213号室

213号室

時々 気まぐれに更新

HR/HM

洋楽好き。

デス、グラインド、ブラック、プリミティブ
インストルメンタルロック、パンクやメロコアも。


『FALL』観ました。


ネタバレなしです。


あらすじ


クライミング中の事故で夫・ダンを失ったベッキー。

1年経った今も亡き夫の面影を追い、家族や友人にも心を閉ざしたまま。


そんな彼女を見かねた動画配信者の友人ハンターは、ベッキーを元気づけようと、古いテレビ塔への登頂に誘います。

気の進まないベッキーでしたが、夫の死を乗り越えるきっかけになればと決意し、挑戦を受け入れます。

しかし――高さ600mの頂上で足場が崩れ、二人は降りられなくなってしまう。


スマホの電波も届かず、助けを呼ぶ手段もない。

極限状態の中、二人は生き延びる方法を探し始めるのだが――。




高所恐怖症でなくても思わず足がすくみます。

助けを求める手段がことごとく失敗に終わり、希望が少しずつ削られていく様子は、見ている側の心まで蝕んできます。

緊張が張り詰めたまま進むこの作品は、心理スリラーと呼べるジャンルかもしれません。


あらゆるところに伏線が張られ、その回収も見事。

そして、塔の頂上で明かされる“友人ハンターの秘密”。

逃げ場のない状況での衝突と、協力せざるを得ない関係。

怒りを押し殺しながら理性を保とうとするベッキーの姿には、鬼気迫るものがありました。


ヴィンチェンゾ・ナタリ監督のカナダ映画『CUBE』では

閉ざされた空間で精神的に追い詰められた人間同士が

ぶつかり合う場面がリアルに描かれました。


人は極限状態に置かれたとき、本性がもっとも鮮明に現れる。


力で支配しようとする人。

精神的に攻撃する人。

無気力で非協力的な人。


ストレスがかかったとき、八つ当たりしたり、理不尽に怒鳴ってしまったり。

一度スイッチを入れてしまえば、もう戻れない人もいますよね。


よく「その人の本性を知りたければ、渋滞中の車内か山登りを見ろ」と言われますが、まさにそれです。


予期せぬトラブルに直面したとき、

精神的にも肉体的にも負荷がかかる中で、

どれだけ冷静に、周囲を思いやりながら行動できるか。

その人の“人間力”が試されるのだと思います。


怒りを抑えるのは簡単ではありません。

けれど理不尽な状況に出会っても、

相手の背景や事情に思いを巡らせ、落ち着いて対応する。

それは強さであり、優しさでもあります。


「自分の機嫌は自分で取る。

 人に取らせてはいけない。」


この言葉を、改めて心に留めておきたいですね。


『FALL』で描かれるのは、まさにその試練の連続です。

一つうまくいっても、また一つ失敗する。


体力も気力も限界に達する中で、視聴者さえ気づかなかった“ある真実”が明らかになったとき、この映画の本当の恐怖が姿を現します。


まあ、そりゃ無理だよなw と思うシーンが映画の都合ではなかった様で、しっかり伏線が張られていました。


ベッキーの選択、生きるための知恵と決断には、

深い勇気と執念が感じられます。

亡き夫への想いと「生き抜きたい」という願い。

美しくも切ない。


それにしても、あの無機質で錆びついたテレビ塔の存在感。めちゃくちゃに怖い。。




FALL/フォール」をU-NEXTで視聴







「ネットは広大だわ」


攻殻機動隊 -ghost in the shell-に登場する草薙素子のその言葉が生まれたのは、まだ誰も“ネットの中に生きる”ことを想像していなかった90年代。


あれから30年あまり。いまや私たちは、ネットと共に呼吸をしているような時代に生きています。


AIを搭載したアプリは、日常の中にすっかり溶け込みました。

OpenAIのChatGPT、MicrosoftのCopilot、Apple Intelligence、GoogleのGemini。など様々。


スマートフォンさえあれば、誰でもその力を使える。

まさに、未来が日常になった瞬間です。


画像を描き、言葉を紡ぎ、資料を整える。

AIはまるで、人の思考を静かに補う存在。


仕事だけでなく、迷いや不安を打ち明けたときさえも、理路整然と、けれど少し不思議な優しさで答えてくれます。


私はITの世界にいますが、効率はかつての比ではありません。

時間をかけていた資料作りをAIが手伝い、要約や分析は数秒で形になる。

効率のいいコーティングを考えながらコーヒーを買いに行く余裕すら、AIは与えてくれないのです。


けれど、便利さの裏で、見過ごせないこともあります。


AIは「悪意」にも使えてしまう。


著作権を無視した画像生成や、誰かの顔を無断で使った偽りの映像。

法が追いつかないまま、現実はどんどん先へ進んでいます。

真実を見極めることが困難になる時代の到来。


そしていつか――

心が抜け落ちた「血の通わないコンテンツ」が

世界を埋め尽くす日が来るかもしれません。


AIが間違いをなくし、矛盾を排除していくほどに、

人間らしさはどこへ行くのだろうと、ふと思います。

無駄や失敗の中にこそ、魂が宿るのに。


どんな作品にも、そこに込めた想いがある。

それは、すでにこの世にいない人の写真や言葉にも宿っています。


AIが故人を甦らせる映像を作り出すたび、

それが誰かの慰めであると同時に、

祈りや敬意がなければ、冒涜にもなってしまう――


人類はとんでもないものを手にしているのではないかと。

技術の力と、人の心のあり方を、あらためて考えさせられます。


人には「無駄」が必要です。

うまくいかない日も、遠回りも、すべてが成長のチャンスであり、完璧を追い求めすぎるほど、心は固くなってしまう。


2001年に発売されたPlayStation2の作品『メタルギアソリッド2:サンズ・オブ・リバティ』の中で語られた言葉。


「検閲されたそれぞれに都合のいい“正しい言葉”だけが世界を満たすとしたら――」


その様なニュアンスだったと思います。


あの時代に描かれた“情報の選別と統制”というテーマが、いま現実のものとなりつつあります。


20年以上前に予言された未来が、静かに、私たちの目の前に現れ始めているのを感じます。


そしてもうひとつ、忘れてはいけないこと。

ネットに流した情報は、二度と消えないということ。


写真や言葉は複製され、どこまでも拡散していく。

だからこそ、自分の姿を発信するときは、

その先にある“見えない誰か”の存在も感じてほしい。


「公開された情報は常に監視されていると思った方がいい」

――ゴルゴ13『情報遊戯』の中に登場する技術者の言葉です。


少し怖いように聞こえるけれど、

それは警告というより、知恵のようなもの。


信じる人たちを守るために、

私たち一人ひとりが優しさと慎重さをもって、

ネットという広大な海に立ち向かっていけたら――

AIと人はきっと、共に幸せに生きていけると。


……と、ここまで珍しくまじめに語っておきながら、私は夕食の準備に失敗して、外食に切り替えて餃子の王将で好きなものを食べていました。


結果、かなり満足しています。


失敗も悪くないですよね?





人と人の関係の中で、

「安心できる」と感じる瞬間があります。


その感覚はとても自然で、でもよく考えると不思議です。


安心感とは信頼であり、

信頼とは安心でもあります。

まるで表と裏のように、互いが支え合う関係。


信頼は、日々の小さな安心の積み重ねで生まれ、その積み重ねがやがて「信用」へとつながっていきます。


たとえば、

「この人、自分の心配をわかってくれている」と感じるとき、相手はあなたの声のトーンや表情の変化をちゃんと見てくれているのかもしれません。


そうやって、言葉の奥で「安心していいよ」というサインを送ってくれている。


そしてもし、自分が“安心を与える側”でありたいなら、相手から何かを知ろうとするよりも、

自分が相手の立場だったとき、ただ何か言葉が欲しいのではなく、自分の心の動きや不安に寄り添う、安心につながる言葉」それが大切だと思います。


安心があると、信頼が生まれ、

信頼があるからこそ、約束や言葉を安心して交わせる。


ただ、気をつけたいのは——

信頼は決して、オールマイティな許可証ではないということ。


仲が深まっても、過去の約束を軽く扱ってしまうと、その積み上げてきた安心は一瞬で崩れてしまう。


だからこそ、小さな積み重ねでできた信頼を、丁寧に守りたい。


大切な人と安心を与え合える関係でありたいですねウインク





ロードバイク購入までの道のり


お久しぶりです。
前回から気づけば1年以上が経ちました。

たくさんの「いいね!」をいただき、とても嬉しかったです。ありがとうございます。
続きを楽しみにしてくださっていた方に、ようやく書けます。


クロスバイクを乗りこなしてみて


ロードバイクにビュンビュン抜かされるようになり、ふと考えました。
「自分はクロスバイクを十分に乗りこなせたのか?」と。

まだ数か月。存分に乗ったとは言えません。
クロスバイクの良いところは、スポーツ用途だけでなく街乗りにも使えること。
スタンドもあり、リュックを背負えば買い物にも行ける。
気軽に乗れて性能も高く、日常の移動には十分満足していました。


ロードバイクの“専門性”


ではなぜロードバイクに惹かれたか。
それは「走りに特化した専用機」という点です。

速く走るためだけに設計されたフレーム、軽量素材、精密なコンポーネント。
性能も見た目も美学そのもの。こういう世界に心をくすぐられないわけがありません。

それからというもの、SNSで愛車を眺め、メーカーサイトを漁り、フリマアプリで検索する日々。
最初は中古やオークションで買うつもりでした。型落ちなら安いし、近道だと思ったんです。


中古で買うことの難しさ


ある日、2005年モデルの有名メーカーのロードバイクを某オークションで発見。価格は5万円台。
見た目も好みで、コンポーネントも上位グレードに交換済み。

「これだ!」と思いましたが、調べるうちに気づきました。
中古購入では、自分の体格に合うサイズかどうかが重要。
合っていないと体を痛める。見た目が綺麗でもフレーム内部にダメージがある場合も。
つまり、中古を選ぶには「見る目」と「経験」が必要です。
プロが整備した中古車なら安心ですが、個人間取引では難しい。当時の自分には判断力がありませんでした。


専門店へ


ロードバイク探しは振り出しに戻り、「どこで買えばいいのか…」と迷いました。
専門店はハードルが高く感じ、
「専門用語で説明されたら怖い」
「見に行ったら買わなきゃいけない雰囲気になりそう」とネガティブに考えてしまいました。

でも考え直しました。
初心者なんだから、知らないことは素直に聞けばいい。納得してから買えばいい。
そう思い直して、お店を探しました。


運命の出会い


ある日、いつも素通りしていた道にスポーツバイク専門店があることに気づきました。
外から見ると、壁にずらりと並ぶロードバイク。
「ガチ勢のお店」といった雰囲気で、店内は狭く入りづらい感じでした。

数日迷った末、夕方にホームページを確認し、勇気を出して入店。
ガラガラ――。
店内には店長と思われる方と先客が一人。
視線がこちらへ――少し緊張。
「いらっしゃい!」
明るい声に救われました。





初心者に寄り添う店長さん


完全な初心者であること、ロードバイクに興味があること、予算を伝えました。
すると、入店時に「かっこいい」と思った車体を紹介され、
「サイズも合ってるし、レースにも出られるスペックだよ」と言われました。

まさか自分が“レース”なんて、と笑いましたが、胸が高鳴ったのも事実。
しかも定価よりかなり安くしてくれるとのこと。

自信なさそうにしていると、店長はこう言いました。
「ロードバイクといっても、エンジンは人間だから。固く考えず、緊張しないで。」

その言葉が温かく、長く話すうちに「この人から買いたい」と思うようになりました。


そして購入


その日は一度保留にしましたが、3か月後――ついに購入。
組み立てに一日かかるため、翌日受け取り。
フィッティングをしてもらい、変速の練習をして、
ワクワクしながら家に持ち帰りました。



TREK émonda



次回は

ロードバイク(走行・管理編)です。

 

<テーマ>


 ・盗難対策


 ・ビンディングペダルへの交換





ある日、突然火がついてしまったんです。

スポーツ自転車――ロードバイクに。


寝ても覚めても頭の中はロードバイクのことでいっぱい。

その憧れは日に日に強くなり、ついに手に入れることに。

今回は、その“購入に至るまで”の話を少し遡って書いてみます。笑


自転車との出会い


小さいころから自転車が大好きで、どこへでも走って行く子どもでした。

ただ乗っていたのは、いつも街乗り用の普通の自転車。

“スポーツ自転車”の存在は知っていても、特に興味はなかったんです。


唯一覚えているのは、小学生の頃にホームセンターで見つけた

“スポーツ自転車風”のマウンテンバイク。

親に無理を言って買ってもらい、文字通り乗りつぶしました。


中学では普通のシティサイクル。

そして高校に入ると、なぜか“ママチャリ”にハマるんです。笑



思春期のママチャリ美学


思春期って不思議なもので、

ギアもライトも最低限、何も飾らないママチャリが“粋”に見える時期があるんですよね。


寒い日は軍手。

傘はビニール一択。

どんな雨でもレインコートは着ない。

学校まで10km、到着する頃には川から上がったみたいにずぶ濡れ。笑


便利さを避けて、あえて不便を選ぶ――

それがなぜか“カッコいい”と思っていました。



現実的な選択、そして再びの転機


進学する頃には、さすがに現実的になっていました。

泥除けも荷台もついた20kg級のシティサイクル。

それでも10年近く乗り続けて、自然に破壊するくらいに乗り潰しました。


次にやってきたのは、仕事の賞品でもらった折りたたみ自転車。

スピードは出ないけれど、取り回しが良くて便利。

これも7年ほど愛用し、次の愛車へと引き継がれていきます。



クロスバイクとの出会い


そして、自転車ライフに大きな転機が訪れます。

――クロスバイクです。


家の前をビュンビュン通り過ぎるロードバイクたちを見て、

「ちょっとかっこいいな」と思ったのがきっかけ。


でもロードバイクは敷居が高そう。

そこで、より手軽に始められそうなクロスバイクを選びました。


閉店30分前の自転車屋さんに駆け込み、

独自ブランドのクロスバイクを購入。お値段28,000円。

ロードバイクの価格を見てひっくり返ったので、即決でした。笑



初めて感じるクロスバイクの風


スチールフレームで13kgと重めながら、

ママチャリよりずっと軽い。

前傾姿勢に少し戸惑いながらも、ワクワクしながら受け取りへ。


リア7速のシマノ・ターニー搭載。

初めてトップギアで踏み込んだ瞬間――

風の音、タイヤの唸り、流れる景色の速さ。

それまでの世界とはまるで違って見えました。


「うわ、これだ。」

心の底から感動したのを今でも覚えています。


それからというもの、仕事終わりに毎日走り回る日々。

スマホアプリで距離や速度を記録し、

新しい道を見つけては走り抜けるのが楽しくて仕方ありませんでした。



そして、次の憧れへ


数ヶ月たった頃、気づいてしまいました。

同じ道を走っても、ロードバイクにはまったく追いつけない。

スピード、フォーム、音――すべてが別次元に見えました。


「ロードバイク、いっちゃうか?…」


巷では「クロスバイクに乗ると、すぐロードが欲しくなる」と言われますが、まさにその通り。

まさか自分がそうなるとは思いませんでした。笑


続きは「購入編」で――。