僕はエミネムを聞くまで、あまりHIPHOPを聞いたことがなかったです。

それはHIPHOPに恐いイメージがあったからです。

実際エミネムも十分イカツいんですが・・・。


というのも渋谷でHIPHOPの流れている所が恐かったからですww

僕は子供の頃から渋谷などには行く機会があったのですが、

もともと気の小さい質の子供の目に、

どれだけ渋谷の街が得体の知れない恐いものに映るか。

ということでHIPHOPが恐かったわけです。


僕にとってHIPHOPの一番の魅力はラップの技術です。

エミネムは肺活量がどれだけあるのかと、

そんなに続けてしゃべって苦しくないのかとww

そんな事を感じながら聞くと楽しいのです。


一時期テレビなどでタモさんがエミネムを絶賛していたのは

エミネムの技術の素晴らしさから来ているんだと思います。

ていうかタモさんもラップをやったらすごい筈です。


タモさんの芸とエミネムの芸は似ています。

色んな奇声を発するところとかです。

エンターティナーな所です。

タモさんとエミネムが共演したら素晴らしいと思います。


僕という人間はたくさんいます。

それは日記帳を見ていればわかります。

まるでそこにもう一人の自分がいるように感じます。

それは嫌な感じのするものではないんですが、

とにかくそれは事実です。


日記を書く作業は写真を撮ることみたいな感じです。

言葉で自分を写しだします。

小学校の頃から書いていたから、

自分がいっぱいいます。

たくさんの時間の中で書いた色々な文章は、

まるで自分が書いたとは思えないものです。

それは過去の自分と今の自分が、

全く別のものであるという事を確実に証明しています。

その時の僕にだけしか書けなかった言葉たちです。

過去の自分が未来の自分にあてたメッセージ達です。


僕はたくさんいます、

それはもう大量にいます。

それは僕が未来の自分に忘れられたくないからです

誰だって自分が忘れられてしまうのは嫌です。

少なくても自分にくらいは忘れないで欲しいのです。

悪魔に取り憑かれていたかもしれない疑惑について、


僕は高校生の頃、夜中にずっと鬼の絵を描いていた事がありました、

今それを思い出してぞっとしている所です、

気持ち悪い、どうしよう、うわ~ うわ~


その絵はまだスケッチブックの中に入っているのです。

このまま寝てしまうのもアレなんですが、恐くて見る気にもなりません。

それは悪魔の誘惑というタイトルの絵です(ヤバイんじゃないのか!!

あわあわあqwsでrftgyふじこlp;


なんであんな絵を描いたんだっけ・・・。

大丈夫か、大丈夫なのか・・・。

かろうじて飾った事はないのですが、

というかこれまで忘れていたんですが、

思い出さない方が良かった。



今見てみました、

ステレオからバッハの聖歌まで流し、

万全の準備をして(魔除けになりそうな物を取り揃えてみたぜ!

ブックを開きましたw。

・・・まぁ以外と変な感じはしないというか(イヤ、その方がマズイ場合もあるぜw


でもねぇ、何にしてももう大丈夫かなぁって気持ちになりました、これで、

な~にも感じなかったし。

勇気を出してブックを開いてるその時点でもう悪魔が嫌いなわけだし

これまでずっと色んな意味で魔物との戦いを意識してきたのに、

そんなんで今でも取り憑かれるかもしれないなんて、

あってたまるか!!”ボケェ!!

冗談じゃない。そんなのイヤ。

思いすごしだよね、そうだよね、嫌だもんね。

まぁそもそもあの頃の僕に悪魔が取り憑いてたのかどうかも確かじゃないので。


まぁ多くの人は大丈夫だろうけれど

特に俺みたいなのび太よりもダメかもしれない系の人は、

・・・気をつけろぉー、


悪魔はよくないです、絶対苦しいです。

芸能人の押尾さんが報道陣に向かって舌打ちした件で、

テレビなどで色々言われていますが、

なんでもいいけどとにかく人を悪く言うのはよくないです。


そうゆうのがイヤです、とてもイヤです。

気分が悪くなります、

対象がたとえ犯罪者でも、みんなで悪口ゆってるのを聞くと、

悲しくなります。


やめてよ、みんな、何も知らない癖に。


みんな、みんな無責任だ。

それがあたり前だと言う顔をして罵り合って、


ということで僕はなんとかこの世界から逃げ出したいと

子供の頃からずっと思って生きてきたわけですが。

それでもここで生きなきゃいけないんでしょうか、

人は僕に「それなら死んでしまえ」と言うのでしょうか、


どうしたって僕にはこの世界の人達を好きになることなんてできません、

僕が弱いから?

恐くて恐くてニートになりそうですww


小学校の道徳の教科書にも、

みんなでよってたかっていじめるのは善くないって書いてあったのに、

道徳なんてどうでもいいってみんなが言う。

僕は悲しい。





昨日は小学校からの友人と遊んでいて、

子供の頃の気持ちを思い出しました。


幼稚だった僕は、いつも怒っていました、

「なんてダサくて、気持ち悪い世界なんだろう。」

確かに、この「なんでも金にしなきゃいけない社会」は少年の幼稚な遊び心からみれば、とても不便でつまらなくて、汚いものです。


大人になるにつれてたくさんの事を学んでこれた、

それはとてもありがたい事だと感じている。

でも、知るということにはデメリットもあるのかもしれない。


今よりももっと無知だった頃の僕の想像力は素晴らしかった。

色んなことを知るにつれて、法や理に叶わない発想などしなくなった。

それは上手く生きてゆくためには学ぶべきものだった、

だから僕は学んだ。

そして素晴らしい世界を見ることもできた。


でもその代わりに、

法や理を無視した幻想的な発想力を失ったのかもしれない、

それはロックな少年時代に一番恐れていた事だった、

それが恐かったから大人になりたくなかった。


本当にあの頃の僕は消えてしまったんだろうか、

それはとても悲しい。もし消えないでまだ僕のなかで生きているのなら、

いつかまたあの頃みたいな力強い発想力を蘇らせたいと思ってる。


自分の人生はまさに魔物との戦いだと感じています。


この間のテレビ番組でオダギリジョーが悪魔に取り憑かれているという話がやっていました。

死の誘惑を見ていた昔の自分の症状と似ていたので、

もしかするとあの頃の自分にも悪魔が取り憑いていたのではないかと思いました。


何が悪魔の誘惑なのか、

信じるべきものは何か、これが大きな問題です。


その上でまず、

自分が本来の自分自身であることが、

第一条件になってくるわけです。


悪魔に取り憑かれていたのでは

何の判断もつかずに苦しみ続ける事になってしまいます。


今、わからなくなっています。

混乱しています。


今の僕は僕でしょうか。

今、羊さん状態になってる。

ときどき、何処に行けば良いのかわからなくなる。

誰だって行ったことのない所に行くのには迷ってしまうと思う。

だけどみんなが「自分も頑張ってる」って教えてくれるから、

正直よくわかんないけど、自分も一緒に頑張ろうと思える。


もしかすると「人は一人じゃ生きていけない」って台詞はそうゆう意味なのかな、

わからないけど。


今、ママに怒られました。

でも怒るにもいろいろ種類はあると思うのです。


度々母には傷つく事を言われます。

否定です、傷つきます。

傷つく僕がいけないんでしょうか、

弱いのが悪いんでしょうか。


傷つくというより、

ネガティブなものをうつされる感じかもしれません。

親の影響力は大きいものです。

そうなると大変なんです、

うつされた病気を取り払う作業にしても

たくさん苦しんでエネルギーを使うことです。

疲れます。


僕の母はのび太の母のように、

自分の機嫌が悪い時に怒り出す人です。

それはなんかとても微妙です。


そういう怒り方には「凄み」というものがないんです。

例えば大きな犬に吠えられると、びっくりします、

吠える吠えるとわかっていてもびっくりします。

それってなんだか人格者の怒った時のそれに似ている気がしますww

凄みのない怒りは陰湿な感じがします。


じゃあ愛のある怒りってどうゆうものですか?


否定の中にも、ネガティブなものの中にも愛は存在するなら、

それはとても複雑に見えます。

答えが出ればおそらく単純なものでしょうね。




幼い頃、夢を見ました。

昔の事なので正確に覚えていないのですが、

母親に襲われる(?) 夢でした。

その恐怖といったら凄まじいもので背筋も凍るような酷い恐怖でした。

2,3回そんな恐怖の夢を見たことがあったと思います。


この夢が何を示唆しているのかわかりませんが、

僕の幼児期の教育の事に関したイメージだったように感じます。


良い意味でも、悪い意味でも、教育は呪いです。

僕が一人でいるのは、自分勝手な自由が欲しいからなだけじゃなくて、

劣等感もあるのかもしれないけれど、

人に迷惑をかけるのがイヤという気持ちがある。

僕は自分ひとりの世界に閉じこもっている所もあるのかもしれないけど

一人でいる時の自分は心を開いたありのままの自分。


下手くそなギターをいくら弾いても

汚くて幼稚な独り言を吐き捨てたって

一人でいれば誰にも迷惑がかからない

バカで幼稚なありのままの自分を持つ時間

それは自然なものなのかもしれない。


あと僕は人の目が気になるタイプの人なのかも知れない

人格の事じゃなくて、自分の意識の上で裏表の強い人間なのかも知れない。