ちょっと怪しい「牛乳売り」が目の前の道路に来る。


不定期に来る。


毎回観察しているが、購入する人を全く見ない。

一度も誰かが買っているところを見たことがない。



しかしそれも全く不思議ではない。

なぜなら、こんな都会のど真ん中に
車両販売の牛乳屋がやってきても
誰が買いたいと思うのか?というところである。



以前こんな話を聞いたことがある。
さおだけやとか、その他、車両で回ってくる各種販売は
本当に物を売ることが目的なのではなく、
探偵であったり、他の調査の目的であったり、
宗教団体であったりするのだ、と。


さおだけやは何故儲かるかという本を読んだことがあるが、
そのからくりも面白かったのだが
この牛乳屋に関しては他に目的があるとしか思えないのだ。


もちろん

本当に牛乳を売っているのかもしれない。


でも同時に他のことをやっていないとは誰にも言い切れない。




今日も謎の牛乳屋はやってきた。


そして20秒程も停止しただろうか、

あっという間に去っていってしまった。


本当に売る気があるのなら

もう少し放送したり、その場に留まりはしないだろうか?



うーむ、

謎は深まる。


次はちょっと、自分で買いにいってみようか?




他人や初対面の人とすぐ目の前で喋ったり、

何かを訊ねたりする際に、


人には

「自分の周りにある種のプライベートな空間を作り、

他人と距離を取る」


ということを自然とやっている。


もちろん家族だの恋人同士という関係なら別で、

顔と顔がくっつくほどの距離で喋っても平気なのだが、

他人とは「普通の感覚を持つ人であれば」

必ずある程度の距離を取って

離れてしゃべるはずである。


特に私、

他人と至近距離に近づくのは本当に苦手。


なんかの心理学だかで読んだが、

3m以上だと他人、

1m以内で友人、

それ以下になると恋人かまたは家族でなければ

人が自分に近寄ることを自然と身体が拒否し、

近づかれたら後ろに下がってしまうのが

普通の感覚なのだ。


みなさんだって職場の上司と飲んでる時より

親しい同僚の方が隣り合わせに座っても

居心地が悪く感じないと思うし、


恋人となら絶対に嬉しいはずの

バーなどのカウンターでの横並びの席。


知り合ったばかりの友達と

横にならんだ席でまじまじと目を見合って

50センチくらいの至近距離で話すのは

絶対に違和感を感じるはずだ。




先日、ある家電量販店でアイロンを買おうとしたら、

そこの担当店員が必要以上に私の目の前に近づき、


本当に何かの歌のセリフじゃないが

「息がかかるほど~そばにいて欲しい~♪」


っていうくらいものすごい至近距離で説明してきやがった。



そんなに顔を目の前に近づけられたら

ろくに説明も頭に入ってこないし、

それこそそいつの息がかかってこないように

こっちは必死で遠ざかろうとしているのに

私が後ずさりすればするだけ

その女は近寄ってくるではないか。


こういうのは本当に困る。


そこは誰もが知っている大手のBカメラなので、

少しそういう教育もするべきじゃないのか?

店員と客だって他人同士なのだから、

最低限の距離というものをやぶってしまったら

中には私のように不快感を感じる人だっているからだ。


やたらと近づけば心を許して

買ってくれると思うのは大間違いだ。



今日は銀行で同じことがあった。

ちょっとしたことで説明を聞いたら、

それを受けた行員が

これまた恐ろしく顔を近づけて話し掛けてくる。


これで相手に口臭があったりしたら

最悪の最悪なのであるが、

幸い彼女は臭くはなかったのだが

それにしても

私の顔との距離は恐らく15センチあるかないか。


これから私とキスでもしようってのか!!??

っていう近寄り方で、

私は思わず結構あからさまに彼女を避けてしまった。


しかし彼女はそれが癖らしく、

全く動じずに私が避けた分だけ近寄ってくる・・・


うううう。

こういうときどーすりゃいいんでしょうね。

もうひたすら説明をはしょって

「わかりました、もういいです」って感じに

尻尾を巻いて逃げる他に手は無い。


私はろくすっぽ説明を聞くことすら出来ず

彼女から逃れたいと思うだけで精一杯だった・・・



そういう

「普通なら絶対に常識としてわかっているはず」


のことが出来ない人って、いるもんだなーと

変に感心してしまったよ・・・



それにしてもそれ、

多分毎日彼女達は繰り返しているわけだから


誰か教えてやれよ・・・




ジブリ美術館に行ったことがある方はご存知かと思うが、

中にある小さな映画館で15分程度の短編映画を上映している。



そこで短いながらも素晴らしい作品を鑑賞していたら

1人で歩けるようになったくらいの男の子供が

最初ドカドカと足で椅子を蹴り、そのうち

ばたばたと階段を昇ったり下りたりはじめた。


狭いスペースだけに、非常に足音が響き、

また子供の無遠慮な歩き方ゆえ、

ものすごく異常な音が会場内に響き渡り、

中で鑑賞していたほとんどの人は

「何事か?」とその子供を一斉に見た。



最初、親が止めるだろうと思っていたのだが、

誰も子供を静止する様子がない。


まさかそんな2歳程度の子供が1人で美術館に来るはずもなく

間違いなく親はどこかにいるはずなのだが、

一向に子供を静止する様子がみられない。



観客はついその大音響の足音と、

子供の動向に目を奪われ、

8割方の人は子供ばかり見てしまい、映画を見ていない。


するとやっと親らしき奴が

一度だけ子供を抱えて席に戻っていったのだが

そんなのはほんの一瞬の話、

子供はまたすぐに立ち上がり何度でも階段を上り下りし

そのたびに騒音でみんなが眉をひそめているのに

親は完全に無視。


無視というか放置したまま自分だけ映画を見ている。



こういう親がいるからとんでもない子供が育つのだ。


親が叱らずして誰が子供を形成していくのか。



「まだ言ってもわからない年だから」とか

「言ってもどうせ聞かないから」

という言い訳をよく聞くが、


私が知っている限り子供はちっちゃくても

ちゃんと人の言葉を聞くし、理解する。

小さいからといってそんなにアホではないのだ。


もしもまだ理屈がわからない年だと言い張るのならば

じゃあ、

公共の場所では、親は勇気をもってその子を連れて

外に出るべきである。

自分が犠牲になるのは子育てにおいて当たり前のこと。



例えば映画の上映中にどうしても咳が止まらなくなれば

私はそこをたって外に出るだろう。


それが公共の場でのマナーだからだ。



製作スタッフに敬意のかけらもないそんなアホ親のせいで

ほとんどその場にいた観客達は

あの映画の途中の場面を見ることが出来なかった。


私もその事件に目を奪われた間のストーリーは

全く覚えていない。



そんなに映画が見たいのなら、誰かに預けるなりしてくればいいし

預ける人がいなければあきらめる。

それが親だ。

自分の欲望も叶え、子供もキープなんて

都合のいいことは考えるべきじゃない。



子供は産みっぱなし、

適当にやってても勝手に育ってくれる、

この調子では将来の日本は今以上にニートなりなんなり

自分で自分の生活も出来ないようなどうしようもない人間だらけになる。



犠牲になる精神もないのに

後先考えずに子供を産むな。


ちゃんと覚悟してから子供を持て。




朝のニュース系番組で、


会社の内部告発をしたがために、窓際に追いやられてしまい、

30年以上も仕事を与えられなかった、という会社員の方が


訴訟に勝訴して一応は和解となったが

結局ろくな仕事をさせてもらえないまま、

今日、定年を迎える、という話題を扱っていたのだが、



よくわからない「実態のない部署」に追いやられて

誰もいないその部署に意地で通いつづけたその人が

最後の日である今日も1人その会社にいるところを

実況中継で電話をつないで話を聞こうとしたそのとき、


女性アナウンサーが思わず


○○さん~、どうもおはようございます、


『お忙しいところすいません!!』



・・とその人にスタジオから声をかけるのを

私は見逃さなかった。



お忙しいところ・・って。




仕事を与えられず、暇との戦いの末

やっと本日定年というその人に

「お忙しいところ」


は、皮肉だろ・・・・




連休中、甥っ子(←妹の子供)を連れて新宿界隈で買い物。


私は子供に全く縁の無い生活を送ってきたので、

妹に子供が出来るまでは

「子供って世間ではどういう扱いを受けているのか?」


ってのを全くと言っていいほど知らなかった。



甥っ子を連れて歩くようになって初めて

「いかに大都市が子連れのお母さんにとって優しくないか」


ということを思い知り、毎回腹を立てている。




とあるデパートのエスカレーター。


子供は当然、手をつないで乗せなくては危険である。


甥っ子はまだ4歳になったばかりで、

乗り降りの時も簡単にコケるし、

とてもじゃないが、1人で立たせることは不可能。


そんなわけで妹が甥っ子の手をつないでエスカレーターに立ち、

その後ろに私は1人で立っていたのだが、

子連れは荷物も多いし、2人で立つだけでもちょっと幅を取るわけで

他の人が横を通る隙間はなくなる。



今みなさんもよく、エスカレーターの片側(主に右側)を

急ぐ人が駆け抜けていくというのを見ていると思うが、

(或いは皆さんもそうやってすり抜けていると思うが)


私の横まで詰めて下りてきた男が妹の横をすり抜けたいのに

すり抜けられずイライラしている様子。


横をすり抜けたい若者にとって子連れは

「邪魔な存在」らしい。


そのイライラを募らせた彼は、

こともあろうに妹をつきとばしてすり抜けていったのだ。



デパートの放送で

「お子様連れのお客様は、お子様を中央に立たせ、云々・・」

という放送が流れるが、

実際問題エスカレーターで子供を真中に立たせたら

このケースのように

急いでいる奴らにがんがんぶつかられることになり、

そのほうがよほど危険。


当たられたのが妹だからまだいいものの、

彼は4歳の子供にも体当たりしてすり抜けていくんだろうか。




突き飛ばしたあと、下を歩くその男と

私も妹も目が合った。


私はその彼の行動にむかっと来ていたし

後で聞いたら妹もむかついて睨んでやったそうだが、

こともあろうにそいつはこちらを睨み返してきた。


「俺様が通るために右側をあけるのがマナーだろ」


とでも言わんばかりに。




そもそもエスカレーターというのは

社会的弱者・・子連れ、妊婦、身体の不自由な方々のために

階段を上るキツさを緩めてくれるアイテムであって、

健康な奴は階段を昇ればいいのだ。


辛い、苦しい人のためにこそ文明の利器はある。


ただ、弱者がそこにいない場合に限り、

お互いに譲り合って、急いでいる人を通してあげましょう、

という「譲り合いの精神」から

どちらか片方に立ちましょうという暗黙の了解があるわけで、


それを「我が物顔」で「当然の権利」と思うのは

大きなまちがいだろ。



君がいつか家庭を持つ日が来て、

配慮の無い大人たちに自分の子供が痛い目にあったそのとき、

はじめて「妹が何故睨んだか」を思い知るのだろう。

(いや、そんなマナーのなってない奴は

永遠に気づこうともしないかもしれないが。)


その男は背も高いし、20代前半くらい、

しかもハンチング帽なんぞをかぶって

かなりおしゃれな格好をしたイケメンだった。



外側がどんなにイケメンだって

中味がそれじゃね。


本当のイケメンっていうのは心も綺麗なのだから。





そいつにもう一度会ったら言ってやりたい本日の一言。



『そんなに元気があるなら階段を使え!!!!!』