも取ってみるといいよ」
するとそれを聞いていた颯が、すかさず口元に手をやって、一言、言い放った。
「確かに、なるほどね」
「おっ、なかなか言うじゃん」
佑都は面白そうに笑い出した。
「相手の藤原先生は5歳年下だって言ってたな。でも、入籍はしてない。事実婚ってやつ。一応、僕が一人立ちするまでママは、同じ苗字でいたいみたいだから。まぁ、いいんじゃない」
「とにかく、君が藤原先生の奥さんの息子だと分かって良かった」


安堵の表情を見せる浬とは違い、七瀬は懐かしそうに話し出した。
「私も看護留学でニューヨークにいたの。グラマシーにあるセウングループのイ・テワン会長のお宅に住まわせて貰っていたわ」
「セウングループっていったら、グローバル企業じゃないか。その会長宅に住んでたの?凄いな」
「会長の専属看護師をしながら、ニューヨークの救急看護を学んでいたの」
「僕の専攻はビジネスなんだ。セウングループの会長なら、一度話を聞いてみたいな」
「厳しい方だと聞いていたけれど、私にはとても優しい方だったわ。ね、先生」
「そうだったな」
浬は僅(わず)かに表情を崩した。
「寂しくなく、看護の勉強が出来たのも、暖かなテワン会長のおかげ」
「俺も安心だった」
「佑都君も、久々の帰国でしょう。お母さんにたくさん話をするといいわ」
頷(うなず)いた佑都だったが、直ぐに戸惑いの表情を浮かべた。
「それよりどうしよう。ママが今、住んでいる家、知らないんだ。藤原先生とも初対面だし」
佑都は、部屋の中を見回した。
「ここは自分の家だったと、もう過去形だ」
「ごめんなさいね。とにかくお茶でも」
そう言ってみた七瀬だったが、まだ勝手が分からない。
「たぶん、僕の方が分かる」
佑都は立ち上がるとティーセットを取り出した。
「ありがとう」
七瀬はお湯を沸かし始めた。
「お母さんに帰国の連絡してなかったのね」
「電話、通じなかった」
浬がコーヒーの準備をする。
「お母さんは随分と忙しいそうだよ。それで急遽、私が奈良の大学病院へ呼ばれたんだ」
「ふうん」
「熱心に依頼したのは藤原先生だよ」
「そうなんだ」
佑都は少し驚いたように、目を見開いていた。

ほどなくして准教授の藤原朔夜がゼミを終えて、急いでマンションへやって来た。弾む息のまま、朔夜は佑都を見上げた。
「君が佑都君か。初めまして、藤原朔夜です」
「佑都です。母がお世話になっています」
朔夜は柔らかな笑みを返した。
「背が高いね、何センチ?」
「185です」
「何かスポーツは」
「高校まで、サッカーでディフェンスやってました」
「そうか、僕は文化系一本だけど。そうだ、天堂先生は大学まで剣道でしたね」
「この頃は忙しさにかまけて、なかなか竹刀も握れません」
「天堂先生の剣道姿は、美しかったですよ」
傍(かたわ)らで聞いていた颯は、不思議そうな顔で問い質(ただ)した。
「剣道って何?」
すかさず佑都が答えた。
「日本のサムライ・スピリッツだな」
「パパはサムライだったの?」
「違うよ、竹刀を持って対戦するんだ」
「しない?」
「竹で出来た切れない刀」
「ふぅん」
「剣道、やるか?」
せっかくの浬の要望にも颯は冷たく返した。
「僕、サッカーの方がいいな」
「やらないのか」
「ガッカリしないでよ。そのうちやってみたくなるかも知れないから」
皆はクスクス笑いだした。
「颯、一緒にサッカーやろうな」
「うん」
佑都の言葉に藤原朔夜は穏やかに答えた。
「さて佑都君、行きましょうか」
少し緊張気味の佑都は、キャリーバッグを持つと朔夜の後に続いた。
「じゃあ、おやすみなさい」
「英語のレッスンはいつからにするか、後で電話しますね」
「佑都お兄ちゃん、バイバイ」
「颯、またな」

佑都が部屋を出ると、入れ違いに注文していた寝具が届いた。浬は一年間の赴任に、今回はベッドは使わず、布団を敷いて寝るように手配していた。
「腰痛には日本式の敷き布団の方が良いというからな」
「先生、腰が痛いんですか」
「いや、激務が待っていそうだから、事前に予防でもしておこうかと」
颯は嬉しそうに布団の上でピョンピョン跳ねている。
「僕、鎌倉に行ったとき、上条さんのおじいちゃんと、おばあちゃんと一緒にお布団で寝たよ。フワフワで気持ち良かった」
「颯、布団、好きか」
「大好き」
それを聞いた浬は、懐かしむように七瀬を見つめた。
「七瀬の実家に初めて泊まったのを思い出した」
「あの時、先生は遠いところ、私を迎えに来てくれたわ。凄く嬉しかった」
「ママ、家出したの?」
「フフッ、先生ったら、俺の前から勝手に消えるなって」
浬は涼しげな顔で答えた。
「当たり前のことをしただけだ」
「パパ、カッコいい」
颯の声に浬は、二人をギュッと抱き締めた。
「明日から大変だろうが、三人で頑張ろう」
「先生と一緒なら、どこまでも」
「僕も」
その日、三人は和室で仲良く川の字になって眠った。それでも浬と七瀬は颯を挟んで、お休みのキスをしたのは、言うまでもない。
「愛してる、七瀬」
「愛してる、先生」
名残惜しく、離れがたく、二人は幾度もキスを繰り返した。


第5話へ続く…



第3話




風月☆雪音