自分の無知と幼稚を感じてしまうと、

自分の言葉の全てが信用できなくなってしまう。

自分の道しるべとしても理想の光さえ打ち消されてしまう。


昔の僕は言っていた。

「自分の事は自分で決めればいい、人は皆異なった人格と人生を持っている。」

僕は無知で幼稚だ、でもだからと言って自分を信用できなくなったら進めない。


最近自分に言ってきかせている。

間違ってもいいから進め。


でもまたすぐに疑ってしまう、

「これでいいのか?こんなんでいいのか?」

またいつもの口癖。

幸せな時は、僕みたいな奴がこんなに幸せでいいのかと思い。

苦しい時もまたこの苦しみは醜悪で意味の無いものではないかと疑ってしまう。

全てが信用できない。


人生には何一つ無駄がないと言う、じゃあ邪悪なものも必要という事になる。

でも邪悪な自分に自信は持てないし、

全ての自分の発想が自分が邪悪な物やくだらない物かもしれないと疑ってしまう。


いつでも何かにせかされているようで、

それは実は僕の事を信用していない自分にされている事で。

自分は怠惰で怠けていて、停滞しているだけのダメな奴かもしれないと、


でもそれは向上心から生まれた自己否定だったりもして。

でも全部を否定しちゃうから身動きが取れなくて、

だからと言って道は自分で決めたいし、

自分で決めなければいけないんじゃないかとも感じる。


良い夢が見れたら悩みは全部消えるのかもしれない。

人との交わり方がわからないけど対人恐怖症ではない、


生きる事が苦手だけど屍ではない、


邪恋をしてもストーカーにはならない、


スケベだけど変質者にはならない、


鬱状態だけど効鬱剤は打たない、


上手く進めないけどひきこもりではない、


死が救ってくれると思っていても自殺志願者ではない、


英雄に憧れてもそんな力はない、


善人からも悪人からも排除される、


僕はいつも中途半端、


自分にも他人にも染まれない。


罰を与えられたことに感謝できる場合がある。


中学生の頃、毎日のようにクラスメイトに暴力を振るっていたことがありました。

様々な悪行をしました、目障りだといってバカにして顔面を蹴ったこともあった。

そして罰がくだった、僕は罪を犯すといつでも人に嫌われた。

冷たい目で見られてはじめて自分の罪を知る。


昨日そんな過去の事をたくさん思い出していた。

僕が何か人に悪い事をする時は必ず、僕に苦しい事が起こっている時だった。

中学生の頃は家庭の問題やら、

先輩に毎日のようにシメられたりしていたおかげで、

そのストレスをクラスで発散させていた。


自分の苦しみで精一杯になっていた。

それは八つ当たりではなくて、苦しいと無意識に心も粗悪になるものです。

きっと僕を苦しめた人達も何か苦しんでいたのかもしれない。

苦しみの連鎖だ、1つの苦しみが次々と連鎖していく、最悪だ。


思い出していて、初めて気付いたことがあった。

そういう時というのは自分の苦しみで手一杯になっているから、

自分の罪に気付けないものだ、

今さらに過去に自分が何をしていたのか知った。


イラついて教室のイスを投げて壊し、

それを注意してきた女の子に冷たい言葉を言った事があった、

その次の日から、クラス中の女子が冷たくなった。

昨日始めて気付いた、その時僕に注意してきた子は僕に好意があったんです。

だから僕は自分が思っていた以上に人を傷つけていたのです。


僕がそんな過去の罪を知らなかったのは防衛本能もあると思う。

そこまで考えていたら生きていられなかったからだ。

今まで僕が傷つけてきた人達がどれだけ傷ついたのかはわからないけど、

それを過去の事だからといって無視していいんだろうか、

でも実際今の僕は劣等感にさいなまれている、

過去の罪を思い出せば、この苦しみもあの時の罰なのかもしれない。


悪循環、

苦しみが罪をよんで、罪が苦しみに変わる。

ネガティブの渦にのみこまれる。


まだまだ僕の知らない罪があるかもしれない、

もし魂に前世があったらどうしたらいい?

半端じゃない量の罪を犯していることだろう。


罪を犯したくない、

人も自分も傷つけたくない。


一体どうやったら変われるんだろう、

自分に自信がないというのは、自分勝手な思い込みだと思う。

なんだか恥ずかしくて人に顔を見せられない、だから暗くなる。

それでまた、暗い奴だと思われてるんじゃないかと思ってまた劣等感が増す。

ずっとそんな感じの悪循環。

いつからこんななったんだ、昔はそんな事なかった。

なんでだろう。

これまで苦しい時間を過ごしてきて、それが過去になったのに。

いまだにその時の恐怖から劣等感が生まれる。

どうやったら変われるんだろう。

ビューティーコロシアムというテレビ番組を見ました。

コンプレックスだらけの人が嘘みたいに元気になるんです。

外見だけじゃなくて、むしろそれよりも中身が変わるんです。

僕もそんな風になりたいです。


でも僕は別に整形したいわけじゃないので、

僕にとっての整形ってなんなんでしょう。

どうやったらあんな風に変われるんだろう。

彼女達は外見のコンプレックスがなくなる事で変わった。

僕のコンプレックスはルックスじゃない、内面だ。

内面は整形できないし・・・、どうしたら変われるんだろう。

じゃあ内面のどこなんだろう、それがわからないから困ってる。

どこが悪いのかわからないんじゃ救いようがない、困った。

僕はなんで止まってるんだろう。

そうだ、欲がないんだww

いつだかうざったくなって願望も欲望も全部捨てちゃったから。

夢とか全部捨てちゃったから。

キライなんだよな、そうゆうの。くだらない感じがするから、

やだな、また夢みたいな事考えないといけないのか・・・

でもやっぱり未来の自分を描かないと進めないみたいだし。

今まで夢を描くことで道を決めてきた、

トランペットに憧れてブラスバンド部に入った、

HIDEに憧れてギターを始めた。

青春に憧れて、これでもかというぐらいに遊び回った。

いつだって僕は夢を見てた。


夢を持つのは恐い、だから全部捨てた。

もしも見る夢を間違えてたら、痛い目にあう。

でもやっぱり夢がないと進めないみたいだ。

これを選んだんじゃなくて、これしかできないのです。

嘘をついても仕方がないので、

むしろ子供の頃から嘘をつくのが苦手で、

嘘ってどうやるのか全然わからなかった。


小学校の頃にいたずらをした時に共犯の友達が先生に、

「僕達じゃありません」と言いました。

僕は「もう先生は僕達だとわかっているのに、そんな事をいったって明らかにムダだ、

それに僕達はそんなにまで非道なことをしたわけじゃないじゃないか。」

(給食室からイチゴを盗んで食べてしまったのですが)

と思って僕はすんなり「僕達がやりました」と言ってしまったんです。

その時友達はあっけに取られて驚いた顔をしていました。


ということで、僕はいつでもダメな自分をさらけ出すしかできない子なので、

劣等感からあまりそんな破廉恥な事はできないと思ってしまうのですが、

どうやったってこれが僕のブログです。


僕は高校生の時、鬱状態になりました、もしくは軽鬱といった感じでしょうか。

高校の頃は度々学校を休んでいました。愛情のある先生方に恵まれていなかったら

もしかしたら留年していたかもしれません。


今の僕はほとんど休まずに学校に通っています。

自分では鬱なんて治った、と思っていたんですが、

まだどこか、自分の中にはそういう鬱とかひきこもり的な部分があるようです。

僕は無知だからダメなんだ、と思っていますが、無知でも強い人はいます。

僕は心身共に虚弱体質です。


最近ポジティブの連鎖が理想とされる風潮が広まっています。

それは僕もステキな事だと思います。

でも無理して前向きなことを言っていても、

本人は逆に辛くなってしまうという事もあるんじゃないかと思うのです。

だからここで終わります。




ノエイン というアニメが好きでいつも見ています。

一部地方でしか放送されていないようで、

僕はBIGLOBEから見ているのですが、

おもしろいんだから全国放送してもいいのに、

と思うぐらい素敵な作品だと思っています。


この物語はとっても学問的な背景を持っているんです。

量子物理学の多世界解釈論って感じです。

また哲学的でもあります。ノエインという言葉自体、

哲学的なギリシャ語で、「認識」という意味らしいです。

「存在は観測されることによってはじめて存在する」みたいな

哲学っぽい感じのセリフが出てきたりします。


この作品の監督の学問好きのおかげで、

僕も最近少し勉強しています。


「多世界解釈」というのは、ノエインを見ればイメージ的にわかると思うんですが、

運命は無数に分岐してるっていう仮説です。

無数の宇宙と、無数の自分が存在する。

というありえない感じの仮説なんですが。

数学的に考えるととても信憑性が高いらしく、

多世界解釈を信じている人は結構多いみたいです。


僕は数学が苦手な子だし、あまりよくも知らないので信じられませんが。

亜空間というものがあるように、

時間や空間という概念が通用しない世界が存在してるわけだから、

無限に広がるものがあっても不思議ではないと思います。

僕はむしろ亜空間的な概念は結構前から想像してることで、

有限な空間に関係なく存在できるものがあると思ってます。


もし一番小さな素粒子とそれが持つエネルギーが観測できるようになったら、

魂、意識、愛、など全てのものが科学的理論で解明できる。

と、僕は勝手に想像しています。ゆうのは簡単ですねww

僕のMDにはフェイウォンのeyes on meという曲が入っている、

HIDEのeyes love youという曲を聴くときもそうなんだけれど、

不思議なことに、それらの曲を聴くときは、

かなりの高確率で好きな女の子のコトを考えている。

ラブソングを聴いている時にロマンチックな気分になるのは、

一見当たり前なのかもしれないんだけれど、

どうも毎回、無意識のうちにそうなっているので、

気付いてみると不思議に思えて仕方が無い。

eyes on meは歌詞が英語なのに、曲の雰囲気だけでそんな風になるんだろうか。

超常現象っていうのは直訳すると、尋常でないという意味だけれど、

その本質はものすごく自然な事であると思う。

僕にとっては汚い言葉で罵られた時の嫌な気分も、

綺麗な言葉をもらった時の素敵な気分も、

とっても不思議な超常現象だ。

影響、周りと同化しようとする防衛本能?

今までは影響というものをとても物理的に考えていられたのに、

今はそれが「見えざるもの」として見えてしまっている。

でも結局はそれは物理的なものだと思う。

あまりにも不思議に感じるけど。

なんだかそれってすごい。

目には見えないような次元で色んな事が起こってる、

当たり前のように。

子供は学校から帰ってくると、

今日一日身の回りであったことを隊長(ママ)に報告します。

それが自然で良いとされている風潮を見かけます。

確かに一隊員として、隊長への報告は義務ですが、

でも僕の家庭にとっては例外だったかもしれません。


僕はおしゃべりで、なんでもかんでも隊長に報告する子供でした。

時には悪いことも当然ありますよね。

それも僕はかまわずに隊長に報告してしまったんです。

中学一年生くらいまではそんな感じでした。


友達に蹴られた。

高飛車な女の子に顔面ふみつけられた。

先輩に病院送りにされた。

街で高校生にお金貸していわれた。

チャリンコ走ってたら事故った。


まぁ少年達にとっては一度は経験するような事ばかりですね。ww

しかしうちの隊長は心配症だったので、何か悪い事を報告する度に

想定外の大問題に発展させてしまうのです。


だからと言ってまぁ別にこの記事はうちの隊長の批判目的ではありません。

何もわかっていなかった僕が悪かったのです。

僕が何も知らなかったのです。なんでもかんでも隊長に報告していたら、

余計な心配をかけてしまいますよね。

僕以外の子供たちは皆それを知っていたんですね。


口は災いのもと、

僕はこの口がしゃべる度にイヤな思いをしてきた。


ゲームのFF8の主人公のセリフで、

「壁にでも向かってしゃべってろ。」というセリフがありました。

本当に壁に向かってしゃべれたらイイのに、と思いました。

ソクラテスは「全ては神様のおかげだ」と言うし、

立派な人は「全ては皆さんのおかげです」と言う。

両者ともに感謝の念に溢れていて、すごく素敵だと思うし、

他者に感謝できる喜びはすごく幸福なんだとも思う。


でも僕は自分に感謝できるようになりたい。

それってなんだかものすごい幸せそうだ、バカみたいに幸せそうだ。


僕はいつもいつも謝ってる、もう自分にすら謝ってる。

こんな僕で申し訳ない、僕がこんなんだからいつも君に辛い思いをさせてる。


そして謝られている側の僕はこう思う。

本当にダメな奴でしょうがないな。


こんな状態が幸せなわけがない。


僕はいつからか、少しづつ色んなものの何処がどうゆう風にありがたいのか、

理解できるようになってきた。それは人間としてとても幸せだ。

今度は自分に感謝するってのはどうだろう。


自分に感謝できるようになりたい、それぐらいになりたい。

自分に感謝されて褒められたら絶対嬉しいな、

以外と厳しいからなこの人、(理想主義者だから。


自分に一言、ありがとうと言える日は来るかな。

と、また夢みたいな話でした。


表面だけ取り繕っているのは恐がっているからだ。

最近やっと「背伸び」という言葉の意味がわかってきた。

結局自分の分以上の事をやっても格好だけつける形になって、

中身なんて全然からっぽで終わってしまう。


時がたつほどに自分の無知が暴露されてゆき、

痛感して痛がってる。

そして自分を卑下する。


自分に知がない事を知るのは大事かもしれないけど、

それによって見えてくるものもあるんだと思うし。

でも自分が幼稚だからって絶望しててもしょうがないし、

どんな立派な人にだって僕みたいな幼い頃はあったわけだし。


このごろの僕の精神を一言で言えば「混迷」

何一つ確信してできることがない、

全てに疑いをかけて、でも結局自分は幼稚なんだから、

いくら考えたって分以上の答えなんてでなくて。


もう何にもわからない、完全に迷子だ。

だからと言って自分を信じて突っ走ったって、

それがポジティブとは絶対思えない。

これまでの自分がそうだったから。

それもまた愚かだと思う。


どっちの道を見ていても、どちらも愚かだと思って立ち止まってる。

ようするに何か1つでも信じられるものがあれば良いんだ。

そうすれば進めるんだけど。


こうやってずっと足踏みしている自分は怠惰というのかもしれないと思う。

実際厳しい人から見たらそう言われそうだ。

でも僕は自分がムダな時間をただ過ごしているとは思えない。

いつだってそう思っていた。

いつからだったか毎日日が昇る度にありがたいと思えるようになったから。

少しづつだって何かきっと僕は進んでいると思う。


もう背伸びはやめて、愚かな自分を受け入れようか。

僕はみんなみたいに立派な人じゃないんだから、

それはもう嫌というほどに見てきたんだから、

中身のない背伸びなんかしたって意味がない。


少しつづ、現実的に進めばいいのかな。

僕はまだ夢を見てるのかもしれないから。