がまんする。ということが、なぜか、悪いこととされている。
我慢は体に悪い。我慢しないほうがいい。
そしてみんな、痛みを紛らわそうとする。それで痛みの理由が消えるわけではない。
忍耐は本来美徳なのだ。
忍耐するしかない、ということが、人生ではたくさんある。
ちょっとがまんすれば、過ぎることが、紛らわそうと(逃げようと)することで、よけいややこしくなることもある。
紛らわすというのは、たとえば怒ること、他人に、あるいは自分に、八つ当たりすること。
恋人へ、近い人への異常な欲求や、薬へ走ること。
なぜなら、我慢するのは苦しいことだから、痛みと直面しないといけないから。そんなの、だれもしたくない。
でも、それで長い回り道をすることを回避することが可能になる。
いくら回り道して、痛みから逃げても、また、振出しに戻って、その痛みと結局直面することになるのだ。
だから、賢い選択は、がまんすることだ。仕方ない、と割り切って、変えることができない定めは、我慢するんだ。
消すことができない痛みとは、まず認めて、しっかり目を合わせて、忍耐するんだ。
そうすれば、その痛みの本質が姿を表す。その本質が見えたら、それと接するんだ。その本質はだいたい、自分に根付いている。自分の選択パターン、思考回路。
痛みからがむしゃらに逃げても、痛みは単なる影なので、影と戦っても仕方ないんだ。
本質が見えた時点で、影は大体ふっと消えてなくなる。
そのカギが辛抱ということは少なくない。