犠牲的精神(1)
人がやりたいと思わないこと。例えば「成功する確率の低いことに敢えてチャレンジする」とか、「嫌われて罵倒されるのを承知で他人の欠点を指摘する」とか、「自分の評価が下がることを覚悟の上でプロジェクトの軌道を修正する」とか、そういった行動は犠牲的精神がなければできない。世の中所詮はGIVE&TAKEである。犠牲になった人は、いずれ誰かが犠牲になって助けてくれることもあるだろう。いや、ないかもしれない。

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ターゲットユーザー(2)
瞬間的であれ、数を売らなければ採算ベースに乗らないようなもの、長続きさせる必要のないものは、だいたいミーハーをターゲットにする。例えば歌謡曲(死語)がそうかもしれない。だから世界に通用する日本のポップスは、未だにSUKIYAKIだけだ。(ただし最近になってPerfumeが「Cars 2」のテーマ曲によって世界的に認知されつつあるようだ。あと20年後にSUKIYAKIのように世界の音楽シーンの中に生き残るかどうかだろう。)逆にある程度のレベルの高いところをターゲットにすると、数は売れないが長続きする。しかし外すと全く売れなくなるという問題がある。恐らく後者のほうが難しい。前者は過去のデータの延長線上に商品を置けばいいわけであるが、後者は過去のデータではなく、自らの理想像や提案を信じるしかないからだ。前者がMicrosoftなら後者がAppleという見方もできるかもしれない。Appleは何発も外れを出したが、iPodやiPhoneのように消費者のライフスタイル自体を変えてしまうような商品もヒットさせた。つまり後者のような方法をトライする人間がいなければ、ライフスタイルは変わらないしイノベーションが起きない。ミーハーがいつまでもミーハーのままになってしまうわけだ。

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ターゲットユーザー(1)
企画デザインをするに当たって常に問題になるのがターゲットユーザーをどこに設定にするかだ。最もリスクが少ないのが、いわゆる大衆(死語)、ミーハー、をターゲットとすることだ。人口が多く需要が大きいからだ。しかしミーハーをターゲットにすると、瞬間的には売れるが長続きしない、他社が追従するのも簡単でいずれは価格競争になる、というような問題がある。なぜ他社が追従しやすいかと言うと、ミーハーはオリジナリティーよりも、既存のものと似ていることを好むし、クウォリティを追求しないで済むので開発、制作期間が短くて済むからだ。ミーハーは本当のクウォリティは分からないし、本物と偽物の区別もつかない。だからスペックの数字だけで満足する。見た目のコスメティックな部分だけで判断する。だから体裁と数字を見繕うだけの作業で済むわけだ。

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