未だに疑問が残っている事がある、

様々なことで家族から干渉をうけてきたが

その中でまだなんで彼らが僕にそんな干渉をしたのかわからないことがある。

もともと干渉すること自体が疑問なんだけど。


僕のコンプレックスや強迫観念は家族からもらったものが多いのかもしれない。

また干渉について考えてしまっている。

干渉されることで良い影響をうけたことがある人はいますか?


心配、

よく聞く言葉だ、

僕はまだこの言葉の意味を知らない。

むしろ気持ち悪くなってしまう。

母親からの干渉を思い出すからだ。

プラスの意味は心配り、マイナスの意味は不安。


禁止すること、妨害すること、

干渉というよりそれかもしれない。

変に口をはさむ事は実際そういう効果がある。


何でなのかまだわからない、

何でそんなことをされなきゃいけなかったのか、

僕にどんな非があったのか。

僕は無知だから。

今クラプトンに影響されてギターの練習を久しぶりに熱心にやってました。

そしたらふと、自分の個人プレイについて何か気が付いたようでした。


一人でいると落ち着かなくて不安になる、というタイプの人っていうのは聞いたことがあるような感じがするんですが。

僕はその逆で人に囲まれていると落ち着かないし、さらに不安になるんです。

何かおもしろいですよね。


自分の心理分析はやっぱりよくわからないものですが、

もしかしたら、僕は一人でいるコトで自分を相対評価から逃げさせて、

自分個人の存在を美化して、安心感を得ているのかもしれない、と思いました。

僕は集団に属することで劣等感を感じるのかもしれません。

これは1つの仮説ですが。

何年か前から暴走族と呼ばれる集団はほぼいなくなりましたが、

あまりに多くのマシン(主にバイク)が普通でない音量を出して走っています。

とても不自然な光景です。

むしろ道路を走るバイクの半分が普通でない音量を出しているというのが、最近の現状です。今この記事を書いている間にも絶え間なく不自然な騒音は放たれています。


あんまり騒音についての批判を書くと、

善良なマシン愛好家の方が変に気にしてしまうかもしれませんが

僕たち騒音の被害にあっている人々は、

何も無音にしろなどとは、もちろん言っていないわけであります。

エンジン音が色んな意味で必要なものであり、

聞き方によれば格好良いものだとも思っています。


しかし、こうやって何度もここに騒音の話を書くのは、

邪悪なライダーに読んで改心して欲しい、

なんて事はもちろん一切思っていないことで。

少しでも多くの人に騒音などの公害に苦しんでいる人がいる、

と言うことを耳に入れておいて欲しいからであります。

それが自然な事であると思うからです。


また、最近のところ国道でのバイクレースを何回か目撃しています、

何台ものバイクが普通でない音量を出して、

且つハイスピードで駆け抜けて行きます。

不自然な音に対しての人々の無関心と無神経を日々感じています。


無気力、嫌な言葉だ。

マイナスのエネルギーを感じる。

無気力って鬱に似てる気がする。

暗い人って感じがする。

自分はそういうトコがあるから、無気力って言葉がすごくイヤだ。

無気力といえば、昔みんなでよく言っていましたね、

「勉強しなきゃなんだけどヤル気が出ない」って。


なんだろう、なんで無気力になるんだろう。

ホントに知りたい。

寒いから? というのもあるけど・・・。

最近は本格的に寒くなってきたように感じます。

買い物に行きたいんだけど、

街は汚いイメージがあって、なかなか行く気になれない。

最近は引きこもってます。(でたっ、俺の特技。

にしてもいつもと雰囲気が違う感じがするんです。

不思議な感覚です。


こんなに無気力なのはすごく久しぶり、というか初めてかもしれません、

そのぐらいのレベルです、大変です。

いつもなら引きこもるにしても充実したヒッキーライフを送っていたものなんですが、なんだか楽しめてないんです。不思議です。


今わからなくてずっと探してることがあります。

否定すること。


昼があれば夜もある、美しいこともあれば残酷なことも起こる。

善があって悪がある。

僕は残酷なことや悪を否定したくて・・・。

でも昼があれば夜もあるんです。

夜の存在を否定しても無意味なように、

悪は無くなるものではないんです。


だからといって黙って見ていていいんでしょうか、

本当に価値のある行動はなんなのか知りたいです。

神経質、過敏症?どこかに傷がついてるから?

ナイーブとか、繊細とか・・・。

神経質になりすぎるのは善くないだろう。

でもそれは繊細とも似ているようで、

すると美意識にも似ているような気さえする・・・。


強い人、バカは風邪を引かないとか・・・。

無神経がなんでイヤな感じがするかというと

無感覚で不自然だし、人間味がないというか、

美意識がそこにないんじゃないかなぁと思う。


まぁ、また騒音の話になるんですが、

汚いものや見たくないものがある時なんかは目を閉じればいい話で、

なんで耳には天然のふたがないものか、と考えたりもしてしまいます。


音ってなんだか僕はよく意識しているようで、

音楽が好きだったり、母の叫び声を聞いて育ったり・・・。


もし自分が耳が聞こえなかったら、とか目が見えなかったら・・・

恐いのかな、つまらないのかな、痛いんだろうな

でも静かなんだろうな・・・なんて。

シドヴィシャスって知ってますか?

SEX PISTOLSのベースやってる人です。

色白で、痩せてて、黒革の服に、黒髪のツンツン頭。

パンクロッカーを象徴する人です。


恥ずかしい話かもしれませんが、

その人の歌声を聴いた時、とても感動したというか、

涙が出そうになりました。

酔っ払いがふざけて歌ってるようなものなんですが、

ハイエナジーというか、センスを感じるというか。


僕は色んな意味で心を閉ざして生きているような気がします。

コンプレックスや恐怖のためでしょうか。

感動したのはシドの歌を聴くとそんな自分がバカらしくなるからかもしれません。

否定することは価値があるんでしょうか。

最近、否定する記事をよく書きます。

否定の声を上げることは一見とても無意味に見えます。

なぜなら、悪は無尽で、満足のいくまで排除することは不可能だからです。

そして否定する心には苦しみがやってきます。


自分の理想とは反するものでも、愛をもってその存在を認めるというのも、善いと思います。悪にも存在価値があることでしょう。

存在するもの全てに存在価値はあります。

愛は無条件であるので邪悪なものでさえも愛することができます。

愛には苦しみがよりつかない性質があります。

なんでもかんでも無条件に愛するんだったら、バカみたいかもしれませんが、穏やかにいられるでしょう。


否定することは、愛とは正反対なことに思います。

だからとても悪いイメージがあります。


でも悪いものを否定することが、前向きな意味を持つことがあります。

でもそれは多分自分の世界内のことだと思います。

その一方、現実の世界では、誰かを否定することは苦しみを呼んでいる気がします。それなのに、よくわからないんです。

否定なんかしたくない、そう思ってても僕は人を否定してしまうんです。

それは否定することが、何か学びになるような気がしているのかもしれません。


否定の声をあげるとしたらその目的はなんだろう、

裁きを下したい訳じゃないし、誰かを傷つけたいわけじゃない。

でも悪がそこにあるのに、誰も声をあげないんじゃモラルなんて消えちゃいそうで。それに苦しんでいる人がいるというのに、何もできないなんて。

でも否定することは新たな苦しみを呼ぶ。

苦しみを呼ぶようなものを善とは思えない。

でも無関心で無神経が高貴とは思えない。


随分前からずっとわからないでいること。


今日も街に買い物に行った、

今日は耳栓を持っていったおかげなのかよく買い物ができた。

僕はもう耳栓が無いと生きていけない人間になってしまったのだろうか・・・。

そんな依存したくないよ・・・。


本屋さんで美輪さんの本を立ち読みしてみた。

美輪さんは魔界人に会った事があるらしい。

魔界人の特徴のひとつに、陰湿なのにエネルギッシュ。

と書かれていた。


心に邪悪なものを持っていて陰湿となると、普通の人は明らかに調子悪そうな感じになるもんだけど(俺か?!

それなのに人間は活き活きとする事ができるらしい。

陰湿なのと元気がないのは関係がないのかな。

そのエネルギーがどこから来るのか教えて欲しい。


最近は寒い寒いとみんな言ってるけど、

じゃあなんでみんなコート着ないの?

時代はもうウォームビズであるべきなのに、みんな薄着だよね。

学校の教室、食堂、図書館、夏も冬もエアコン効き過ぎてます。

実際みんなイヤがってますよ。

洋服屋さんもそうです、こんな暑い所で働いて。


確かに僕は神経質な人だ、最近は特にそうかもしれない。

でも不自然なことを全く気にしてない人は逆に無神経だと思う。


まるで子供が遊んでるみたいなエアコンの使い方。

道路の車もおもちゃみたいに見えることがある、

たくさんの大人達が子供みたいに見える事がある。



今日は自転車を直さないといけないのと、買わないといけないものがあったので、久しぶりに街に出かけました。

でも結局なにも買ってこなかったし、自転車屋も休みだった。


洋服屋さんでふと思った。

物を選んでても全然楽しくない。

そう感じてからすぐに店をでた。


不思議だった、買い物ってもっと楽しいものじゃなかったっけ?

購買意欲が無いのは個人的な問題だと思っていたんだけど、

どうもそれだけじゃないみたいだった。


街は車の排気ガスで包まれてるし、騒音も酷い、スラムだ。

店の中はBGMがうるさくて買い物に集中できない。

渋谷の街なんて酷いレベルだ、下品な街だ。

パンクロックは好きだけど、もう苦しむのは嫌だ。


もうスラム暮らしは飽きた、

小学五年生からこの街で暮らしている。

僕のイヤホンからはHIPHOPが聞こえてるけど、

スラム暮らしはほどほどにしたいと思う。


最近、今もとても逃げたいと思ってる

別に大きな意味じゃないけど、たまには遠くに行きたい。

今も耳栓してるけど、騒音は消えてくれない。

不自然なエンジン音が一日中響いてる。


学校に行ったってそういう外的ストレスからは逃げられない。

みんななんでもかんでも道に捨てていくし、

せめて授業中くらいは下品な冗談で下品に盛り上がるのはやめて欲しいな、なんて。無理ですよね~

人の話し声、エンジン音、大量の私語の中で、先生もマイク大音量。

とっても不自然ですよね。みんな、


この街は時々異臭が立ち込める時もあるんですよ。

薬っぽい臭いだったり、下水臭だったり、

渋谷じゃないんですけど、住宅街なんですけど。