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神楽坂、気になっていたBARへ行った。

ビルの2階。
不思議な名前の店である。8時前、まだお客さんは他にいなかった。
待ち合わせの時間潰しのつもりであった。

私は地理が好きで旅が好きで、きっとその逆であろうけれど、前々から理屈をこねて酒を飲んできた。

今宵のBARは、ウィスキーとワインが得意なBARで、カクテルの勉強をしてきた私にとっては出鼻を挫かれる思いがしたが、1時間ながら楽しい思いをした。

マスターが非常に蘊蓄のある人で、酒と地域、酒と土、酒と水、酒と湿度、酒と植物…さまざまな酒を構成する上での要素を教えてもらった。

理屈は私も大好きで、とくに地域性のような話では傾聴せざるを得ない。

今みたいな流通が確立する前、酒はそもそも地元の人に飲んでもらうためにあった。
つまりは、その土地の食事に適合するように酒は造られているわけである。

地産地消とは、そもそも道理であって理解できる人に理解できるものが生まれるわけで、それが調和するかどうかは、もっと環境決定的なのだ。

洋酒に限らず、日本酒も焼酎もそうである。マスターはそう言った。
なるほど、新潟の片田舎にある居酒屋に行ったら、西日本の酒は出さないであろう。鹿児島の酒場でそば焼酎は出ない。

……

BARではメニューを出さない店がある。
何故なら…
バックバー(バーテンダーがいる背後の酒の並んだ棚)がメニューなのだ。
ここに並んだ銘柄が、出せる酒=マスターの揃えたオリジナリティであって、飾りではないのである。

酒を知らないなら、知ったかぶりはしないほうが良い。
わざわざBARのカウンターに立っているバーテンダーの方々はプロフェッショナルである。専門知識を持った人々である。

自分が今、どのくらい酒を呑んで、どの酒が旨かったか。
今宵の気分はどうなのか。
どんな酒を味わってみたいのか。
それを教えてくれる。

それがBARの楽しみだ。

……

非常に面白い話があった。
“店の前に人は平等ではない”
一見と常連は違う。
どうお金を使うかで、お客の立場は異なる。良いお客さんか、さにあらずか。

酒場は万人に平等なサービスではないのだ。一回こっきりか、何度も来ているのか。

水商売の方々=お客様が神様な人々とお酒を呑んでいることを忘れてはならない。

ナルホド。

独りの酒。
この楽しみ。幸せであろう。
己のプライオリティでこれをいつまでも掲げている内は、なかなか私の人生に大きな転機はこなさそうである。

10月に山陰を旅した。

今回は京都府ではあるが日本海に面した丹後の国で北近畿タンゴ鉄道が由良川にかかる鉄橋と、但馬の国で架け換え途中の余部鉄橋を見、さらにその間にある加悦という町に行ってみたい。北近畿タンゴ鉄道の野田川という小駅から谷に沿って数キロ遡った小さな街には小さくも充実したSL広場があり、古い町並みを残すという。



裏道・横道の王道-由良川橋梁を眺める


会社が明けたら浜松町から夜行バスで西舞鶴へ着き、西へ進路を取りながら一泊し、翌日20時までには東京へ帰ってこようと思う。次の日は仕事である。


裏道・横道の王道



私の旅は鉄道が中心で、乗合バスが補完するというパターンが多い。すると時刻表と首っ引きになる。時刻表ではわからない部分はインターネットで調べる。便利になったと思う。

今回はひとり旅である。私はかなり無理をするし、直感で路地に入ったり、本屋に入ったりするので同行者が面倒くさがる。彼らが直接的な表現をしなくても、当方は遠慮をするから結果は同じことになる。

旅の楽しさの要素で大切なのは、予測範囲外での失敗と成功である。自分一人ならば失敗して、仮に寒い目や散財することになっても自業自得だからかまわない。けれども同行者がいればそういうわけにはいかない。構わないよと笑ってくれても、幹事としては気を揉む。

一方成功といっても、ギリギリな接続をうまくいかせるために構内を疾駆したり、写真を撮るために寒風に晒されたりして喜んでも、個人的な成功だから、相手はかえって腹を立てる結果になる。

そんなだから、同行者がいるときは欲張らないし、そもそも複数人での旅の楽しみはもっと別な場所にある。

というわけで、昼間は好き勝手に独りで行動して満足するのだが、夜は寂しい。ひとりで女将が部屋まで運んでくれる夕餉の膳に向かうのは部屋が暖かくても涙が出そうになる。


裏道・横道の王道


だからビジネスホテルに荷物を置けば即座に街へと消えることになる。
すると、街がある程度大きくないと困る。一件目で腹ごしらえをして、二件目で夜が更けるのを待ちたい。
そのためには適当なビストロがあって、カウンターがあるようなバーが何件かあるような町に泊まりたいと思う。
夜になって明かりが落ちて、あたりが暗くなれば寂しくなって人恋しくなる。
というわけで私は今回、鳥取県鳥取市に泊まることにした。

ただ、10月末となれば日も短くなってきて、初日最後の順番になる余部鉄橋が明るいかどうかが心配の種で、ここが日程編成上の鍵であった。
暗ければ降りてもよくわからないし、奮発して買った一眼レフカメラで鉄橋を渡る列車を撮影したいと思っている。
山陰本線の香住~浜坂間は列車が少ない。一時間に一本弱だから、上下あわせれば一時間居れば少なくとも一本は渡る列車を見られる。
なんとか日没一時間前には余部着が目標であった。


このためには遅くとも城崎温泉発14:57に乗らないといけない。この列車の餘部着が15:40で、次の列車だと16:59となり太陽がおぼつかない。
逆算してゆくと、野田川発13:30【タンゴエクスプローラー】→豊岡着14:23/豊岡発14:26→城崎温泉着14:36となる。


ところが、加悦から野田川に引き返すバスを調べると、野田川着13:41となり辛くも間に合わない。このバスは2分後にやってくる各駅停車に接続しているが、このまま乗り継いだのでは餘部着16:59となってしまう。
自分が渡っているときはかろうじて明るくても、待っている間に暗くなってしまうかもしれない。何とかこの一本前に乗らなければならない。そのためには、加悦からの帰途に奇跡を起こすしかないのだ。


加悦は丹後縮緬の街で歴史が古い。タクシーがあることは調べた。タクシーで野田川へ戻ればよい。そう思っていたが、散財ではある。なんとかならないかとインターネットで街の観光案内を見ていたらレンタサイクルがあるではないか。しかも加悦を擁する与謝野町内のポイント毎で乗り捨てが可能だという。野田川駅でも可能であった。


野田川から加悦へのバスはSL広場までいかずに役場止まりだが、役場に隣接する観光協会で自転車を借りられる。SL広場は谷を1キロほど遡った場所にあり、ここまでは登坂でシンドイかもしれないが帰りは下りだ。

返却は野田川駅でやればよい。加悦鉄道の跡はサイクリングロードになっているから距離は加悦鉄道の営業キロと同じで6キロ強、時速15キロでは走れるだろう。30分みれば充分だと思われる。行きのバスが加悦役場前に着くのが10:54だから、2時間近くの滞在が可能で十分な時間がありそうだ。


ところが加悦に着いた段階で妙なことになった