先日、ネットのバナー広告を見てびっくり!!

「ん?この人はもしかして・・・。」


学生時代に一緒によく遊んだ友達のYちゃんが
はっきりくっきりとバナー広告に載っているのです。


当時、私は幾つものアルバイトをかけもちしていました。
そのアルバイトの中でも、特に高い収入だったバイトが
「キャンペーンもの」「イベントもの」というバイトでした。
そういった単発バイトで彼女とは何度か一緒に仕事をしました。

彼女はとても美しかった。
際立っていました。
あまりに美しかったので、誰もが直接彼女に声をかけるのを
ためらうほどでした。
当時からピン芸人のような妙な空気をもっていた私は、
皆が躊躇するほど美しいその女の子に普通に話しかけ、
食事に行き、いつの間にか仲良しになっていました。

20歳の時、彼女はある有名な雑誌のモデルにスカウト
され、(押切さんや山田さんが活躍している雑誌です。)
あっという間に超売れっ子になりました。
それでも彼女は何も変わりませんでした。
「にいさん、一緒にご飯食べよ~。」
東京から戻ると、こんな電話がかかってきました。
彼女とは家が近所だったということもあり、セバスチャンが
お腹の中にいる6ヶ月頃までお互いの家を行き来していました。

ある日、彼女は私にこう言いました。

「にいさん、モデルってな、寿命の短い仕事やねん。
 でも私、この仕事大好きやねん。
 できるんやったら、一生関っていきたいって思ってる。
 モデルとして一線で活躍できなくなったら、マネージャーに
 なるっていう方法もあるし・・。
 こんなにこの仕事が好きになると思わへんかった。
 私な、大阪が好きやから、どんなに東京の仕事が多くなっても
 ずっと通っててんけど、そろそろ東京に拠点を置こうかと
 思ってるねん。本気で仕事をしてみようって、この仕事に
 賭けてみようって、今は思ってる。」

彼女の決意に私は拍手を送りました。

彼女は、ただ美しいだけじゃない。

芯がある、根性もある、きっと素晴らしい仕事をする人に
なるだろうと、その時強く感じました。

セバスチャンを出産後、自分の予想を遥かに超える出来事が
次々起こり、華やかな世界に生きる彼女と連絡を取り合うことも
なくなりました。

あれから15年。


し、知らなかった!!
おっちゃんだから、ファッション誌なんて見ないもの。

彼女は今も現役で、トップモデルとして活躍していました。
女性だったら誰もが知っている有名なファッション雑誌の
表紙を堂々と飾っていました。
CMにもたくさん出ているようです。
(ネットで調べたら彼女についての記事が山ほど出てきました。)

水ものと言われるモデル業界の中で、現役でトップクラス。
ここがすごい。
重ねた自分の年齢もマイナスではなく、見事にプラスに
転換されています。
美しく温かい笑顔、素晴らしスタイル、15年前と
全く変わらない、いや、むしろそこに何とも言えない
深みも加わっていました。


・目標をもって「自分を信じて」前に進む

・継続は力なり


できるか、できないかは自分次第なのでしょう。



彼女の活躍は過去の決意があったからこそだと思います。


流行にかなりうとい私ですが、これからは書店で
平積みにされているファッション雑誌は必ず
チェックしたいと思います。(笑)


Yちゃん、陰ながら応援しています!!










半年ぶりに散髪に行きました。

セバスチャンは
「男子学生らしい髪型」
をキープしないと気がすまない男なので、
毎月1回は必ず美容院に行っています。
(じっと座っていられない幼児期からお世話になっている
 有難~い美容院です。)

切る時期も髪の長さも髪型にもこだわりのある男、
それがセバスチャンです。

私は、彼がきっちりカットに行くので、そのついでに
自分のカットもお願いしていましたが、セバスチャンが
ガイドヘルパーさんと外出を兼ねてカットに行くようになってから
というもの、伸び放題のボーボー生活になってしまっていました。
嗚呼、無精者・・・。
やっぱり私は「規則正しい人」に引っ張ってもらわないと、極めて
いい加減なのだと改めて痛感しました。

そんなこんなで、重い腰を上げて超久しぶりの美容院に
行ったのですが、やはり日曜日。かなり混んでいました。
まぁ想定範囲内です。

待って、カットして、毛染めして、パーマを終えるまでに
1冊本が読めると思ったので、読みかけの本を持参して行きました。




東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~



リリーさん、
泣きました。
まばらに、ちょっとずつ、微妙に、かぶってます。
遊びも、感覚も、ちょっとだけ境遇も。
(花札はやりませんけどね。)

「セバスチャンを生んでいなかったら
 あんたは絶対大阪にはいないよ。
 糸の切れた凧みたいな人間だったからね~。
 そういうところはお父さんにそっくりだよ。
 本当、女でよかったよ~。」

母や親戚の皆さんに何度もそう言われました。


うちだったら、

通天閣 
”オカンと大ばあちゃんとセバスチャン、時々、私とオトン”

って感じかなぁ?


今できることを

家族と一緒に

仲間と一緒に

毎日を大切に


当たり前のことですが、改めて。

興味のある方は読まれてみて下さい。



おっと、今からスーパーアグリのドキュメントがはじまります。

「組織はファミリーだ。」

アグリさんから学ぶこともいっぱいあります。

この人、すごいです。

琢磨さんを引っ張ったのですから。

では、テレビに集中します。(笑)

セバスチャンは基本的に無口です。
趣味の話や気になる語録など、ツボに入ると
なかなか楽しいロングトークができますが、
休日はビローンと伸びたゴムのような、岸に打ち上げられた
トドのような遠い目をしたお母んには、よっぽど聞きたいことが
ない限り話しかけてくることはありません。

・・・しかし、

今日は話しかけてきました。
「気になる」そして「納得できない」のだそうです。


セ「お母さん、どうしておれは1992年2月生まれなんだ。」

私「またその話かいな。書いて説明しよか?」

セ「いや、書かないで口だけで説明してよ。お母さんはすぐに

  絵を描くでしょ。あれがいやなんだよなぁ。」

私「な、なんやて!!美術学科出身のお母さんの素晴らしい絵を
 
  拒否するとは!!わかった。絵はなしで言葉だけで書こか?」

セ「いや、いいよ。書いたら終わっちゃうでしょ。」

私「ふーーん。苦悩したいっちゅうわけうか。

  おしっ、わかった。付き合おう!!

  まず質問のあった1992年について・・。」

(目をキラっとさせるセバスチャン)

セ「まずぅ、本来は1992年生まれは中学2年生だ。

  おれは1992年生まれなのに中学3年生だ。これがいやなんだ。

  中学2年生に戻りたいんだ。」

私「ふむ、なるほどな。要するに気持ち悪いんや。」

セ「そうそう。本来は2年生なんだから3年生はいやなんだ。

  どうしておれは2月生まれなんだろう。4月2日生まれがよかったのに。」

私「・・・。進路相談とか、先のことを考える動きが出てきたから

  しんどいんとちゃう?」

セ「・・・。それもあるけどぉ、とにかく4月生まれだったら今頃

  おれは2年生だ。2年生になりたいんだよ。」

私「高校に行ったら、留年という手があるんやけどなぁ。

  ダブったらもれなく1992年生まれの人たちと同じ学年になるけど

  中学校は義務教育やからなぁ。」

セ「なんで中学は義務教育なんだ。2年生に戻りたいのに。」

私「あ!!これはどう?」

セ「なになに?」

私「1992年2月生まれはな、神様が決めたことやから変えられへんけどな、・・」

セ「うんうん。」

私「名前を変えよう!!名前は親が決めたんやから変えられるで!!」

セ「・・・。」

私「え?あかん?4月生まれにはできへんけどな、名前やったらいけるで。」

セ「・・・。いろいろ考えてくれてありがとう。でもいいよ。」

私「あら、そう?何かお力になれたらなーと思ったんやけど。」

セ「・・・。じゃぁ、《あきひと》にしようかな。」

私「ほう。」

セ「いや、いいよ。言ってみただけだよ・・・。」



この人に相談するんじゃなかったと、少し寂し気で
大人びた表情をするセバスチャンでした。


彼の終わりなき苦悩はこれが初めてではありません。

「小学生に戻る」

これも中学に入ってしばらくは「戻れる」と信じて
言い続けていました。
どうやっても変えられない事実を受け入れることが
困難だったのです。

時間軸が人と違うセバスチャンには、時計の針を戻すように
納得できないことは簡単に「元に戻せる」と思っているのかも
しれません。

「○月○日に○○市の○○町に就職します。」
「○年には社長になります。」
「○歳になったら結婚します。」
「○さんと○月○日に○○県に行きます。」

こういう

「もう決まっているから。」

という決意表明は何人もの人から、何度も聞きました。
本当に多いんですよ。

で、その人達は上記の決意をした後、どうなったかというと
今だ叶っていません。
でも、この決意以外のことで叶いそうな申し出はどんどん
実行していきました。

つまり、「否定」はしなかった。
「なるほどなぁ。ほな、これはどう?」
と、言い分を聞きながら交渉していました。
(交渉方法はその人によります。ひとつではありません。)
だから、まだ誰からも恨まれてはいません。(笑)

「○○します!!」
「○○しません!!」

YESかNOなんですね。
でも、
でも、
でも・・・

本当は
「曖昧なものがある」
ということをちゃんと知ってはります。

セバスチャンも含め、彼らは言葉が不自由だと感じています。
伝えたいという気持ちはあるんだけど、曖昧な言葉が出ないため
決定的な言い方になってしまう。

話の前をよく観察すれば、その言葉が脅迫的に「本気」なのか、
他の話がしたいんだけれど、(他に希望があるんだけど、
他に不安なことがあるんだけど、)不自由さから決まったことを
言ってしまっているのか、その違いは何となく分かります。


セバスチャンは、翌日のテストのことが不安だったようです。
寝る前に、こっそり教えてくれました。

セ「今日はしつこく聞いてごめんね。ちょっと明日のことが
  気になってね。それで質問しちゃったんだ。」

私「ええよ~。」(桂三枝風)


テスト前は緊張するもんねぇ。



* 2ヵ月ちょっと前の日記をUPしました。
  明日もテストです。
  ぼちぼちでいいんやで、セバスチャン。