フリーな立場で、仕事の合間を縫って行っているから、チームで手分けして効率よく進めるようなわけにはゆきません。
風穴蚕種をやっていたところがあるという情報を、最初に耳にしたのは、もうかれこれ3、4年前のことだったでしょうか。
それから、史料や文献を見るたびに、気にかけてみるようにして、少しづつ情報収集を積み重ねてゆくと、三重県では三重県蚕業取締所から免許を受けて蚕種冷蔵保存を行っているところが、風穴保存所で三箇所、氷庫保存所で二箇所があったことがわかりました。
また、風穴保存所は、名賀郡に一箇所、一志郡に二箇所という、うちわけでしたが、一志郡の二箇所のうち、一箇所は幾人かのひとが知っている場所だったのですけれど、もう一箇所のことがわかりませんでした。
二週間ばかりの時間がかかった事前の史料調べの後に、知り合いの方を通じて、風穴のことをご存知の方がいらっしゃらないかと聞いていただいたところでは、あまり芳しい応えは得られませんでしたが、fieldworkを行うエリアが絞り込める情報をいただきました。
単に、昔、蚕種を保存していた風穴だったと伝わる場所の写真を撮って、既知の簡単な情報を書き添えれば調査終了…ということなら、とっても楽なのですが、まさかそんな訳にはゆきませんから、まず根気よくばらばらになって散在している情報を拾い上げてまとめる作業から着手します。
fieldworkといっても、すぐに聞き取りを行うわけではありませんので、幾度か集落に出かけて、景観から読み取れるものから、イメージをデザインしてゆきます。
急な斜面を這うようにつくられた古くからの道。
ひと、二人が行き交える程の幅。
荷車が使えるような勾配でも巾でもありませんから、担ぐ、荷う、背負うなどの方法で荷物を運んだ生活が浮かびます。
この集落の上にある隣の集落へ向かって道を辿れば、巖のうえに、ちょこんと据えられた石造りの祠がありました。
祠は、集落の“外”の方向(西)に向かい、参るひとは東に向かって拝む形になっていました。
一日や季節ごとの風の方向変化、陽あたり、気温、水の流れ……
いきいきとした暮らしの姿を辿る為に、
物言わぬものたちの、語る言葉を聴きにゆきます。



