恋はつづくよどこまでも二次創作小説【あをによし:第2話.突然の依頼】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

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毎日着物で、ランチと色々なワインを楽しんでいます。イタリアワイン、サッカー、時代劇、武侠アクションが大好きです。佐藤健さんのファンで、恋はつづくよどこまでもの二次創作小説制作中。ペ・ヨンジュンさんの韓国ドラマ二次創作小説多々有り。お気軽にどうぞ。

【あをによし:第2話.突然の依頼】


颯(はやて)は一人で濡れた髪を拭くと、そのタオルを首に掛けた。それはよくする父親の浬(かいり)のいつもの仕草だ。パジャマに着替えたが、ハンガーに掛けた子供用のバスローブは高くて届かなかったので、椅子を持ってきて、よじ登って掛けた。鏡にはパパにそっくりだと言われる自分が映っている。違うところといえば髪型だが、今は濡れた髪をタオルドライした後なので、いつもより前髪が上がって、額(ひたい)が半分見えている。
「パパの真似」
颯はニヤリと笑うと、鏡の前で父親の浬がよくやるポーズをとってみた。
「うん、イケてる」
そうして一人で悦に入っていると、突然、浬の電話が鳴った。
「わぁ~、ビックリした」
それでも今は、先にお風呂から上がって着替えているのは自分しかいない。颯は浬宛の電話に出た。
「もしもし、天堂浬の電話です」
「こんばんは、颯君だね。私は病院の小石川だよ」
「パパは今、お風呂に入っています。ちょっと待っていてください」
颯はスマホを手に、小走りにバスルームへ向かった。
「パパ、小石川先生から電話だよ」
「ありがとう、颯」
バスタブの中で七瀬の背中を抱きながら、浬は電話を受け取った。
「お待たせしました、天堂です」
小石川副医長は恐縮したように話し出した。
「寛(くつろ)いでいるところを申し訳ない」
「いいえ、お気遣いなく」
「どうも、急な話なのだが」
電話の向こうから、言いにくそうな言葉が響いた。  
「実は奈良総合大の大学病院から、来てくれないかと打診があってね」
その後には、思いがけない言葉が続いた。
「天堂先生ご指名で、期間は一年間だ」
一瞬何のことか、分からなかった。しかし、浬の返答は早かった。
「長いです、嫌です」
「即答しないでくれ」
浬は抑揚のない声で返した。
「家族三人、やっと一息付いたところです。颯も二ヶ月、預かっていただきました。今は目が放せません」
「たっての願いだ。大学の藤原准教授から、推薦が来た次第だ。是非とも君に来て欲しいそうだ。直接、私のところにも電話があった」
「循環器が専門ですか」
「いや、東大出身で、専門は国文学。平安和歌だそうだよ」
浬は息を飲んだ。一瞬、母の知り合いかと思った。母は東大在学中は平安和歌を得意としていた。
「名前は藤原朔夜という」
「失礼ですが、その藤原 准教授の年齢は、お幾つでしょうか」
「何故かね」
「母の知り合いかと思いまして」
「そうか、天堂先生の母上は、東大出身だったね。藤原朔夜氏は、大学最年少の准教授。確か34歳と言っていたな」
浬は首を傾(かし)げた。
「どなたでしょう。存じ上げないのですが」
「向こうは君のことを、よく知っているようだったよ」
「何で私が奈良の大学病院に、一年も行かねばならないのですか」
「それも含めて、藤原准教授が話したがっているんだよ。とにかく、一度会って、話を聞いてみたらどうかな」
納得が行かないまま、浬は電話を終えた。

そばで聞いていた七瀬は、不安げな表情を浮かべた。
「奈良へ半年も行くんですか」
「一年だ」
「もっと長いじゃないですか」
七瀬は早くも涙目になっている。
「急な話だ、決まった訳ではない。断りたいのが本心だ」
口をへの字に曲げた七瀬は、クルリと後ろを向いた。
「でも、小石川先生から電話があったということは、正式な依頼なんですよね」
「今ここで、どうこうする話ではないだろう」
気まずい雰囲気のまま、浬は七瀬と共に、バスルームを後にした。

いつものように、濡れた髪を優しく拭いてくれる浬は、今日は無言のまま七瀬のタオルを手に取った。
「先生、怒ってるの?」
おずおずと上目使いの七瀬は、悲しげな目で浬を見つめた。
「怒ってない」
「ホント?」
「あぁ、本当だ」
浬は優しく七瀬の肩を抱くと、ソファーに座らせた。
「落ち着け」
「先生がご存知ない方からなんて、かえって意味深です」
「むやみに要らぬ気を回すな」
颯はソファーに上がると、七瀬を慰めた。
「ママ、泣かないで」
「ほら、颯も心配しているぞ」
「ごめんなさい」
浬は七瀬を包み込むと、強く抱き締めた。
「大丈夫だ」
「うん」
「僕もいるよ」
颯は小さな手で七瀬の手をギュッと握った。
「どうしてこんなに不安になるのかしら」
「2ヶ月も離れていたからな。心細くなって当然だ」
過酷なコロナ患者の看護に付いていた七瀬の心情を思うと、浬も胸が痛い。その夜、浬は七瀬を抱きしめながら眠りに付いた。

翌朝、早めに出勤した浬は、小石川副医長の部屋を訪ねた。
「おはようございます、昨日の依頼の件ですが、お断りしようと思いまして」
「率直にくるね」
小石川副医長は、僅(わず)かに笑みを浮かべた。
「私が行く理由が分かりません」
「先方にはあるかも知れない」
「考えてみましたが、やはり思い当たる節はありませんでした」
「そうか」
「お名前を聞いても、顔も思い出せません」
小石川副医長はそこで、雑誌に載った顔写真のページを差し出した。
「このところ、若い女性に大人気の平安和歌の先生だそうだ。見たことはあるかい」
「いいえ」
グラビアのカラーページには、品の良いスーツ姿で本を持ち、微笑む姿が載っている。
「なんでも、天堂先生が大学時代、剣道をやっていることも知っているようだったよ。交流でもあったのではないのかね」
「東大剣道部員に知り合いはいないのですが」
浬は困惑した。幾ら思案しても、思い当たる人物は一人もいない。
「それで実は」
小石川副医長は思いがけないことを告げた。
「藤原准教授だか、今、東京に来ているんだ」
「えっ」
「時間があれば、今夜会ってみるかね」
とにかく会わなければ事は進まないと言われた。小石川副医長は行きつけの料亭に予約しておくと言う。
「藤原准教授たっての願いだ。とにかく一度、聞いてみてくれないか」
小石川副医長に半ば、押しきられる形で、浬は同席を承諾した。

夕方、病院の勤務が終わると、浬は待ち合わせの料亭に向かった。何でこんなことになったのだろう。研修でも、学会でもない。ましてや、相手は国文学の准教授だという。ためしにナースたちに知っているかと聞いてみたところ、今、話題の人物だという。特に女性陣には人気が高かった。
「天堂先生、本当に知らないんですか。テレビに出ていますよ」
「知らん、見たこともない」
ちぐはぐな会話は、とんと用を成さなかった。そのまま、なんの事前知識もないまま、小石川副医長に言われた料亭にやって来た。

名前を告げると、浬は店の奥へと促(うなが)された。通されたのは、和室の個室の部屋だった。中庭に面した部屋は開けていて、ゆったりと落ち着いた雰囲気を醸(かも)し出している。早くに来たのか、藤原朔夜は熱心に本に目を向けていた。浬に気づいた彼は静かに本を閉じると、柔らかな笑みを向けた。そうして立ち上がると軽く会釈をした。
「藤原朔夜です。すみません、お会いしたくて、早く来すぎてしまいました」
「どうぞ、お気になさらず」
名刺を交換すると、確かに国文学の准教授とある。朔夜は畳み掛けるように言った。
「天堂先生、覚えていらっしゃいますか」
「申し訳ないないのですが、いつ、何処でお会いしたのか、思い出せないのです」
正直にそう告げると朔夜は納得したように頷(うなず)いた。
「僕は、あなたの名前を知っていますが、あなたには、僕の名前は告げませんでした」
「どういうことですか」
「会ったのは一度きり。僕が高校生で、あなたは大学生の頃です」
朔夜は懐かしむように話し出した。
「僕は高校生でした。たまたま友達に誘われて、彼の兄が出場するという剣道大会を見に武道館へ行きました。初めてだった。歩き回るうちに、変なところに迷い混んでしまった僕は、出場選手がいる辺りに出てしまった。僕は近眼でしてね、遠近感がよくない。思わず躓(つまず)いて転んだところを、助け起こされた。あなたは『怪我はありませんか』といって優しく腕をとった。ところが足を捻(ひね)ったらしく、思いの外、痛く立てなかった。どうも、捻挫したようだった。あなたは直ぐに応急手当をしてくれた。冷却スプレーで患部を冷やし、テーピングで固定した。手慣れているようだった。剣道着の前垂れの部分に『順大 天堂』と書いてあった。それで、医学部なんですかと尋ねると、笑って頷(うなず)いた。肩を借りて立ち上がると、同じ剣道部員が『かいり、どうした』とあなたを呼んだ。その時、名前を知ったんです」
藤原朔夜は、それから潤んだ目で浬を見つめた。
「あの時のように、助けていただけないでしょうか」
朔夜は必死だった。
「僕の妻は大学病院の医師なんです。循環器内科の医師が不足して、困っている。妻はもう、何ヵ月も徹夜の連続だ。限界なんです」
「何故、私なんですか」
「天堂先生が日浦総合病院に勤務しているのは、人伝(ひとづて)に聞きました。素晴らしい先生だと」
朔夜は浬の前に跪(ひざまず)いた。
「お願いです、天堂先生。私の妻と大学病院を救ってください」
浬は朔夜の手を取った。
「立って下さい。私にそのような真似はしないで下さい」
「先生しか、頼めないんです」
「だからといって跪(ひざまず)くことはありません。必要ない」
「すみません、つい感情的になってしまいました」
朔夜は、申し訳ないというと、目元を拭(ぬぐ)った。

浬は一息付くと、座卓に腰をおろした。
「せっかく小石川副医長が一席設けてくれたんです。どうです、先ずは料理を堪能しませんか。話は食べながらということで」
落ち着きを取り戻した朔夜は、恥ずかしそうに頷(うなず)くと、料理を口にした。

中庭から、コツンと鹿威(ししおど)しの音が響く。料理はどれも美味しく、程なく浬と朔夜は打ち解けていった。浬は本音を語った。
「妻と子供と一年間、離れて暮らすのは、正直、今は考えられないのです。互いに独身の頃には、彼女も海外に看護留学で一年間を費やしました。しかし、子供も幼稚園に入学したばかりです。離れて暮らすのには、妻は不安を覚えるでしょう。今は、妻と子供を第一に考えたい」
朔夜は思いもよらぬ提案をした。
「それでしたら、奥さんとお子さんも一緒に、奈良にいらしてはいかがでしょう。お子さんの幼稚園ですが、良ければ大学の付属幼稚園に編入手続きを取ることも出来ます」
浬は口をつぐんだ。朔夜は熱心に勧めてくる。確かに大学病院も、医師である彼の妻も限界だということも十分に分かる。ただ、朔夜が提案した、七瀬と颯も一緒に赴任地へ迎え入れるという申し出は、選択肢の範疇(はんちゅう)には無かった。七瀬は何と言うだろう。浬は暫(しば)し思案した。
「少し時間をいただけませんか。妻にも相談したいので」
「そう言っていただければ幸いです」
朔夜はホッとしたのか、僅(わず)かに笑みを浮かべた。
「それでは、返事はこちらから連絡します」
「良いお返事がいただけることを祈っています」
浬の言葉に朔夜は深々と頭を下げた。

帰宅した浬は直ぐ様 七瀬に、藤原朔夜との事を話した。
「 高校生の頃に一度会っただけなのに、忘れないでいてくれたんですね」
「俺はすっかり忘れていた」
「先生は私の事も忘れていたじゃないですか」
「後から思い出しただろう」
「藤原先生の事はどうなんです?」
「そう言えばそんな事があったかと」
「それは言っていないんですよね」
「言っていない」
「言っちゃダメですよ。藤原先生、泣きますよ」
浬は七瀬をグイと抱き寄せた。
「どうした、随分と余裕じゃないか」
「違いますよぅ、安心したんです」
七瀬は腕の中から浬を見上げた。
「藤原先生って純粋で優しそうじゃないですか」
「週刊誌でも見たのか」
「いいえ、先生が話してくれた事を聞いたら、そんな気がしたんです」
クスクス笑う七瀬は浬の胸に顔を埋めた。
「昨日は突然のことで不安になったけど、私や颯のことまで考えて下さっていたんですね」
「俺も驚いたよ」
「先生と一緒なら、何処へでも行きます」
「七瀬」
浬は抱き締める腕に力を込めた。
「奈良へ行くか」
「先生は行きたいんでしょう」
「七瀬と颯が一緒なら、行ってもいいと思ってる」
「一年間、今度は先生と一緒」
「これからも、ずっと一緒だろう」
「颯にも幼稚園が変わることを言わなくちゃ」
「俺が言うよ」
浬は七瀬を抱き上げると、寝室のドアを開けた。
「安心したなら、今夜は寝かせないぞ」
「先生の腕の中なら、安心して眠れそう」
「無理だ」
クスクス笑う七瀬の耳元に、浬は囁(ささや)いた。
「愛してる、七瀬」
「先生」
「これは治療だ」
後には甘い吐息だけが残った。


第3話へ続く…


第3話.古都への旅路



第1話.料理長の腕前



風月☆雪音