ロケ弁、ナンバーワン!  | “Mind Resolve” ~ この国の人間の心が どこまでも晴れわたる空のように澄みきる日は もう訪れないのだろうか‥

 
 
       action 013 
 
 

世の中には色々な職業があって、
日本の映像業界のスタッフ側(?)の一人、
自分の好きなことを堂々とやって
とても楽しく仕事をしている人もいた!
・・・・ということを発見した瞬間がある。
俺も初めて逢った時はちょっとビックリした。
「世の中にはこんな人もいるんだ」
視野が拡がった。
ここではその人のことを仮に
“芸能ブローカー”
と呼ぶことにしよう。
本人も、
「オレは芸能ブローカーだ」
と云っている。
云っているだけでなく、
やっていることも芸能ブローカーそのものだ。

 
 
午前中から昼にかけて、建物の中のシーンの撮影が終ると、
冷たくなったシウマイ弁当を喰わされた我々仕出しは、只管に待機。
それでも、何人かの警官役や刑事役の人達は、
スケジュールを埋めるために昼を過ぎてからも撮影現場の中にいた。
そのうちの一人がエキストラの待機場所へ戻って来て、芸能ブローカーに言った。
「もうみんな食べたの?」
「ああ、先にな。おめぇ達の分もちゃんと取っておいたから、早く喰え。
次の開始時間まで、もうあんまり時間ねぇからな…」
「どこにある、弁当?」
「さぁてなぁ…。どっかその辺に避けてあるだろ。探してみてくれ」
しばらくして探し続けた本人達が戻ってきた。
その姿を見た芸能ブローカーは、
「あったかぁ?」
「ない」
「ええっ、ない!? おかしいなぁ…南ぃっ!」
「はい」
「お前、イチロー達の弁当、どこにあるか知ってっか?」
「いや」
「梅津は?」
「知らないっすよぉ」
「上牧っ、お前、二つ喰わなかっあたか?」
「いや、今日はまだ喰ってないです。ないんですか?」
「ああ。…。オーイ、誰かイチロー達の弁当、どこにあるか知らねぇか?」
芸能ブローカーの声はいつもデカイ。
「さっき、取っておいたって云ってたじゃない。どこにあるの?」
「うるせぇな、ちゃんとあるから心配すんな! ったく。…ちょっと待ってろ」
そう云って、芸能ブローカーは椅子から立ち上がると、
制作スタッフのいる場所へ歩いて行った。
すると、遠目で見ていても判るほど、何やらモメテいる様子だった。
戻ってきた芸能ブローカーは云った。
「ったく! しょーがねぇ連中だなぁ。どうも最初っから数がなかったみてぇだな。
心配すんな。いま連中に買いに行かせたから、ちょっと待ってておくんな…」
数十分後、冷たいシウマイ弁当とは別に
出来立てのホカ弁を持ったスタッフがやって来た。
「すいません、役者さんの分を数に入れてなかったもんで、申し訳ありません」
どうやら仕出し六人分の弁当がそっちへ回されたらしい。
その上、その若いスタッフは、芸能ブローカーに紙切れを渡そうとした。
「なんだよ?」
「領収書です」
「なんのぉ?」
「いや、いま買ってきた分の…」
「バカヤロぉーっ。そんなのオレに渡してどうする! 
そっちのミスなんだから、お前らの方でなんとかするのが筋だろぉ!
オレは『買ってこい』とは云ったけど、
誰も立て替えるなんて一言も云ってねぇぞ。
なに寝ぼけたことヌカシてんだ。
…ヤツがそうしろって云ったのか?」
「えっ?」
「助監督の●●だよ。あの野郎が・・・・」
「いや、違います」
「じゃぁなんだよ?」
「…もう番組の予算がないもんで」
「んなに言ってんだ、そんなの知ったこっちゃねぇよ!
こっちも仕事で来てんのぉ! メシ喰うのなんてアタリめぇだろーがっ!
お前らだって喰ったんだろぉ!」
「いや食べてないです」
「ああっ!? どうなってるんだぁ、お前らの仕事は?」
「…まだ監督も助監督も撮影中で、スタッフは誰も食事してません」
「んなことはねぇだろ、さっき見たら、
車両の連中も美術の連中も、みんなメシ喰ってたじゃねぇか」
「あの人達は今回、応援で本体とは別なんで…」
「なに言ってるんだよ。昼になったらメシ喰うのは当然だろぉ!
仕事してりゃぁ誰だって腹は減るんだ、人間なんだから…。」
「…」
「もういい。その領収書、預かっといてやるから、こっちよこせ!
いくらだ?」
結局、芸能ブローカーは、
自分で連れてきた6人分の昼飯代を立て替えていた。
「いいか、よく覚えとけよ。それとヤツ(助監督)にもよく云っておけよ。
そうでなくったってヤツには前々から貸しがあるんだから…。
ホラ、これでいいだろっ。」
ジャラジャラジャラーッ。札と一緒にテーブルの上へ小銭も出す芸能ブローカー。
すると、
「すいませーん! エキストラのみなさ~ん!
そろそろ出番になりまーす! 
衣装その他、道具の準備、お願いしまーす!」
と、奥の方から空腹でも頑張る助監督の声が聞こえた。
「イチロー、速く喰え! はじまんぞ!」
「んなこと言ったって、まだ食べ始めたばかりだよ。
それにまだ熱っちくて喰えねぇ…」
「るせぇっ! 黙って速く喰えっ! 
あっちいなんてゼイタク言ってんじゃねぇーよ、
オレ達は
一回 割り箸で持ち上げると
固くなったメシ粒が枠の形のまんま持ちあがるような
冷たいメシ喰ってんだぁ。
少しはありがてぇと思え。」
 

いわゆる“ロケ弁”という物は美味い物もあればマズイ物もあって、
どちらかというとマズイ物の方が多い。
(一番ウマイ、幻のロケ弁は“叙々苑の焼肉弁当”…これを喰った人は芸能人でも少ない)
油モノも多いので、自分の健康を気遣ってか、
中には手製の弁当を持参している役者さんもいるようだが、
もっと贅沢なのは、
「そんなロケ弁とかスタジオの食堂の不味い飯が喰えるか!」
と、絶対にスタッフ連中とは食事をしないという役者さんもいる。
別にそれは我儘ではなく、その人のポリシーなので仕方ないと思うが、
ロクに満足な芝居もできないくせに、
そういう大物俳優のマネをしている若手の連中は・・・・観ていて腹が立つ。
しかもロケ先で、自分のマネージャーに運転させた車で、
どこかのファミレスにでも出向いておきながら、
次の撮影開始予定時間を回っても、なかなか現場へ帰ってこないという奴もいる。
仕事をナメてるどころじゃなく、
全国の汚職政治家の息子、ないしは甥っ子のようなもんで、
人間として人生を嘗めてる。
そういう奴に限って、まず挨拶が中途半端だ。
で、その挨拶が中途半端で、現場でも態度が悪いのは、
何も若手男優の一部に限ってのことではない。
女優さんにも多い。
だから、ある程度の年齢(三十路過ぎ)に達すると、
テレビ画面からは消えてしまう人も多く、
世の中、
いくら数字を追い回すことに偏った日本の映像業界とはいえ、
芝居の世界も甘くはない。
その日、そういう(?)女優さん演じる役を救出するシーンの中に、
そういう俺(?)の姿もあった。
 
ある程度、強風はやみ、いよいよ建物の外。
その連続モノの何話目かの回の、ラストシーンの撮影になった。
あの若手助監督は、カメラ位置に合わせた俺の動きを説明して、
再び、本体にいる監督の指示に従う。
芸能ブローカーは端で観ている…というより、
相変わらず他の連中と楽しそうにいつもの世間話をしていた。
ストレッチャーの上には例の女優。
まずはカメラテスト。
ガラガラガラガラ、ガラガラガラーッ。
数十時間飲まず喰わずの状態での監禁事件現場。
そこから救出された若手女性・記者…というより、キャシャな身体つきの女優さん。
彼女を乗せたストレッチャーを建物の出口から救急車へ急いで運ぶ。
レールに乗ったカメラが
別の位置にいた三国さんの息子さん(上司役)等を撮ってから切り返すカット。
救急隊員は俺の他にもう一人いたが、
そいつは不慣れなため、俺が先頭に立っていた。
で、勢いよくストレッチャーを引っ張る。
これは監督の要望だった。
運のいいことに(?)、路面は凸凹とした石畳。
 
調整中、カメラ横で俺のスタート合図を送ってくれていた助監督が、
俺の所まで駆けつけ、
「前にいる救急隊員の方!」
「はい、南です」
「あのぉ、もうちょっと丁寧に優しく引いてもらえますか?
役者さんが乗ってるんでお願いします」
「あぁ、はい」
 
本番テスト。
今度はやや控えめに、
ガラ、コロコロコロコロ、ゴロゴロゴローッ、ガガーッ・・・
「ハイ、カット!
…救急隊! さっきの勢いはどうしたぁっ!?」
映像を少しでもリアルにしたいという監督の声。
再び助監督が俺の所まで駆けつけて、
「じゃぁ、すいません。そういうことなんで、
さっきやった通りにお願いします」
「はい、判りましたぁ!」(内心、嬉しい俺)
 

テストもう一回。
ガタガタガタガタ、ガラガラガラーッ。
劇用に用意されたストレッチャーが、
壊れてしまうのではないか?というほどの勢い。
仕方ない、現場の路面の造りに問題がある。
台本に書かれた救急隊員・・・それは監督の指示通りに動く。
あとは俺の心持ち次第だ。他に不備はない。
 
調整中。
「ハイ、それでは本番いきまーす!」
と、あの若手助監督。
「本番!」
監督。
カチンコが鳴り、台本を掲げた助監督が俺のスタートのタイミングを計る。
台本を振り下ろす。合図が来た、それっ!
ガタガタガタガタ、ガタン、ガタン、ガラガラガラガラーッ。
真剣な眼差しで被害者を救出して運ぶ救急隊員。
「ハイ、カットぉ!」
そして、
ストレッチャーから立ち上がろうとした女優…。
よろけていた。
「大丈夫ですか?」
助監督。
彼女は少しハニカンで歩き出す。
が、フラフラして風に飛ばされそうになる。
観ている俺。
「だいじょうぶ?」
と、三國さんの息子さんは共演者にも優しい。
それも観ていた俺。
俺は役者ではない。
“仕出し”という劇用の動く道具 に過ぎない。
 
撮影終了後、衣装を還し終わってから…
「南ぃ、なんだ、ニヤニヤして? なんかいいことでもあったか」
と、芸能ブローカーは俺に云った。
「今日は久々にいい仕事したなぁ…」
「そうか、よかったな」
 また、頼みますよ。」
 
 
    つづく。