決め付けるような台詞。

「お前はこういう奴だ」って、


「どうしたんだよ、お前はそういう奴じゃないだろ」


あまりそこまでは親しくない友人の一人に言われた台詞

彼は僕のおちゃらけた面しか知らなかったらしい。

以外と僕は思考好きで、静かな所もあるんだよ。


「あなたは優しい人」


別にそんな事はない。

君は僕の醜い心を知らないでしょう?


「Bachは無口だ。」

いや全然、ふざけてはしゃぐ時もあるよ。


本当に実感する。

周りの人は本当に「ある一面」しか知らないんだなってこと。


ずっとはしゃいでる人なんて変だし、

ずっと静かに思考に入ってるのも変。

いつだって優しい事ができるわけじゃない。


人格は多面体だってことはみんな知ってるはずなのに、

やっぱり人の口から出る台詞は軽薄だ。

「お前はこういう奴」って、

すぐ貼り付ける。


僕は、なんか気持ち悪くなってしまう。

レッテルを貼られた感じがしてしまうのは僕だけですか?

ただの勘違いの被害妄想な部分もあるとは思いますが、

やっぱり反射的に気持ち悪く感じてしまいます。


逆にね、

いつもヤンチャに振舞っていたのに、

「Bachは優しい」って言われて驚いたことがある。

もしかしてこの人は本当に僕のことをわかってるんじゃないかって、

実際そんなことあるはずないんだけど、

なんか見抜かれた感があった。



キャラクター??

くーだらない・・・


最近の子はキャラ設定とかしてるの?

そういう感覚がいじめを呼ぶのかもね。

「あいつはいじめられキャラ」とかね。


僕は良い奴じゃないし、でも完全に悪い奴でもない。

優しい人でもないし、冷たい人でもない。


本当に親しくなった人にはあまりそういう事は言われない。

BachはBachだ。

抽象的かもしれないけど、それが一番正確な表現だと思う。

みんなだってそうでしょう?


やっぱり人は表面でしか人を感じられないんだろうか。

なら他にどうやってその人を見るのか、

たくさんの面を見ていくなかで、

だんだんその多面体の形がみえてくるようになるのかな。


ハッピー バレン タイーンデイ! イェイ!!

YEAH!! HEY!HEY!


ということでね、まぁ興味ないんですけどね、

そういった経済的な企業の行事ってゆうのは。


消費を加速させるために社会が作ったものですからねww

バレンタインってのは。


女の子が一生懸命手作りして、

好きな男の子に告白して渡すなんて話は都市伝説ですからね。

実在しません。


ね、すいません夢のないことを言って、

そういう僕もバレンタインやったことありますからね。

楽しいですよね、楽しもうとすれば、行事ってゆうのは。


昨日渋谷のLOFTに行きました。

もう酷いもんでしたよ、景気のいい女性達がワンサカと、

チョコを買いにね。

すごい人の量でした。


今日は雨上がりに散歩してきました。

雨の通りすぎた後はすごく空気が澄んでいました。

こうやって感動を言葉にしても、

読んだ人には分けてあげられないんだろうけど、

わかるでしょ?

雨の上がった後の風の匂い。




一体、なんの価値があるんだか、

それがわからないから、苦しんでるんだ。


苦しみを受け入れよう、

現実を、ここにある事実を、

明日がくる宿命を、全て受け入れよう。

痛みも、空の美しさも、喜びも、

ただ受け入れよう。


あぁ、そうするよ。

だって逃げられないんだから、

散々逃げ道を探してみたよ。

ずっと探してきたよ、


でもね、本当にどこにも逃げ道なんてなかったんだ。


だから受け入れるよ。


でもね、一体なんの価値が、どんな価値があるのかな・・・。

生きる事に、一体どんな価値があるのかな・・・。


生きるってすごく貴重な経験だよね、そう思うよ。

思うけど・・・。


今まで生きてきてよかった思った事もあるよ。

たくさんの勉強ができてよかったし、

たった一つだって、この人生の中で、

得た物があったなら、それでいいって。


でもね、多くの場合さ、

苦しい時って、わからなくなるよね。


一体この苦しみにどれだけの価値があるんだろうって、

だってさ、苦しいんだもん。

そう思うのはちゃんと苦しんでる証拠。


それで散々逃げ道を探したんだけど、

結局同じ所に戻ってきただけ、

「この苦しみに、どれほどの価値があるかわからないけれど、

 逃げ道がないから、受け入れよう」って、

あぁ、見える。本当によかった。
僕にはもう見えなくなってしまったのか思ったけど、
ただ隠れていただけだった。


聞こえる、もう大好きなピアノの音も聞こえないのかと思ったけど、
ちゃんと聞こえる。


空が青くて本当によかった。
空が綺麗で本当によかった。


僕がどんな人間で、どんな人生を送っていようとも、
空は綺麗で本当によかった。

例えば僕がこれからどんな暗い人生をおくっていくとしても、
空は綺麗でいてくれるなら安心だ。
この世にはちゃんと明るい場所があるんだと思えれば、


どんなに悩んでいて、見えなくなってしまっていても、
「なんて綺麗なんだろう」と驚く瞬間は、
心奪われて、いっぱいになっていた頭が0になる。
たった一瞬だけでも、ちゃんと見えるんだ。


太陽はこうやって人に元気を与えるんですね。


生まれて初めてです。
こんなに綺麗な紅葉を見たのは、


うちの学校にはとても立派な銀杏の木がいくつもあるんです。
とっても立派なんです。
たくさんの葉っぱが太陽の光に照らされて、黄色く透き通って輝くんです。
すごいんですよ。


帰り道のちょっと古い感じのお宅のお庭には紅葉の木があって、
他にも紅葉の木のあるお家なんてたくさんあるんだけど、
そこの紅葉だけは葉のつき方や色が一番綺麗なんです。
太陽に照らされて赤く透き通って輝いていました。

僕はあんなに綺麗な紅葉を見たのは初めてでした。


空は青く、銀杏は黄色、紅葉は赤く、
みんな太陽の光で透き通ってて綺麗だった。


悩んでいる時って忘れてしまいますよね、
自分の大好きなピアノや空の青さまで、
忘れて、思い出せなくなってしまうんです。

でもちゃんと見えたんです。

人と人が向かい合って会話するとき、

そこには必ず、話をしかける側と、それを受けて返す側がある。


キャッチボール、

まずは僕が投げる、友達はそれをキャッチして、僕の方へ返す。

再び僕が投げる、相手が受けて返す、

その繰り返し・・・。


「+と-」 「陰と陽」 「S&M」

攻める側、受ける側・・・。


サービス、接客、それは能動。


人と人との間には受動と能動、

発する側と受ける側が不規則にくり返している。


010100101011011000101


人と人との間、コミュニケーションには、

いつも陰と陽、受動と能動がある。


剣道などの戦い・・・

どちらが先に仕掛ける?

どこから来る?どのタイミングで仕掛けるか、

どこをねらう?


仕掛けていく側と、

それを受けて行動する側。


「プレゼント」

あげる人、もらう人


「諍い」

殴る方、殴られる方


ここの所を意識すると陰陽学はおもしろい。

受動が陰で、能動は陽。

なぜだか今日はそれを鮮やかにイメージできた。


だから何なのか

それはまだわからないようだ

そのうちわかる、きっと閃く


昨日の自分の記事を、今日見直してみると、

矛盾してるよね。


人に心を知られるのがイヤなら、

なんでこんな風に文章をネットで公開してるのってゆう・・・。

知ってほしいんだか、知られたくないんだかわかんないよね。



アレかな、今流行りの面と向かって人と話すことができない人なのかな、


僕ね、人と話す時っていつもテンション高くて、

バカ話ってゆうか、そうやってみんなと腹痛くなるまで笑うのね。

だいたいがそんな感じ・・・。

あとは優しい人、その人の話を「うん、うん」って静かに聞いてる。


だいたいさ、僕の興味って哲学とか人生論とかでしょww

そういう話って口頭ではマジにならないじゃん。

例えば「愛ってなんだろう」って言ったらそれはネタになっちゃうから、

そこでまたお笑い路線にいっちゃうしね。

面白いからね、深刻な台詞って。


本当の自分の思いって、

やっぱり口頭では全部伝えられる事じゃないし、

また伝える必要があるのかどうかだし。


僕が本当の自分を出してるのはブログだけ?

かも・・・


人と口頭で話す時、

それにはサービス精神が含まれてる部分があります。

僕が冗談をいって人が笑ってくれたり、自分もふざけて笑って、

それってサービスなんだよね、もちろん自分も楽しいんだけどね。

「なんかせっかく僕の隣にいてくれてるんだから、

 楽しんでもらいたいな」っていう気持ち。

表現によっては「サービス精神」


それはバカ話だけによらず、

業務連絡でもなんでも、

まるでファーストフードの定員さんの接客みたいなね。



僕はこれまでの人生で、幼稚園の時の先生から始まって、

出会う女性にはいつも言われてきた。

「Bachは優しいね」って、あと「面白いね」もよく言われた。


それはね、僕が人との交わり方がわからないから、

僕は決して優しくなんかない。

そうする以外に人との接し方のパターンを知らないから。

ただそれだけのこと・・・。



昔から年上の人に対しては、

あんまりこちらから歩み寄る事ができなかった。

受身になってしまうからだ。

こちらから馴れ馴れしくすると失礼になるとゆうか・・・。


周りの子たちが先生に対してタメ口をきいてるのが、

うらやましかった。


僕はなんだかそれができなかった。

怒られそうというか・・・

よくはわからないけど、できなかった。

どういうノリでそれをやったらいいのかわからなかった。



結局、僕はずっと知らなかった。

僕が「人との接し方だわからない人」だという事を、

ずっと僕には縁の無い話だと思ってた。

とりあえずバカ話と優しさでやり過ごしてこれてしまったから。

大学生になってからこんな事に気づく人って少ないのかな・・・。


大学に入ってから、サービス精神なんかよりも、

自分が自分でいられる生活がしてみたかったから、

人に歩み寄ることをやめてしまった。


だから僕は目標を立てたんです。

僕はあのファストフードの店員さんみたいに接客の上手い人になりたい。

僕という人間に訪れるお客様に笑顔で接客^^、安心丁寧、

お客様は神様ですよって・・・。



でも最近は全部が疲れる、

そんな目標も忘れてしまってる。

けれど今日という休日は、よく休めたと思う、

ギターを弾いて過ごせたから・・・。

でも今日のこの記事も結局、

自分でも何が言いたいのかまとめられない。

今日はいつになくボロボロだった。
調子が悪い、気分が悪いのはいつもの事なんだけど、
ここ三日間は最高だった^^


昨日の深夜4時30頃だね、
夢の中で金縛りにあいました(笑)
ものすごい気味が悪かった・・・。


誰かが、僕の背の方にある部屋のドアを少し開けて、閉めて・・・

僕の様子を覗いてるんです。

また開けて、閉めて・・・

見られてる感じ、心の中を覗かれてる感じ・・・。

最初は無視してたんです、そのうちどっかに行くだろうと思って、


でも機械的なリズムで気が狂ったようにそれを続けてるんで、気持ち悪くなって、
やめろって言ってドアの方を振り向こうとしたんだけど体が反応しない。

それで自分が金縛りに合ってる事に気づいた。
「や・・・、やっ」てね、声が出なくて息が苦しいの。


でもとっさにピンっと思い出したんですよ。
テレビで江原氏が金縛りについて言ってたことをね、
「恐がらないで、声を出せ」って、

いやいや、ものすごい気味が悪くて、
心の中を覗かれてるような不快感でいっぱいで、
息も上手くできないで、下手すれば窒息しますからねアレはww
一回金縛りで窒息しそうになった事があるんですよ。
マヂで逝っちゃう5秒前まで行った事ありますからね僕(笑)


だから恐いのは恐いんですけどね。
とっさにその江原氏の言葉を思い出したんで、
恐がるのをやめて僕の部屋のドアの外から僕を覗いてる人に言ったんです。
冷静なトーンで、大きめの声で・・・
「やめろ!」って、

そしたら思った以上に声がすんなり出て、
自分の声で金縛りと悪い夢から抜けられたんです。

よかった・・・、危なかったww


でね、もう一つ江原氏からの情報で、
「金縛りにあうのはネガティブだから」なんだって。

でもね、僕は全然、人を憎んでも恨んでもないんですよ。
だから「オレの何処がネガティブなんだよ!」って思ったんだけど、

答えは僕を金縛りにした人が教えてくれていました。


「心を覗かれてる感じ」・・・コレです。
イヤなんです、普段からずっと、
人に見られるのが。

全く人に自分の気持ちを表せません。
なんでしょう、恐いのか・・・
っていうよりも最近意識するのは「拒絶感」
全てに対する拒絶感、
もう全部イヤなんですよね。


・・・イヤ違う、好きな物だってある。
好きな人だっている。
けどね、溶け込めないんだよ。
生きる事に、社会に、人に、
拒絶感なんです。


嫌いとか恐いぐらいだったら大丈夫なはず、
嫌いな食べ物だって、ある程度なら残さず食べられるから。
嫌いとか恐いじゃない、「拒絶感」

幸せって何でしょうか、

何の不安もなく、夢を見ていられたあの頃が、

幸せだったんでしょうか。


今では子供の頃の心なんて確かには思い出せないけど。


今と比べて子供の頃の方が幸せだったか?

と聞かれるなら、どっちも一長一短だと答えると思う。


あの頃にずっと謎だった事を、今ではたくさん知ることができたんだから、

今さら子供の頃に帰りたいなんて思わない。


僕が子供の頃、パパもママも言いました。

僕が「早く大人になって自由になりたい」と言うと、

「子供の方が幸せだよ」って、

そういえば、いつも大人の言うその台詞がイヤだった。


大人は子供をなめ過ぎます。

もちろん子供は無知ですが、

感覚は大人となんら変わらないというのが事実です。


子供を子供扱いするのはやめてください。

それは大人の願望を押し付けてるだけです。


子供の方からすれば、

自分が子供っぽく振舞った方が大人が可愛がってくれると知ってるから、

子供っぽく振舞ってみたりしてるだけです。

あとは知識が少ないせいで、上手く感覚を表現しきれないだけです。


子供も子供なりにいろいろ大変なんだよ・・・。


昨日のつづき感がする。


朝起きた時、この感じがするとイヤだ。

僕は毎日睡眠によって昨日を完全に過去にし、

新しく始まる「今日」と「昨日」を決別させないとやっていけない。


昨日の気持ち、気分、雰囲気、記憶を今日に引きずっていては、

今日起こる出来事を受け止めてゆこうとする覚悟が鈍る。

だって昨日の思いがまだお腹に残ってるのに、

今日の分も入れなきゃいけないと思うと胃の大きさからして無理があるじゃない。


睡眠時間が短かったりすると、この感覚がする。

完全に昨日を消化しきってない。

過去にしきれていない。


僕は眠るたんびに生まれ変わりたい。

完全に昨日と決別して向かえる朝は、頑張ろうという気に満ちてるし、

本当に昨日の僕とは「気分」が違う別人で、生まれ変わった感覚がある。


例えば子供の頃、

兄と喧嘩をして、もう二度と口をきいてやらねぇと誓っても、

朝になるともう忘れてしまっていたとか、

そんな事はみんなにもよくある話なんでしょう。


「昨日のつづき感」わかりませんか?


また逆に、昨日の事を何にも覚えてないのは記憶力の低下だなんて言いますが、

逆に僕は昨日何を食べたかなんて覚えていない方が気が楽ですww


でも忘れたくない事もありますから、

そのために僕は文章を作るんだと思います。



孤独が恐い?さみしい?

なんで?孤独って何?さみしいってどういう気持ち?

知りたい。


正直に言います、僕は知らないんです。


よくある話で、テレビとかで渋谷にたむろする少女が言うんです。

ここには友達がいるから、人がたくさんいてさみしくないから、

にぎやかだから、家にいると一人ぼっちでさみしいから。


うん、家が自分の居場所にならないって気持ちならわかるけど、

僕はそういう時は静かな夜の公園ですごします。


「いつも一人でいて、寂しくないの?」

ってよく言われます。


僕、さみしいって気持ちがよくわからないんです。


「本当に孤独になったり、さみしいような状況になった経験がない幸せな奴」

って事なんでしょうか。


確かに今までたくさんの人が僕を愛してくれました。

その思い出だけでもあれば、さみしい筈なんてないんです。

それに、誰にも依存しないで一人で生きていけるようになりたい。

って思ってたし。

悩んでいます、わからないんです。


人が欲しくなる時ならあります、楽しいですよね。

一人じゃバンドは組めないし、キャッチボールもできません。

人がたくさん集まってするオーケストラや合唱には神性を感じるぐらいのパワーを感じます。

音楽もスポーツもそうなんだよね、

「群れる」ことの一番素敵なメリットってそこじゃない?


でも人が欲しいって気持ちは先に言った渋谷の少女の気持ちとは違うんでしょ?

さみしいってどんな気持ちですか?