改:第89話.愛の記憶【連枝の行方.第二部①】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

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毎日着物で、ランチと色々なワインを楽しんでいます。イタリアワイン、サッカー、時代劇、武侠アクションが大好きです。佐藤健さんのファンで、恋はつづくよどこまでもの二次創作小説制作中。ペ・ヨンジュンさんの韓国ドラマ二次創作小説多々有り。お気軽にどうぞ。

第89話.愛の記憶

【連枝の行方.第二部『世界は愛に満ちている』①】

南怡島の森に夕げの香りが流れていく。
「ギョンヒ、おかわり」
「はい」
愛する妻の作る料理は格別だ。『美味い、美味い』と連発して、出された料理を平らげると、ヒョンスは満足げに腹を擦(さす)った。
「あぁ、本当に美味かった。後は床に付いて、ぐっすり眠れば最高だな」
そう言ってからヒョンスはハッと気づいた。
「あ…いや、そういう意味じゃなくて」
「うん」
二人はぎこちなく下を向いた。
「俺、風呂の湯加減を見てくるよ」
「は、はい」
「お前、先に入れ」
「えっ?」
「今日は花嫁が主役だから」

ヒョンスは備え付けのランプを手に暗い中庭を歩いた。反対の手はしっかりとギョンヒの手を握っている。
「風呂場だけ電気が通っていないんだ。窓辺にランプを吊るすから。上がるまで外で待っているよ」
「それじゃあ、兄さんが大変でしょう」
「何が大変なんだよ」
「夜は外は寒いわ」
「風呂の熱で暑いくらいだよ」
「そうなの?」
「あぁ、ちゃんと確かめてきた。だから気にせず、ゆっくり入れ。いいな」
「はい」

湯浴(あ)みの湯気が小屋の隙間から穏やかに漂ってくる。
「兄さん、今上がりますから」
「あぁ、うん」
ヒョンスはギョンヒが湯冷めしないように、風呂の火の傍(そば)に座らせた。
「寒くないか」
「大丈夫です」
「そこが一番暖かだからな。先にちゃんと確かめたから」
「そんなことまで、ありがとう」
細かな心遣いにギョンヒは涙ぐんだ。
「泣くなよ」
「嬉しいのよ」
ヒョンスは照れたように顔を綻(ほころ)ばせた。
「直ぐに上がるからな。ちょっと待っていろ」
「ここは暖かいわ。兄さんこそ、ちゃんと温まって」
「分かった」
入れ替わりそうやって互いを待って、二人はランプを片手に母屋へ戻った。

寝間着に着替えるとヒョンスはギョンヒを暖炉の前に座らせた。
「風邪を引くぞ。早く髪を乾かせ」
「うん」
「俺が乾かしてやる」
ヒョンスは部屋の明かりは点けなかった。暖かな暖炉の灯火が、恥じらう姿を優しく包んでいる。パチパチと燃えていた火が途切れると、ヒョンスはランプに種火を入れた。
「行こうか」
「はい」

部屋に入るとヒョンスはランプの灯火を消した。天窓から月明かりが差し込み、それ以上の明かりは要らなかったからだ。ヒョンスはギョンヒの手を取るとベッドへ誘(いざな)った。
「こっちの部屋で正解だったな」
ギョンヒはクスクス笑いながら頷(うなず)いた。
「いつベッドをくっつけたの?」
「あの後すぐ。お前にバレないように」
「兄さんったら」
仰向けになった二人は手を繋いだまま、天窓を見上げた。月の向こうに満天の星が輝いている。
「綺麗ね」
「あぁ、でもお前の方が綺麗だ」

ギョンヒは愛する人に身を委(ゆだ)ねた。ヒョンスは慈しむ様にギョンヒを愛した。それはどの星の光より深く愛しい愛の輝きだった。

優しい手が私の髪を撫でている。ギョンヒはヒョンスの腕の中で目を覚ました。
「おはよう」
「おはよう、ヒョンス兄さん」
天窓から朝の光が差し込んでいる。ヒョンスは気づいた。
「ギョンヒ、今何時だ!」
「8時過ぎてる!」
せっかくの焼き立てパンが無くなってしまう。二人はアタフタと着替えると管理人の家へ駆けつけた。
「ギョンヒの寝坊助」
「兄さんだって」
「慌てるとジョングクさんのように転ぶぞ」
「もう~」
パンを抱え二人は笑いながらメタセコイヤの並木道を歩いた。

焼き立ての香りがより一層、空腹を刺激する。
「ここで少し食べて行こうか」
「えぇ」
ヒョンスは倒木に腰を下ろした。
「どうも座り心地が悪いな」
ギョンヒにパンを持たせて倒木の位置を変えると、途端にバランスが良くなった。
「よし。これで子供が乗っても大丈夫だ」
「子供?」
「あぁ」
ギョンヒはパンを頬張りながら夕べ見た夢を思い出していた。
『可愛い女の子が倒木の上を楽しそうに歩いていたわ』
あれは誰だったのだろう。
『胎夢?』
ふとそんな事を思った。
「何を考えていたんだ?」
「ううん、何でもない」

その子は覚えているだろうか。いつか話そう。美しい南怡島の愛の記憶を。

※胎夢…妊娠を暗示する夢

次回:第90話.因縁

(風月)