普段のレッスンでどこまで教えるか。
年齢にもよるけれどいつも悩む部分。
私自身は実は楽典は習ったことがない。
大学受験の時も、音大受験するなら高校の先生にこれを自分でやってと黄色い楽典の本を渡された。
ピアノやソルフェージュの先生にも楽典は自分で勉強してわからないところは聞いてと言われていた。
入試の過去問は当時回答が手元になくて、答え合わせだけ高校の先生にして頂いた。
それでも、入試の楽典は問題ない程度には出来たし、入学後も和声には全く困らなかった。
どちらかと言えば得意だった。
私よりもひと回り以上上の方のレッスンで、楽典的な要素に触れることがある。
その生徒さんは60の手習いでピアノを始められた方だけど、実によく知っている。
中学か高校で習ったからと言われる。
質問されたことに答えていくと、そういうことだったのですね。聞いてよくわかりました。と言われることも多い。
先日からチェルニー40番に入った生徒に、うまく表現できない部分は和声的な動きを感じているか聞く。
和音記号はすぐ答えられなくても、和声を感じられていればそれでいいかと思っている。
和声的に分析できてもそれが音楽に繋がらなければ、知らないのと同じ。感じることって大切。
ただ、知識として持っていれば、意識して音を聞く手助けになる。私の楽典の基本の教え方は自分流。
それでも今まで何人もの生徒からわかりやすいと言ってもらっている。そしてその基本から外れる部分は、曲の中で大切な部分。つまり特別。好きで演奏するのにはそれで十分。
それが私の考え方。
それ以上のことを知りたければ自分で勉強すればいい。
必要を感じたら自分でする。わからなければ聞く。
私が楽典で困らなかったのは、勉強を始めた時にはたくさんの曲(練習曲)を弾いていて、どの曲にも共通している事が沢山あるとわかったから、そういう決まりだったんだと納得できたからだと思う。
そして幼少期から楽典を重視したレッスンを受けていたら、
弾ける楽しさに気づけなかったかもしれないと思うこともある。
自分が受けたレッスン、、、奏法など厳しく言われなかったから今楽しくピアノが弾ける日々を送れているのかな。
同業者の方たちがよく口にしている、「自分が小さい頃こういうことを教えてもらていたらもっと弾けるようになっていたと思うからそれも教えたい。」というニュアンスの言葉。
私はどちらかと言えば否定的。なんだか束縛されてしまう気がするから。
やっぱり私流、、、赤と青と緑の3色の色鉛筆を持ってのレッスンでいいのかな。