鉄砲百合と芭蕉菜と、ひとつの終焉 | ーとんとん機音日記ー

ーとんとん機音日記ー

山間部の限界集落に移り住んで、
“養蚕・糸とり・機織り”

手織りの草木染め紬を織っている・・・。
染織作家の"機織り工房"の日記

食行身禄の里-鉄砲百合の花-01



 今、食行身禄の里では、鉄砲百合の花が、夏の終わりと秋の訪れを告げています。

 白い鉄砲百合の花が、草叢の中に隠れていたりするので、見つけたときには、ちょっとうれしくなります。

 ただ、群生する姿を見たいものだと思いますが、この蕾を、鹿が食べてしまうので、咲き誇る姿が少なくなって、集落の中で疎らに咲いています。


食行身禄の里-鉄砲百合の花-02


 今年は、なんだか不安定な気候で、秋も早いかもしれないなと予感していたので、予定どうりに、早めに養蚕も無事に終えることができた。
 桑畑を見回っていても、硬くなってきているような葉っぱが多くなってきた。やっぱり、夜は寒くなってきたから、植物は気温に敏感に反応する。
 去年良かったから、今年もその通りに・・・は通用しない。

 肌の感覚と予感で気候を読むなんてことは、言うのは簡単だけれども、
そう簡単にできる訳ではないよね。
ことしの良かったところの勘所を覚えておこう。

 合間合間に、養蚕の後片付けも、やらなきゃいけないから、
時間を見つけて、山村生活ぎゃらりーの方へ行く。
 桑畑の手入れも、まだまだ残っているし、鹿囲いの補強もと、……
養蚕が終わったからと言って、作業が終わるわけでもなく、
何とか、寒くなるまでには終えておきたいと思っているのだけれど、
予定どうりに行くかな。?

 山村生活ぎゃらりーの方まで行ったときに、
ぎゃらりーの前の畑が、きれいに片付けられていることに気づいた。


限界集落の耕作の衰退-01


 「なんだか、寂しいね。」そう思うとため息が出る。
鹿囲いの柵も網も、きれいに取り払われて、畑の土だけが夕暮れの中に座り込んでいた。
 知らない人が見たら、きっと、新しく何かを植えつける準備をしているのだろうと考えるだろうけれど、……。
 この畑は、近くの老夫婦が丹精こめてつくっていた。
おいしい野菜をつくって、地元の農協などにも出荷していた。

 けれども、今年になって、奥さんが、二度ほど倒れたことから、畑の耕作規模を少なくして、自分たちが食べる分くらいにするのだそうだ。

限界集落の耕作の衰退-02



 わたしも、野菜を頂戴したことがあるし、野菜が足りないときに、すこし売ってもらったこともある。
 そして、なによりも、ふたりでなさっている畑仕事の様子を見るのが好きだったから、山村生活ぎゃらりーからその姿を見ることができなくなるのは、やっぱり寂しい。

 食行身禄の里で栽培されていた芭蕉菜は、この御夫婦の家で栽培されていたものが一系統と、他に2系統の、合計で三系統のものがあることが確認できて、種子も確保できたということだから、八幡地域活性協議会さんが中心となって、栽培され続けてゆくことだろう。

 あたらしものが始まって、その反対側で終焉を迎えるものがあることなんて、知っている。「あたりまえでしょう。」そういうことだけど、なんだろうな、この気持ち。

 ひとつの終焉を傍観者として見守りることしかできないことも、なかなか言葉にならないつらいものがあると気づく。

食行身禄の里-鉄砲百合の花-02