“黄昏の芸能ブローカー” 『果てしなき山頂』の巻 | “Mind Resolve” ~ この国の人間の心が どこまでも晴れわたる空のように澄みきる日は もう訪れないのだろうか‥

   
   
         action 014
   
   
世の中には色々な職業があって、
日本の映像業界のスタッフ側(?)の一人、
自分の好きなことを堂々とやって
とても楽しく仕事をしている人もいた! 
…ということを発見した瞬間がある。
俺も初めて逢った時はちょっとビックリした。
「世の中にはこんな人もいるんだ」
視野が拡がった。
ここではその人のことを仮に
“芸能ブローカー”
と呼ぶことにしよう。
本人も、
「オレは芸能ブローカーだ」
と云っている。
云っているだけでなく、
やっていることも芸能ブローカーそのものだ。
   
   
集合場所、営団地下鉄 有楽町線A2出口にて。
   
「南ぃ、おまえ、蕉雨苑の場所わかるかぁ?」
「あ、はい」
「んじゃぁ、みんなぁ! 南のあとにくっついてってな。
わるいが先に行っててくれ。
オレは、あと二人がまだこねぇから、来るまでここで待ってるからな。
ヤツラ、どうせ現場までの道なんて わかんねぇだろうから。
チキショーめ、オレが待っててやんなきゃならねじゃねぇか…。
現場へ行ったら助監督の支持に従ってな」
   
するとそこへ、20人のうち、遅れた一人がやってくる。
   
「おめぇ、イナジ! このタコ坊主がっ、おせーじゃねぇかよ 
どうしておまえは そんなとんでもねぇ方向から来るんだよ。
集合場所のA2番出口つーのは、ここじゃねぇかよ。
なのに のこのこ横断歩道なんか渡ってきやがって」
「いや、遅れたから電話をかけようと思って…」
「電話って、おまえ、スグ目の前にオレたちが見えるじゃねぇか!」
「いや、よく見えなかったんで」
「なに言ってんだ、集合に遅れて道が分からないから訊こうと思ったんだろぉっ
「はいそうです」
「だったら最初から正直に そう言えばいいじゃねぇかよ。
ほら、速くココにサインしろぉっ」
「はい、すいません」
   
近くの電柱を下敷きに、出欠の確認用紙にサインするイナジ君。
   
「オイオイ、なにやってるんだよ! 
あのなぁ、ボールペンていうのは
上へ向けて書くと次に書く時にインクが出なくなっちゃうのぉ!
そんなことも知らねぇのか、コノヤロ。」
「ああ、ごめんなさい」
「誰のボールペンだと思ってるんだ。ったくもぉ…。」 
   
と、こんな感じの芸能ブローカーも、
時には、志しある者に さりげなく仕事を用意することもあり、
現在のイナジ君は、仕出し家業から足を洗い、役者をやっている。
韓国EBS局の『日本語会話』という番組で主演を果たして以来、
彼の生命力もまた一つ、ハンパではない。
その後の出演作も、芸能ブローカーの様々なアドバイスにより、 
ちゃんとした台詞つきの役を自分から摑み獲り、
果てしない山頂を目指す男の一人だ。
そんな彼は、元ボクサーで、京都出身。最終学歴は東大農学部。
最近の出演作は、映画『容疑者 室井慎次』では新宿北署の刑事役。
映画『ドッグ・スター』ではボクサー(竹下役)。その他、
『修羅の道10』(高野浩一役)、『不良少年の夢』では教師役。
最近のスペドラ(2時間TVドラマ
関係では、『捜査検事 近松茂道』というシリーズモノで、 
物語の重要なポイントに位置する警官役…といった具合に、
独り、東京の片隅に暮らし、自力で役者の営業活動を続けている。 
   
   
「…えぇとぉ、これで 19人いるかぁ? 
あと一人だな。
じゃぁ、みんなで待っててもショーガねぇから、
先に行っててくれ。
あ、そうだぁ。それからぁ~、南ぃ!」
「あぁ~いっ」
「助監督に会ったら、オレのケイタイに電話するように言ってくれ
野郎、撮影中だからってケイタイの電源 切ってやがる。
午後の人数をもう一度 確認したいからって伝えといてくれ。
頼むな。」
「はい、わかりましたぁ!」
   
    
地下鉄有楽町線の江戸川橋の改札を抜けて地上へ出て、
早稲田大学とは反対方向、目白方面へ伸びる道を2~3キロ歩く。
とあるバス停の手前で左へ折れて100メートルくらい進むと、
そこに、蕉雨苑【しょううえん】という、旧細川邸の旧い屋敷がある。
かつては旅館として機能していたらしいが、
今は完全に貸しスタジオのような状態になっている。
それほど大きくもないが立派な庭園もあり、
近くに沢が流れて水車小屋があった場所もあり、
向かいの竹薮には美しい野鳥の小鳥(?)もいれば鶯も鳴く。
夏は蝉も賑やかで、都内としては珍しく、10月の中旬になっても薮蚊が飛んでいる。
トイレの造りも水洗にはなっているものの、江戸時代~明治初期の風情を残したまま。
中の大広間も由緒正しい神社・仏閣のようになっていて、
襖や屏風など一面に金箔が貼られた貴重文化財のような建物だ。
そこでは、映画やビデオ、テレビドラマばかりでなく、
年間を通して様々な映像番組の撮影ロケが行われている。
俺も色々な仕事で何度もそこを訪れた。
   
その日の前日、芸能ブローカーからの要請もあり、
黒のスーツを着て、黒いネクタイを着用とのことで、
設定は、ヤクザの大物、とある組の会長の葬儀のシーンだった。
主演、竹内 力さん。共演には、坂上 忍さんほか、同世代の若手俳優と、
そこにはあの、遠藤憲一さんの姿もあった。
   
助監督 (小声で)「みなさ~ん、今ちょうど本番中ですから お静かに。
      ええっとぉ、組員の方は何名いらっしゃいますか? 
      あれ? 下さんは?」 (芸能ブローカーの姿を探している)
 南   「ああ、一人遅れてるんで、あとから来ます」
助監督 「そうですか」
 南   「それとぉ、電話もらえるようにって言ってましたけど。
      午後に ココへ来る人数を確認したいとかで。」
助監督 「いっけねぇ! 電話するの忘れてた。
      わっかりましたぁ。あとで電話しときます。
      それで、組員の設定の方は今 何人ですか?」
 南   「19人です。あとから来る人を入れて20人ね。」
助監督 「わっかりましたぁ、今は19人ですね。
      ちょっと待っててください」 (なにやら慌てている様子)
    
間もなく、芸能ブローカーも現場、蕉雨苑入り口、門の前に到着。
    
「おまえら、なんで こんなとこに突っ立ってんだよ。
中へ入ればいいじゃねぇか」
「いや、助監督が『ちょっと待ってて』って言うから…」
「そんなの構うこたぁねぇ! とっとと入れ!
そんで南ぃっ! 助監督にちゃんと伝えてくれたのか?」
「あ、はい。さっき来た時にスグ。したら、『あとで電話します』って」
「あとでって、いつなんだよ。今日の午後なんだぞ。
人数が判らなきゃ、連れて来ようがねぇじゃねぇかよ!
やつぁ、なに考えてんだか、まったく…」
   
一同、門から屋敷まで伸びる砂利道をザクザクと音を立てながら歩き進む。
   
  助監督    「あぁーあー、ちょっと待ってクダサイ! ストップ、ストップ」
芸能ブローカー 「なにがだよ」
  助監督    「足音がするんで。」
芸能ブローカー 「『足音がする』って、おまえ、当たり前じゃねぇか、歩いてるんだから。」
  助監督    「もうすぐ本番なんで」
芸能ブローカー 「『もうすぐ本番』て、いまテストなのか?」
  助監督    「いや、そうでもないんですけど。台詞が聴こえなくなっちゃうんで。
芸能ブローカー 「『台詞』って、おまえ、こ~んな離れてるじゃねぇかよ。
           じゃぁ、静かに歩いて行けば大丈夫なんだろ?」          
  助監督    「ちょっと待っててください」 (手を振りながら また行ってしまう)
芸能ブローカー 「それと、オイッ! 午後の人数はどうなってるんだぁ?」
           ・・・・なんなんだ、やつは?」
   南      「さっきもあんな感じでしたよ。
           自分らの人数だけ訊いといて。かなりテンパってる感じで…」
芸能ブローカー 「やつは昔っからそうなんだ! 
           自分の頭ん中で“世界”が出来上がってしまってんだなぁ、ありゃ。」
   南      「世界?」
芸能ブローカー 「だよ、監督の指示もロクすっぽ聞きもしねぇで、台本ばっか見てて、
           自分なりのストーリーの組み合わせを勝手に思い描いてやがる。
           その日のスケジュールなんかほったらかしで、
           全然ちがうこと考えてやがんだ、ったく。」
  他の人    「どうすんの? このままここで待つの?」
芸能ブローカー 「しょうがねぇ。助監督がそう言うんだから。そのうちまた来るだろぉ。
           そんなことより、午後の人数だよ。どうなってんだぁ! 
           いま何時だ?」
  他の人    「10時38分」
芸能ブローカー 「なぁっ、約束の時間は 1時だぞ 1時! それ迄に ここへ着かなきゃならねぇんだ。」
  他の人    「誰?」
芸能ブローカー 「ああ? …いちおう、オレの方でストックしてあるのも一人含めて
           4人には声かけてあるんだけど、
           2人なのか3人なのかが判らねぇんだ。
           本人達は今も 自宅でクビを長くして連絡待ってんだぁ…」
  他の人    「呼べばいいじゃん、みんな」
芸能ブローカー 「そうはいかねぇ。昔とは違うんだ。
           そうでなくても 『予算が、予算が』って うるせぇのに、
           一人ちがうだけで、あとんなってエライ騒ぎだぁ、製作の連中…。」
   
しばらくして、助監督、来る。
   
芸能ブローカー 「午後の話はどうなってんだよ!」
  助監督    「ああ、今 カントクに訊いて来ます」
芸能ブローカー 「『いま訊いてきます』って、おまえ、昨日の話じゃねぇかよ!」
  助監督    「そうなんですけど、こっちもいろいろと立て込んでて…」
芸能ブローカー 「そんなの知ったことかよ、相手は待ってんだぞ、
           今か今かって、電話の前で。昨日っから!」
  助監督    「わかりました。スグ訊いて来ます」 (また行ってしまう)
芸能ブローカー 「ったく、頼むぜ。どうしてヤツは、ああゆう仕事になっちまうんだか…」
   南      「“世界が出来上がってしまってる”人になってるですね?」
芸能ブローカー 「だぁな。ほんと、なに考えてんだかぁ…」
   
そんなわけで、一同、ようやく現場入り。
任侠モノの撮影ということもあって、いつになく緊迫感 漂う現場。
   
芸能ブローカー 「オレ、ションベンずっと我慢してたんだぁ。ちょっと行ってくる。
           のあいだ、もし呼ばれたら指示に従ってなぁ」
   
ロケは、屋敷の裏庭に設けられた葬儀会場のシーンだった。
そこへ訪れる関連組織の幹部や、それを出迎える若い衆。
両手を前に、股を広げて立ち、
ご苦労様です
の挨拶に凄みを利かせるようにという指示。
幾つか葬儀会場用のテントが張ってある中、
香典を預かる席に、後継者候補の幹部として、遠藤さんがパイプ椅子に坐っていた。
そこへ訪れる孤高の人、竹内さんの役。
物語では、派閥争いの末、仇同士になっている設定。
もしもの時に備え、取り巻きの組員の一人一人(真面目な役者の卵)は、
ピストルを隠し持っている。
   
その撮影の合間に、なにやら監督が助監督に怒っている様子。
監 督  「どこをどうみてもサラリーマンにしか見えないだろ。
      ちゃんと伝えたのか?」
助監督 「はい」
監 督  「じゃぁ、なんであんなのが来るんだよ。
      とにかく今日は使えないからな。」
助監督 「はい」
監 督  「それでお前、どうするんだよ」
助監督 「一応、内トラで考えてはいるんですけど」
監 督  「誰を?」
助監督 「美術の●●さんと、あと製作の●●です」
監 督  「若くないだろっ! 
      それに●●は組事務所の前でやった時に使ってるじゃねぇか。
      話の筋が通らねぇだろ。観る人は観てるんだぞ。
      ちゃんと考えて物を言ってるのか!?」
助監督 「すいません」
監 督  「『すいません』じゃなくて、お前はそれでどうするつもりなんだよ!」
助監督 「…エキストラの中から選んできてもいいですか?」
監 督  「だから言っただろぉ、そういう仕事とは違うんだって」
助監督 「はい。でも今日はもう時間もないんで」
監 督  「何人いるんだ? 若いのか?」
助監督 「20人…、マネージャーの人いれて21人です。
      いいですか?」 (ちなみに、マネージャーとは芸能ブローカーのこと。当時、50歳代後半
監 督  「…ああ。」
助監督 「じゃ、ちょっと見てきます」 (駆け出す
監 督  「スルドイのなっ!」
助監督 「ハイッ!」
   
どうやら、 “仕出し事務所”とは別に、俳協から呼んだ役者さん二人が、
監督のイメージするシーンには合わない風貌だったらしい。
スグ近くでそれを聞いていた俺は目を逸らしたにも関わらず、
現場を走り回る助監督は、俺に目をつけて、
   
「あなた、お名前は?」
「南です」
「南さん。はい、それではですね、あとでまた呼びまにきますんで、
ちょっとここにいてください。
…あと もう一人か.」
   
助監督は、その日、芸能ブローカーに連れてこられた我々の中から、
自分の眼で、そのシーンに相応しいとされるべき、若い組員の二人を決めようとする。
しばらくして、また俺の前に来る。
「…あともう一人、あともう一人」
再びケツのポケットから取り出した台本を見ながらブツブツ言っていた。
   
 南   「他に いないですか?」
助監督 「ええ。なかなかねぇ。誰かいますかねぇ?」
 南   「森サンがいいと思います。この仕事、俺より長いし、何でも出来ますよ」
助監督 「えぇっ、どの人ですか?」
 南   「ほら、アソコにいる人」
助監督 「ああ、あの人ね。ちょっと見てきます。ありがとうございます」
   
遠くの方で、
 森   「なんでオレがぁ?」
助監督 「お願いします。急遽、そういうことになったんで」
   
てなわけで、俺と森サンの二人は、その物語の第一話と二話のハイライト・シーンへ。
便所から戻ってきた芸能ブローカーは、
「…なんだ、南と森は そこにいることになったのか?」
「ええ、ご指名で」
「それで、ヤツはどこへ行ったんだ?」
「ヤツ?」
「助監督だよ」
「ああ、今、トイレです。安心したんじゃないですか?」
「なにをよ?」
「なんか、さっきも随分あわててたみたいだったから…」
「こっちとら ちっとも安心じゃねぇよ。
あいつ まぁ~だ、午後の人数ぅ言ってこねぇんだよ。まいったな」
   
芸能ブローカーの不安と心配をよそに、撮影は開始される。
坐る遠藤さんの役柄の周囲に立ち、
その取り巻き(ボディガード)役の数名の若手役者ほか、
新たに選出された我々二人を見るなり、監督は、
   
監 督  「背が低いじゃねぇかよ。他にいないのか?」
助監督 「ええ、この二人がカタギには見えない感じでいいんじゃないかと…」
監 督  「もう一度、見て来い」
助監督 「あ、はい」
   
あまり待たせることなく、助監督、戻ってくる。
   
助監督 「いません」
監 督 「よし、うん。…でもお前、二度目はないんだからな。
     これで二度目なんだぞ。それがどういうことか わかってるんだろうな」
助監督 「はい」
監 督 優しい声で、
     「ホントに解かってるのかよ…」 (サングラスの向こうに、やや笑みを浮かべていた
   
さて、撮影は例によって、テスト、本番テスト、本番と、
通常は、カメラや音声の調節も含め3段階で進められるが、
この撮影での、この監督の場合は、映画撮影のように
“役者”と“絵”。その全体を何度も確認しながら、
納得のいくまでテストを重ねようとするのではなく、
テストは、ほとんど一回で、その意気込みに、スタッフ一同みんなで気合を入れて、
本番を獲る。
但し、納得のいかない本番は、テイク2、テイク3~「テイク5!」というように、
フィルムだけは惜しむことなく、パーフェクトに近いモノが要求される。
通常のテレビドラマとは違って、任侠モノのビデオ映像劇のうち、
常に人気あるシリーズは、衣装合わせも リハーサル日程も、撮影も編集も、
全部を含めて、たったの2週間で録りあげられることが多い。
竹内 力さんや哀川 翔さんは、そういうハードなスケジュールを
年間、何本もこなしている。
そしてそれは、主役の人ばかりでなく、悪役専門で喰っている役者さんも同じだ。
そういう過密スケジュールであっても、その筋のビデオ映画には珠玉の名作が多い。
決して、流行の音楽効果でゴマカスような芝居は何処にもない。
それは監督ばかりでなく、「観ている人は観てる」という、
作品ひとつ一つを作る側と観る側の、“眼に見えない約束”があるからにほかならない。
   
そういう緊迫感、緊張感を緩ませることは、たとえ食事時間であっても許されないほどだ。
それでもまた、たとえば遠藤憲一さんは、
そういう現場のすべてを把握しながらも幅の広い役者さんで、
その日、俺の顔を見るなり、あのギラギラとした目で、
   
遠 藤 「B型? …だよね」
 南  「はい」
遠 藤 「やっぱりなぁ。スグ判った」
 南  「? そうですか?」
遠 藤 「ねぇ、見えるよねぇ」 と、周りの無名若手俳優に同意を求めながら、
     「君は?」
役者B 「0型です」
遠 藤 「ああ。だろうねぇ。
     君は?」
役者A 「オレも0型です」
遠 藤 「…ふ~ん。
     あなたは?」
役者C 「花形です!」
遠 藤 「いるんだよなぁ、こういう人って(笑)、
     AB型でしょ!」
役者C 「ハイ。」
一同、大声で笑う。
遠 藤 「そういえば、君。CMで見たことあるよ」
役者C 「ああ、はい。ありがとうございます」
遠 藤 「あれでしょ? 板前の格好して師匠の横でひっくり返るやつ。」
役者C 「はい、そうです」
遠 藤 「アレ、インパクト強いもんなぁ…」
役者C 「ありがとうございます。でもアレ、実は現場の・・・・・・
   
というように、
「よし、オレはここからだ!」という夢と希望に満ちあふれ、果てしない山頂を目指す男達。
現場経験も浅く、まだ駆け出しの、未来のアクションスターの若手面々。
そんな彼等の緊張感をほぐし、和ませてくれる。
遠藤憲一さんという役者は、見た目以上に、
自分の周囲に対して、分け隔てなく接する特色を兼ね備えている人柄だった。
しかも、まだその当時は今ほど業界でも注目はされていなかった時期だったので、
自分のPRもさりげなく、
   
遠 藤 「俺が出たCMってのはねぇ、いくつかある中で、
     警官の格好してさぁ、女の子の免許証を拝見するんだけど、
     『何ぃ? 綺麗田 瞳ぃ? …ホントにキレイだぁ!ってやつね。
     知ってる?」 
   
それを知らない人は、おそらく、産まれてこの方、テレビを観たことがない人か、
まだ産まれてなかったか、あるいは産まれて間もなかったか、
そのCMに出ていた女優さん以上の存在感だった。
決して、観る人に自分を押しつけないまでも、
どうしても目立ってしまう、あの独特な雰囲気は、
「黙っていても存在感ある」、数少ない役者の一人。
そんな遠藤憲一さんも、カメラが回り出すと切り替わる。
その日はヤクザ。しかも大幹部。 
   
その手の映画やドラマを観ることが
「どうしても肌に合わない」
という人も世の中にはいるかも知れないけど、
役者、遠藤憲一の今日までの歩みを知る上では、
決して見逃すことのできない名場面が多い。
また、今後もしも「役者を目指す」という志を持つ人なら、
一度は確認しておいた方がいい。 
   
『任侠道』【おとこみち】全4話。
竹内 力 主演の数ある人気ビデオ映画の中でも、
4巻のビデオが前編と後編に2巻ずつ分かれている大作。
その初回生産の表パッケージには、なぜか、
ピストルを構え持つ俺のスーツ姿も映っている。(発売当初はポスターもあった
ウルトラヴォックス時代のミッジ・ユーロ に似せた、わざとらしいヒゲ面で。しかも、リーゼントで。
撮影当日の、監督が叫んだ、
「スルドイのなっ!」
の、あの要望に適っていたかどうかは別としても、
俺もその時は緊張したし、
普通の局製作のテレビドラマの時よりも真剣。気合も入る。
ただ俺は、役者ではない。
あくまで、雰囲気づくりに徹する仕出し。動く小道具だ。
拳銃の持ち方も、
フレームに邪魔にならないように手を構える肩の位置も、
すべて、カメラワークと監督の指示に従う無言人物像
それ以上でも、それ以下でもない。
…かつて、何を経験していようとも。
   
   
ロケ本番、
その葬儀には “招かざる客”として訪れた主演、竹内さんが、
胸の内ポケットから香典を出そうとする瞬間に、
遠藤さんを取り囲む若い人派が、一斉に銃を取り出し、
その頭に狙いを定める。
憎み合う二人の男の、眼と眼の勝負。
そういう殺伐としたシーンだった。
   
   
そしてその日は、ロケ弁を喰って帰った俺。
あとで訊いた話だったが、
後日、別の撮影現場で、芸能ブローカー曰く、
   
「助監督のアノ野郎、結局あの日は、
『今日の午後の人は要りません』だのこきやがって、
だったら早く確認して、朝のうちに言ってくれりゃぁいいのによ、
こっちはまた一人一人に電話入れて、
なんでオレが謝らなきゃならならねぇんだよ。
…まぁ、こんな切ない商売も今に始ったことじゃねぇんだけど、
もうちょっと人のこと考えてくれてもバチは当たらねぇだろ。
ったく…」
   
と、その愚痴の意味を判っている者のうち、誰一人として
当日の撮影現場にいた者が その場にいなくても、
そうすることで、芸能ブローカーは、幾らかでもスッキリすることができて、
また再び、明日も明後日も、あらゆる撮影現場に出没する。
ある時は、仕出し集団(エキストラ陣)の責任者として、
ある時は、人気AVアイドルの付き人として、
そしてまた ある時は、売れない役者のマネージャーとして…。
   
   
そんな芸能ブローカーが、ロケ現場か、もしくは、
最寄駅までの道程を何キロも歩くような、その行き帰りの道中で、
俺に声をかけてきたときの代表的な台詞には、
   
「南ぃ、ガム食べるか?」
   
あるいは、
   
「南ぃ、オレにもコーヒー持ってきてくれ。熱いヤツな」
   
あるいは、
   
「南ぃ、おまえ、テレフォン・カード 持ってるか?」    http://ameblo.jp/badlife/entry-10003387631.html
   
など。 やや しわがれたガラガラ声で。
   
これらはすべて、春夏秋冬、年間を通して、
吹きすさぶ雪山にいる時も、灼熱のアスファルトの上で立ち尽くすばかりの日々も、
そういう過酷な“撮影待ち時間”の合間に、
芸能ブローカーからの思いやりから出てくる言葉だった。
   
「エキストラだって人間だ。
喰う物も喰わずに何時間も立って待たされてりゃぁ、誰だって疲れもするし眠くもなるだろ。
だからオレは、みんなで喋ってれば、少しは疲れを忘れられると思って
つまんねぇような どうでもいいことでも オレから話題を提供してやってんだよ。
なのに、『どうか撮影中はお静かに!』って言って、
撮影なんかやってねぇのに、まだどこにも始ってもいねぇのに
オレの顔を見ただけで煩がる連中も中にはいるんだよっ。
そんなスタッフに いちいち気を使ってやってたら、身がもたねぇーだろ。
そーじゃなくたって、こっちは胸にバクダン抱えて仕事してんだ。
この心臓がイカレて いつぶっ倒れてもおかしくねぇんだ、オレの身体は。
少しは年寄りを労ってくれてもいいだろーが…。
こないだなんか、現場で、あのタイム・キーパーのババアが、
オレんとこまで ひょこっと来て、
『もう引退したら』
だってよ。
バカ言うんじゃねぇ、引退なんてのはオレが決めることだろーが。
なにをやって食べてようが、こっちの勝手じゃねぇかよ。
そーだろ?」
   
てな具合で、かつて、その少年時代、
物心ついた時は既に、遊び場が “昭和の日活撮影所”だった
という芸能ブローカーは、
生涯、その仕事から足を洗うことはない…に違いない。 
芸能ブローカーは云う、
   
   
「ほかに生きようがねぇだけだからな。」
   
   
   
   
   
   
   
                                   
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