恋はつづくよどこまでも二次創作小説【あをによし:第3話.古都への旅路】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

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毎日着物で、ランチと色々なワインを楽しんでいます。イタリアワイン、サッカー、時代劇、武侠アクションが大好きです。佐藤健さんのファンで、恋はつづくよどこまでもの二次創作小説制作中。ペ・ヨンジュンさんの韓国ドラマ二次創作小説多々有り。お気軽にどうぞ。

【あをによし:第3話.古都への旅路】


天堂浬(かいり)が奈良の大学病院へ一年間赴任することを、正式に受諾したのは、それから三日後のことだった。

浬はまず、息子の颯(はやて)に奈良の幼稚園に編入することになるが、どうかと問うてみた。すると颯はすんなりと答えを返した。
「パパは奈良の病院へ行くのに、僕とママも一緒に行くんでしょう。それなら、僕も奈良の幼稚園に行かなきゃならないよ」
「せっかく通い始めたばかりなのに、ごめんね」
「ママが謝ることなんか無いよ。それに、幼稚園はコロナで何度もお休みになったから、新しい幼稚園に行っても、僕は大丈夫だよ」
「パパも新しい病院だ」
「僕もパパと一緒に頑張る」
「そうか」
浬は颯を抱き上げると、ギュッと抱き締めた。
「慣れるまで、ママが一緒にいてくれるからな」
颯は首を傾(かし)げた。
「ママはナースのお仕事はしないの?」
「ベビーシッターが見つかればいいんだが、コロナで難しそうだ」
「奈良には周志(ちかし)おじさんのベビーシッターの会社は無いの?」
七瀬は優しく颯の手を取った。
「颯が幼稚園に慣れてから、ママはお仕事の事を考えるね」
「英語はパパが教えよう」
「じゃあ、僕は英語の教材を持って行く」
七瀬はクスクス笑い出した。
「颯が一番頼もしいわ」
七瀬は『お茶を入れましょう』というと、キッチンへ立った。奈良での新しい住まいは大学病院の近くにあり、そこは藤原朔夜の妻が、以前住んでいたマンションだという。名義はそのままで、誰かに住んでもらった方が良いと言われて、浬は一家で移り住むことになった。東京のマンションは浬の母が時々来て、様子を見てくれるという。七瀬は熱いお茶を差し出しながら言った。
「こんなに好都合で、良かったのかしら」
「藤原准教授も喜んでいたよ」
奈良の大学病院への赴任は二週間後となり、一家は引っ越しで慌ただしい時間が過ぎていった。

いよいよ奈良へ赴任する日がやって来た。颯は新幹線に乗るのがことのほか楽しみだったし、七瀬は新しい地への期待と不安でいっぱいだった。三人は出掛ける前に近くのカフェでモーニングを楽しんだ。七瀬は感慨深げだった。
「ここのカフェ、一度来たいと思っていたのに。まさか、奈良に経つ日に、それも先生と颯が一緒だなんて」
「卵サンド、食べないのか」
「胸がいっぱいで」
「ママ、僕のパンケーキ、あげようか」
「颯、優しい。じゃあ、一口」
「なんだ、食べるのか」
「あぁ、東京とも一年間、お別れ」
「感傷に浸っている割には、一口が大きいな」
「そんなこと、言わないでくださいよぅ」
七瀬はモグモグとパンケーキを頬張りながら、颯のお皿に自分の卵サンドを取り分けた。
「颯も食べてね」
浬は七瀬を覗(のぞ)き込むと口元を指差した。
「付いてるぞ」
「えっ?」
「パンケーキのメイプルシロップ」
「あっ!」
慌てて拭(ぬぐ)おうとする七瀬の口元を、浬の口唇が掠(かす)め取った。
「甘いな」
「ソフトクリームと、どっちが甘い?」
「今はメイプルシロップの話をしているんだ」
仲良く今でも熱々の両親の元で育った颯は、そんな時でもどこ吹く風だ。
「パンケーキも卵サンドも、美味しいね」
「良かったな、颯」
「パパのクリームデニッシュも美味しそうだね」
「奈良に行ったら、美味しいクリームパンの店を探そう」
「わ~い、僕もクリームパン、大好き」
「そんなところまで、先生にそっくりなんだから」
「だって、美味しいよね、パパ」
颯は思案した。
「奈良にもカスタードクリーム饅頭はあるかな」
「的屋さんは鎌倉だ」
「じゃあ、帰ってきてから食べる」
「そうだな」
そうしているうちに三人でのモーニングは食べ終わった。
「さぁ、行くぞ」
「はい」
「新幹線で出発!」
颯の元気な声と共に、三人は席を立った。

東京駅の新幹線ホームは乗客でごった返していた。そこに、たくさんの新幹線が発着していく。颯は新幹線に目を取られて、心踊るのか、よそ見を繰り返す。迷子になっては大変だ。
「颯、パパと手を繋いで」
浬は小さな手をギュッと握った。やがて東海道新幹線のホームに新幹線のぞみが入線してきた。ドアが開くまで暫(しば)し時間がある。颯は新幹線のぞみをバックに記念撮影を繰り返した。そうして颯は満面の笑みで車両に乗り込むと、今度は車内から発着するホームの新幹線を食い入るように見つめている。
「パパ、凄いね。新幹線があっちにも、こっちにもいっぱいだよ」
「形も色々あるだろう。行き先も名前も違う。颯と同じ東北新幹線『はやて』もあるよ 」
「確かに、なるほど」
自分の口癖を息子にされた浬は苦笑すると、取って置きの新幹線を教えた。
「ここにはない新幹線があるんだ。イエロードクターと言って黄色の新幹線だ」
「何処に行くの?」
「新幹線の線路に歪みや不具合はないか、架線の状態はよいか、計測しながら走行する事業用新幹線車輌のことだ」
「ふうん、点検する新幹線か」
「いつか、見られたらいいな」
「うん」
そうしていると、発車のベルが鳴り、三人を乗せた新幹線のぞみはホームを滑り出した。

車内は快適だった。しばらくすると七瀬はバッグからお土産の袋を取り出した。
「颯、可愛いからママ、これ買っちゃった」
袋から出てきたのは、子供用の新幹線のイラストが描かれたクッキー缶だ。
「開けていい?」
「いいわよ」
中に入っていたのは、新幹線の可愛らしいイラストが焼かれたクッキーだ。颯は嬉しそうに一枚一枚見定めると、テーブルに並べていった。
「パパ、こんなにいっぱいあるよ」
「良かったな」
「うん」
颯は頷(うなず)くと、またクッキーを元の缶に入れ直した。
「食べないの?」
「向こうに着いてから食べる」
「奈良まで乗り換えるから時間が掛かるぞ」
「いい、新しいお家に行ったら、もう一度並べて、それから食べる」
そう言うと颯はお気に入りのリュックに新幹線のクッキー缶をしまった。

新幹線のぞみでの快適な時間を過ごし、乗り換えを経て、三人は奈良の地に降り立った。浬が赴任する奈良総合大学病院は、大学から程近い位置に建っている。病院への出勤は明日からなので、浬は七瀬と颯を連れて、大学の文学部がある棟の藤原朔夜の研究室へ向かった。そこで、住まいとするマンションの鍵を渡されることとなっている。大学の構内は広く、浬たち三人は、やっと准教授の研究室へ辿り着いた。

ノックをすると中から返事が聞こえ、直ぐにドアが開いた。藤原朔夜は満面の笑みで三人を出迎えた。
「お待ちしていました。ようこそ、奈良へ」
「今回は色々とご配慮いただきまして、ありがとうございます。妻の七瀬と息子の颯です」
「はじめまして、七瀬です」
「こんにちは、颯です」
「可愛らしい奥様と息子さんですね」
そう言われて七瀬は恥ずかしそうに頬を染めた。研究室の中へ誘(いざな)われた三人は、ソファーに腰を下ろした。壁一面にある古典文学の書籍は、綺麗に整えられて、窓辺には可愛らしい鉢植えの観葉植物も置かれている。周囲にはミニチュアの車や木製の置物が置かれて、何処となくノスタルジックな雰囲気が漂っている。カーテンの影が柔らかに濃淡を作り、優しい影を作る。藤原朔夜はポットに入れたハーブティーを静かにカップに注いだ。
「お疲れになったでしょう。一息ついて下さい」
「いただきます」
浬の口元からフゥーと一息、透明な息が吐き出される。一口、口に含んだ七瀬は、柔らかな表情を見せた。
「美味しいです、ホッとします」
「今日は、ジャーマンカモミールティーです。小さなお子さんでも飲めますよ」
颯の前に出されたカップも、あまり熱くない程よさだ。
「僕も飲みたい」
颯は浬に手を添えられ、コクコクと喉を鳴らしてカモミールティーを飲んだ。
「フワ~美味しい」
「良かったね、颯」
「ママも飲んで、美味しいよ」
颯は目敏(ざと)くジャーマンカモミールティーのパッケージに目をやった。
「クマさんがついてる」
「そうね」
「白い花も咲いてるよ」
「それがジャーマンカモミールの花だよ」
颯は納得したように頷(うなず)いた。
そうして、小さく咳き込んだ。
「おや、新幹線や電車で少し乾燥したかな」
浬の言葉に朔夜は穏やかに答えた。
「カモミールティーは喉や咳にも良いと言われています。どうぞ、喉を潤してください」
そうしていると七瀬のお腹が鳴った。
「すみません、恥ずかしい」
「ママはお腹が空いているんだね」
そう言った颯もお腹を押さえた。
「僕もお腹が空いてきた」
朔夜はにこやかに笑みを返した。
「学食で良ければいかがですか。ここの学食は、とても美味しいですよ」
名物だという大学の学食は、学生や職員だけでなく、一般の人もよく訪れて食べているという。三人も学食で昼食を食べることにした。定番のカツ丼やカレーライス、颯はうどんに大喜びだ。
「パパのカツ丼、食べるか」
「少し食べる」


学食を満喫した三人は、朔夜の研究室へ戻ると、マンションの鍵を渡された。
「部屋はお話ししていた通り、妻の冴子が暮らしていた、そのままです。キッチンは直ぐに使えますし、家具から衣類は抜いてありますので、自由に出し入れして下さい」
「ありがとうございます、助かります」
「僕の妻ですが、高木冴子と言います。僕らはまだ入籍はしていなくて、今は事実婚です。冴子には子供がいますが、今は離れて暮らしています。マンションには冴子だけが暮らしていました」
そういう訳だから、気軽に住んで欲しいと朔夜は言った。
「では、マンションへ、ご案内しましょう」
浬は颯と手を繋ぐと、朔夜の後に続いた。


第4話へ続く…




第2話.突然の依頼




風月☆雪音