あんまりこんな風にラフになり過ぎるのも難じゃないかと思うんですが、

僕は見ての通りです。本当に、どう申し上げようもありません。

ブログって思った以上に人格が丸出しですね、

もう笑っちゃいますよ。 まぁこんな奴もいますよね、

人間低レベルな奴もいるんだね~、ぐらいでどうか許していただきたい。


一体なんで僕がブログなんて書くご縁になったのでしょう。

あんまり卑下すると見に来てくださっている方に申し訳ないですけど、

ホントになんででしょうね、お前に何ができるんだっていう。

別に何も求められてるわけじゃないですけど。

だからまぁ、結局ブログって基は自己満足なんでしょうか。


僕はただ小学校の頃から文章を書くのが自然とできる子でした、

上手い下手は別としてですけど。

自分の頭の中にある言葉をそのまま手に送っているだけです。

よくよく考えてみると「書く」って不思議ですね。

ブログも日記も書いてる僕みたいな輩にとってはかなり日常的なものなので、

改めてその行為を見てみると不思議な感覚があります。

ありがたいですね、当たり前のように文章が書けるような環境が

与えられてるなんて。


タイピングも上手くなったなぁ、みたいなww

なれるとホントに手が勝手に動いてますもんね、

これは改めて見ると不思議ですよね、

僕はまだまだ全然下手ですけど。


うん、今日のこの記事は雑談ってことで、

珍しいぐらいアットホームな日記ブログとなっております。

もう自分でもよくわかんないぐらいだらだらですが、

今の僕にはこれが限界です。おやすみなさい。


そうです、僕達子供たちは単純で無知なんです。

だから小泉さんの言っていることを支持してしまうんです、

他の政治家さん達の言っていることはなんだか分かりにくくて、

なんとも支持のしようがないんです。

一部でバカだ、単純だ、と言われても仕方ないです。


この間の選挙が良い例ですね、

分かりやすい主張、それで小泉さんが勝ったのです。

でも政策の中身の方が危惧されたんですね、

でもやっぱり難しい話はわかんないですねww (ごめんなさい。

そっかそれが彼のペテンなんですね。


また、今回のホリエモン逮捕の時の総理の発言。

「事件と選挙は別問題」

わかりやすいですね、納得してしまいます。

これがペテンと呼ばれるものなんですね。


でもね・・・

正確にいえば「わかりやすさ」は「詐欺」ではありません。

正確にいえばこれはわかりやすいものしか理解できない国民に、

責任があると思います。


またペテンという言葉は下品な言葉です、

人を下品な言葉で罵る人は信用しにくいと思います。

だから国民はわかりやすい人を信用してしまうのです。

反小泉派の方々、上品に振舞わない人の言うことなんて誰も信じられません。

みなさん国の将来を考えてくれてるとは思いますが、

まず下品な言葉を使うのはやめてください。お願いします。


僕はもっと冷静に皆さんの話が聞きたいんです。

感情論じゃ信用できないんです、僕達は何も事情を知らないわけですから、

感情論だけで僕達をほっておいて、

あいつら若者はみんな小泉やホリエモンの仲間だ、騙されてる。

なんて言わないでください。


わかりやすい小泉さんやホリエモンはわかりやすい上に、

下品な言葉をテレビで吐いたりしていない印象があります。

反対派の方達は話が難しいの上に、

不器用なのか公の場で下品な言葉を使います。

それが僕達の心を動かしている、1つの要因だと思います。


ソクラテスは大哲学者として現代でも名をはせていますが、

彼は一切の著作を書いていません。

彼の思想について書かれた著作はいくつかあるのですが、その中の1つである、

弟子のプラトンの初期の著作に、ソクラテスの思想が書かれています。

プラトンの著作でプラトンはソクラテスに話させる形式で思想を書いています。

真相はわかりませんが、それはおそらくアレでしょう、


何かを考えるにあたって、

「自分の尊敬するあの先生なら僕になんと教えてくださるだろう」

そんな風に想像しながら哲学をするんです、

これは僕もそうですし、人間によくある行為でしょう。

それにプラトンはソクラテスが死んだ後、

何年間はかなり打ちひしがれていたそうですから、

自分の心の中にいつも敬愛する先生を蘇らせたかった、

という心理なのかもしれませんね。

何にしろそれだけソクラテスが好きだった感じがしますww


プラトンが書いた癖に本の中ではソクラテスがしゃべっているので、

一体誰の思想なのか分からなくなってしまうのですが、

実際のところ初期の著作に関してはソクラテスの言葉を記したものですが

その後のほとんどの著作はソクラテスがしゃべっているものの、

全部プラトンの思想となっています。


ですが、プラトンはソクラテスの影響を強く受けているので、

ソクラテスの思想はプラトンも同意する思想だし、

プラトンの思想もソクラテスの影響を受けた思想なので、

ちょっとここら辺の区別は分かりにくい事になっています。


ですがまぁ、専門家でない僕や皆さんにとっては、

それが一体誰の思想かなんて別に大事な問題じゃないと思います。

僕達にとって大事なのはそこから何を学ぶかなので。


無知の知とはソクラテスが傲慢な人間達に向けて言ったセリフの事です。

「人間なんて本当は善や美の事柄について何もわかっていないんだ」

という意味です。


そんな風にソクラテスは人々の無知を説いてまわり、

すごい事を知っているという名目で人々から羨望を浴びて金を稼いでいる

アテネ各界の著名人達の営業妨害をしてきた訳で、

それがたくさんの敵を作ることになったのです。


ソクラテスは信仰の篤い人でしたから、

もちろん自分には何の知もないことを知っていたのです、

全ては神に与えられた役目だということを。


よく言われる事なんですが作曲家が「曲が降りてくる」

とかよくそんな言い方をしますね、ソクラテスから言わせれば、

それは神が役割としてその曲を書く人間を任命しただけなんです。

それを皆さん自分の力だと思って天狗になるから、

神はそれを言わせる人間としてソクラテスに役を与えただけなんです。


ここからは僕の解釈入ってる感じですが↓

僕はここでもやっぱり細木数子と主張が似ていると思うんです。

かずこりんは「人は皆生かされている」と言っています。

僕の解釈で言うと、神的な法に生かされているという事でしょう。


確かに寝てても心臓は鼓動を刻みます。

この体や遺伝子、「生命」は人間の発明ではないし。

生命だけでなくこの星も宇宙も全部人類の発明じゃない。

なかなか実際生きているのが自分なので、

何度言われてもその事を忘れてしまいがちです。

当たり前に感謝ってこれですか。


それで僕は生きているという事にも無知の知が当てはまると思いました。

生きているという事もただの役割であって、何一つ人間の力なんて無いんだ、

と僕は解釈しました。


追記↓

結論だけ言ってしまうと、無知の知とは、

本来人間は無知なもので、本当はすべて神の力なんだと、

ソクラテスはそう思っていたわけです。

だから謙虚になれと。


ここでソクラテスの信仰深さを強調してしまいましたが、

もちろん彼が無知の知を説く時に「全ては神の力なのだ~」と

頭ごなしに言っていたわけではありませんので。

そこではしっかりと相手と細かい理屈で問答してゆくことで、

人々の無知を暴露してゆきました。


でも実際ここら辺の話を正確にしようとするなら、

彼の哲学と信仰の関連は重要になってくるんです。

実際彼が信仰深い人だったのは事実です。

時代背景的にも信仰は盛んでした。

彼が哲学によって曖昧な信仰に理屈を加えていったという事は

よく言われていることです。





えーと、僕もたまには読んでくださる方に勉強になるような記事を書けたらと

思うので、何か自分の知っている事といえば、と考えるとこれぐらいなので。

ソクラテスの思想について簡単にまとめてみます。

僕の話も混ざっちゃいましたが。


最近、細木数子ブームが続いておりますが、

彼女がテレビでこんな台詞を言っていました。

「死とは肉体と魂の分離である。」

実はこれは哲学者ソクラテスと全く同じ言葉です。

むしろあの占い師の方は色んな思想を勉強してきた方だそうなので、

ソクラテスの思想からきたと考えたほうが無難かと、紀元前だからねソクラテス、

いや中国の方でもそうゆう思想があるんですかね。


僕は実際のところ魂の存在については不可知なんじゃないかと思っていますが

数々の賢人が魂の存在を肯定しているという、彼らの言葉に対する信憑性から、

今では魂の存在について肯定的に考えています。

という僕の考え方もソクラテスの影響を受けての事です。


ソクラテスは言いました。

何かをするにあたって、大衆から意見をもらってするのと、

その今からするものに精通している人間に助言を貰うのと、どちらを選ぶのかと。

大衆の意見など信じるに値しないと彼は言いました。

それは自然な論理だと思いました。


だから僕は生きるという事をするにあたって、生きることに精通した人、

つまり自分よりも明らかに人格の高いと思われる人、

尊敬する人の言葉をまず信用するんです。

著作「プラトン」でプラトンは魂の存在について

何ページにもわたって証明していますが、

僕には難しすぎてよくわかりませんでしたww


その著作「プラトン」でソクラテスは死について説いています。

ソクラテスは最後、裁判で死刑にされてしまうのですが、

その際に弟子のプラトン達に死について説いたとされています。

訴訟された理由は哲学活動の中で敵をたくさん作ったおかげで、

悪い噂がたくさん膨れ上がったという事です。


訴訟の理由がただの噂ということで、

裁判はソクラテスのポリシーさえなければ勝てるような内容でしたが、

彼は裁判の中で陪審員を相手に説教して、

アナーキーに振舞ったおかげで死刑になったのです。

当時のギリシャの裁判では被告側から量刑の提案ができるのですが

その時の彼のセリフを今風に言うと、「二千円ぐらいなら払えるよ(・∀・)!!!

っていう感じだったので。


死刑判決が出たところで妻や弟子達は酷く悲しみ、

「他国に逃げてください」と必死で頼みました。

状況的にも本人さえ逃げようとすれば、逃げられるような状況だったのですが、

ソクラテスはこれを断固として拒否しました。

そして自ら進んで命を絶ったのです。


ソクラテスは死を全く恐れませんでした。

それどころか彼は「やっとこの煩わしい煩悩だらけの肉体から開放される」

と言って心から喜びました。

ソクラテスにとって肉体は邪魔なものでしかありませんでした。

彼の言葉で「哲学者はいつでも死の練習をしているのだ」というのがあります。

肉体を離れ、魂は自由になり、真に理性的な世界へ行ける。

真に理性的な世界とは哲学者が常に愛し求めるものだと。


また自殺についての彼の思想ですが、

我々人間はそれぞれに役割というものを貰って生きている。

たとえ死が哲学者にとって肉体から開放されるという

素晴らしい魅力的なものであっても、もしくは生きる事がどんなに辛くても、

与えられた役割を途中で勝手に放り投げてしまうのはいけない事だと。

頑張って役割をやり遂げなければならない、という事です。


またソクラテスにはダイモーンの声が聞こえたと言われています。

その声が聞こえる時は必ず何かソクラテスがしようとする時に

それを止めようと注意するものでした。

彼はその神的な声が聞こえた時は必ずその指示に従ったそうです。


ソクラテスの思想について簡単にまとめてみましたが、

ソクラテスという名前は多くの人が知っていると思いますが。

あまりご縁のない方は彼の思想については知らなかったかと思います。

以外とそんなに難しくなくて、面白いコトを言っている人ですよ。


このソクラテスを始まりとして、

彼を心から尊敬したプラトンが強くソクラテスの影響を受け継ぎ、

また後にそのプラトンの大学の生徒であったアリストテレスへと、

優秀な人間達の間で尊敬の連鎖があった訳です。

最近ギコチェス でチェスをはじめました。

最初はギコが強すぎと思たけど、やっと勝てるようになってきました。


あと最近ろうそくにはまってます、若干ガクトです。

部屋では暗い照明の方がリラックスできるので。

いやホント、黒魔術とかじゃなくて。


明るい照明だとボーっとしてくるというか、

落ち着かないんですね、日の光なら良いんですけど。

ということで今燭台がほしいです、

やっぱり需要がないのかあんまり売ってる所みたことないです。


それと暗いほうが集中力も上がります、

リラックス効果でしょうか。

ギターでも、勉強でも、読書でも、ゆっくり音楽を聞きたい時とかも、

あとは絶対暗い方が良いと思うのは、瞑想とかヨガにいそしみたい気分の時ねw


それじゃあ目が悪くなるとパパスに注意されたので、

ネットで調べたんですが、とにかく目を酷使するのがいけない訳であって、

単に暗い照明がいけない訳じゃない、と思う。

とにかく目を悪くしないように気をつけようと、気にしながら過ごしています。


でもなかなか目に悪い状況を回避するのは難しいです。

ココの所、暫くの間ゲームはしていないんですが、

パソコンやケータイ、テレビなどで目に悪い状況が多いです。

できるだけ気をつけたいですね。

あとブログの文字がちょっと小さくて目に悪い気がするんですが・・・。





堀衛門の件で、

テレビメディアがホリエモンをつぶそうとして熱い報道をしているらしいと書きましたが、

堀衛門の敵はテレビメディアだけじゃなくて色んな所にたくさんいるんですね、

じゃあホリエモンがいると困る人ってゆうのは

一体彼がいると何がどんな風に困るんでしょうか。

詳しい話を僕は知らないのですが、そこが本当の争点なんですね。

ホリエモンがいると生活が危ういんでしょうか、

収入が減るんですか?

こんなにまでして彼を叩かなきゃいけない理由は何なんですか?


また、報道のやり方が小泉総理の時に似ているということですが、

それはやっぱり総理が色んな所にたくさん敵を作ったという事なんですね、

小泉総理に元気に頑張ってもらっちゃあ困る人がたくさんいたと。

じゃあその困る人ってゆうのは具体的にどんな風に困るんだったんでしょうか。


こんな風に情報を見ていくと、

報道は情報の伝達機関ではなく、

1つの表現の自由みたいな感じになっているように見えます。

いいの?やだよ。

面白さを追求しているのか、多数の報道で、

まだ容疑者の段階で、みんなして犯人扱いしちゃっていいんですか?

僕は報道の言っていることが信じられません。


「99,9%発覚しない」という台詞を言っている部下がいますが、

まぁこれは疑われるのが自然だと思いますが、

社長の関与については、報道されている情報では疑えません、

「部下がやっている事をトップが知らないはずがない」

ということで犯人あつかいされているみたいですが。

僕のような社会をしらない学生からみれば、

疑問でいっぱいになってしまうのですが。

(だってそんな理由でイイんだったらみんな犯人にできちゃうじゃん。


一連の世の中の動きが不自然に感じます。

あれだけの力を振りまいた人間が進んで法を犯してたなんて信じられません。

「穴だらけの法の目をかいくぐって金を稼いでいる」

そんな台詞を堀江さんは言っていました。

僕は普段から信用を失うような事をやっている報道よりも、

社長の言葉の方に、信憑性を感じます。


これが僕の正直な感想なのですが、

どうなんでしょうか。

今はまだ真相はまだわかってないんですよね、

本当に犯人なんですか?


ああ、おそらくアレですね、

テレビメディアは総力を挙げて危険人物の排除にのりあげてるんですね。

日本のテレビ界って何かほんとに微妙ですね。

ホリエモンの件でもまた気持ち悪かったのは、メディアはたくさんあるのに、

いつも皆が綺麗なタイミングで、そろって同じ方向性で報道する事です。


そこから単純に想定すると、報道陣は皆で、

これをどのように報道するかということを打ち合わせしているんでしょうね。

小泉総理は就任時は報道にバカバカしいほどに持てはやされました。

そしていつからかボロボロに言われるようになったのです。

堀衛門の場合も、報道陣はいつも連携し、

持てはやす時は全員で、叩く時も全員でやるのです。


まぁ報道が連携するのはあたり前かもしれませんが、

連携した組織ほど腐乱臭がすると思うんです。

多くの人が今の日本の報道に疑問の声を上げているのは、

やはり今の報道はいやらしい、

う散臭い雰囲気を漂わしているからじゃないでしょうか。

そんな風に想像してしまうと、戦時中の帝国下の報道や北朝鮮のテレビと同じ雰囲気がしてきます。


そんな風に外側から見ていると、不自然な動きが気味の悪いものに見えてきます。

報道がしっかりしていないと、国が滅びると思います。

それだけ重要な問題だと思っています。

むしろ報道という仕事自体、胡散臭い稼業に成り下がってると思うし。

いろいろな所で恐くなることがあります。

自分の無知が恐いのです。

誰だって知らない場所に行くのは恐いのかもしれませんが、


僕には何が足りないんでしょうか、度々そう思うんです。

僕には何が足りないのか、ずっとわからないでいます。


苦しむのはその先にある幸福を手に入れるために、

成長するためのものなのに、

僕はずっと目先の苦痛に怯えているんです。

痛いのが恐いんです。


もっとエネルギッシュな人に足りないですよね、

それって自分の気持ちでなれるんでしょうか。


僕に足りないのは元気ですか?勇気ですか?

元気になるためにはどうしたらいいんですか?

ご飯をいっぱい食べればいいんですか?

これでも僕は前に比べればけっこう元気なんですが。


勇気とは、恐れるべきものと、そうでないものを区別する能力だと、

哲学の本に書いてありました。


明らかに僕の恐れているものは恐れるべきでないものです。

じゃあなんで腑に落ちてないんでしょう。

どうしてなんでしょう。

なんでこんな気分になることがあるんでしょう。


でも結局は時間が僕を前に流してくれるのかもしれません、

否応なしに僕は苦痛の中に突っ込まれるんでしょう、

だとしたらありがたいです。

足がすくんでいる僕の背中を神様が蹴っ飛ばしてくれるんです。

多分そうですww