毎日日課のようにピアノを弾く。
練習とピアノを弾くことは違うと思っている。
ピアノは弾いたけど今日は練習できなかったと思う日もある。
生徒のレッスン曲を弾く。生徒を思い浮かべて弾くことでレッスンポイントが見える。
たった1回しかその曲は弾かないこともある。これは練習ではない。
弾かなくてもポイントが分かる曲はたくさんある。
だけど、うまく伝えられなかった時は、自分で弾かないと解決点は見えてこない。
生徒の真似をして弾いてみることもある。だからこんな風になるんだ。
見て、聞いて、わからないことが解決できる。
生徒の真似をしてみることで、自分の練習の解決法につながることもある。
レッスンをするために弾くことと、自分が弾きたい曲を練習するのは別次元。
前者は仕事のための準備であり、後者は趣味と実益を兼ねた自分の引き出しを増やすためのこと。つまり弾く時間がないと言えるのは後者の場合だけ。
自分が練習をすることが楽しいから、細かい部分にこだわって作り上げることが楽しいから、その楽しさを伝えたい。
忙しいから練習できない。そういう言い訳はよくある事。
練習って時間があればやろうと思うとできないように思う。
忙しいから時間がないのではなく、忙しくても時間を作る努力。
本当に時間が捻出できない日はある。忙しくても弾く時間を作ろうと思えば作れる日もある。
ある方のブログに、ピアノの先生でも練習するヒマと熱意がないと弾けるようにならないと書いてあった。
すごく違和感を覚える文章だ。
仕事に対する責任があれば、ピアノは弾かないといけない。
教材研究は机上で行うのではなく実際自分で音を出して行うこと。
いくらセミナーに通っても頭の中だけでは定着できないの。
人が弾くのを聞いても自分で弾きながらでないと出来ないとおもう。
それは導入教材でも同じ。
例えば指先がふにゃふにゃ。どうやって意識をさせるの?自分はどこを意識してる?
力一杯弾く生徒。実際に力一杯弾いてみたら、、、生徒は先生の言ってることを聞くゆとりがない場合が多いことに気づくの。
先生の言うことが聞けるようにするには、、
それは指導者によっていろんな方法がある部分だから自分で考えること。
セミナーで講師が言ってることを参考にする場合もある。でも自分の言葉でないと生徒には伝わらないんだよね。
責任をもって教えると言葉で言うのなら、先生自身が弾くことをしないと口先で何を言っても説得力がない。
ピアノは弾くことが楽しいんじゃなくて、弾けるようになる過程が楽しいと言うことをもっと伝えたいな。