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書きたいと思ったことを書きたいと思ったときに書きたいと思ったように、書くブログです。

イブラーヒームは、メッセンジャーの父となずけられている。私はイブラーヒームが大好きなのである。


彼のストーリーを通して、すべてのメッセージの根源でありベースである、タウヒードの意味が分かる。タウヒードとは、全てで一つという意味だ。


彼が住んでいた町では、人々は偶像を神々として拝んでいた。しかし彼は、それに違和感を覚えたようだ。


神とは、そんな人間が作った型にはめられるほど、ちっぽけなものなのか。


彼の心の中には、それよりもっと壮大な何かがたしかにあった。それがなんなのか、彼はまだ知らなかった。なにか、理解できないほどの美しさ。表しようのない広さ。そのようなものがあった。その、得体のしれない何かに彼の心は燃え盛り、それに相応するものをイブラーヒームは、探していた。


最後のメッセンジャー”ムハンマド”の聖書クルアーンにそのストーリーが記されています。


”イブラーヒームがその父アーザルに、こう言った時を思え。「あなたは偶像を神々となさるのか。本当にあなたとあなたの民は、明らかに誤っていると思う。」”


そこで神様は: ”われはこのように、天と地の王国をイブラーヒームに示し、かれを全く迷いのない信者にしようとしたのである。”


神様は、イブラーヒームの恋い焦がれる心を察したところ、自分に導かれた。


神を知るには、まず、それ以外の心の目を曇らせる物を消さなければならない。


イブラーヒームは、心の中にある何かを目に見える物に探し始めた、星の輝きに、月の美しさに、太陽の光に:


”夜(の暗闇)がかれを覆う時、かれは一つの星を見た。かれは言った。「これがわたしの主です。」だが星が沈むと、かれは言った。「わたしは沈むものを好みません。」”



”次いでかれは月が昇るのを見て、言った。「これがわたしの主です。」だがそれが沈むと、かれは言った。「わたしの主がわたしを導かれなかったら、わたしはきっと迷った民の仲間になったでしょう。」 ”


”次いでかれは太陽が昇るのを見て、言った。「これがわたしの主です。これは偉大です。」だがそれが沈むと、かれは言った。「わたしの人びとよ、わたしはあなたがたが、崇拝する者と絶縁します。”


彼の心の中に感じられたそれは、それらよりもはるかに美しく、それらよりはるかに眩しく、日々が過ぎれば色あせるものでもなく、雨が降ろうが、太陽が出ようが、変わるものではなかった。それは永遠に変わることのない、絶対的な存在だった。


朝でもなく、夜でもなく。天でもなく地でもなく。どこにもないようで、全てであるように思われた。


彼は、その存在に目覚めた。そしてその存在に身を心を、委ねた。


天でもなく、地でもなく、”天と地を創られた方に私のかをを向ける”と人々に伝えた。


”わたしは天と地を創られた方にわたしの顔を向けて、純正に信仰します。わたしは多神教徒の仲間ではない。」”


イブラーヒームの神は、永遠だ。イブラーヒームの神は、思うだけで、一緒にいられる。


場所などいらない、どこにいても、どこを向いても、そこにいる。時間など関係ない、昔も今もその先も、変わらずにいる。


口を開いて祈りの言葉を言わずとも、あなたの言いたいこと全てを知っている。


あなたよりあなたに近い存在なのである。あなたであり私であり、全てなのである。


しかし、言葉で表すことはできないし、目で見ることもできない。


なので、メッセンジャーたちにみんな口をそろえていったのである ”その神を見せろ”と。天使がいるなら天使はどこだ”と。うそつきだ!と。魔法使いだ!と。


神様が世界を創ったのはもともと、自分を知ってもらうためだったのだ。自分で自分を知るためだったのだ。


海の広さも、太陽の偉大さも、山の壮大さも、すべて、それを通して、それを創造された方の偉大さや壮大さを知るためだったのである。


それらを拝むためではない。


それらすべてあなたのために創られたのだ。自分のために創られたものに囚われてどうするんだ?


そのような愛がほかにどこにあろう?世界すべて、存在全て、あなたのためにあるんだ。


気づいてくれ。