2017.2.4 抗がん剤治療の副作用 | 明日への轍

明日への轍

齢五十を過ぎて、ある日大腸がんが見つかる。
手術から回復したと思った一年後、肝臓と肺へがんが転移。
更に続くがんとの付き合いを記録します。

一回目の抗がん剤治療では、余り副作用なるものを意識することは無かった。
思い出せば、退院翌日に出勤したのだが、通勤途上で気分が悪くなって腹痛がしたので途中下車して駅のトイレに駆け込んだ。その後、二度ほど下痢でトイレに行ったが、その後は回復して仕事に出かけられた。
その程度だった。

だが、今回は明らかに違った。薬に説明書にある症状が諸に出た印象だ。
分類すればこんな感じ。
①下痢(すぐにトイレに行きたくなるが、便が出ない)
②吐き気
③手足のしびれ
④発熱、疲労感
⑤骨髄抑制(白血球・血小板の減少)

まず、②であるが今回の入院治療二日目から何度もトイレに行きたくなった。
しかし、便秘のようになかなか便通がない。当初はウサギのウンチのようにコロコロ状のものが少量出たぐらいだったが、その後全くでなくなった。
病院の食事は二千カロリー位ではあるがちゃんと食べていたのにである。

③のしびれは冷たいものを触ったり飲んだりした時に如実に感じた。
それ以外の時にはしびれは感じるときはなかった。

今回、退院してから自宅に帰るまでが酷かった。
①の下痢は地下鉄の駅に着いた時から始まっていたように感じる。
平日四時頃の時間であるから座って帰れたが、途中から息が荒くなってきて気分が悪くなり吐き気を催してきた。お腹も痛かったのでやはり途中下車してトイレに行ったが、やはり出なかった。
しばらく休んで、やっと電車で地元の駅まで着いた。
とても歩けない状態なので、タクシーにのったものの、ずっと荒い息をしていた。

自宅に戻りすぐに寝た。 疲れていたのであろう二時間ほど寝た。
その後起きだしてはトイレに行き、再度、トイレに行き、十回以上行っただろうか。それでも出ない。
お腹はパンパンに張っていた。気分も悪い。
風呂に入ったり、無理やりラジオ体操で体を動かしたりしたが変わらなかった。
夜中に目が覚めて三回ほど起きてトイレにいったもののやっぱり出なかった。
熱を測ると37.8度あった。④の発熱があった。

翌日は会社を休んだ。
行けるかなとも思ったが、大事を取ったつもりだった。
大腸が動いていないのが原因だろうと考えて、散歩したりお腹を擦ったりしては何度もトイレにいったが、やっぱり出なかった。

午後になって徐々にお腹が動いている感覚がした。ガスも少し出るようになった。
トイレでは便は出ないが下血があった。
下血と言っても真っ赤な血ではなく血液の混じった体液と言う感じのものであった。
以前、大腸の手術の後で使用していた尿とりパッドが役立った。

何も食べないのもよくないだろうけども、お腹に優しいものとして素うどんを食べた。
ちょうどよかったかもしれない。
疲れていた。
ちょっと寝るつもりでいたら、夕方四時から八時まで四時間も寝てしまった。
夕飯は、再度、素うどんで過ごし、リンゴとウーロン茶を飲んだ。

夕方に寝すぎたので夜は寝れないかと思いながら11時過ぎに布団に入ったが、朝五時まで寝てしまった。やはり疲れているのであろう。
相変わらずトイレ通いは続いたが、徐々に血液の混じった体液は減っていった。
朝食は通常のようにご飯とみそ汁とベーコンエッグで食べた。美味しかった。
トイレの頻度も大分落ち着いてきた。そして柔らかいけれども通常の便通があった。
これで症状の落ち着くだろうと思われる。

一回目の抗がん剤治療ではほとんど症状が出ず、安心していた。
しかし、期待を裏切ることなく副作用は起こった。
それも薬の副作用を説明する資料そのままの副作用であった。
今のところ頭髪には異常は見られないが、これも説明通りに影響されるのかもしれない。

⑤の骨髄抑制については、二回目である今回の抗がん剤治療の初日の採血で、白血球の値が4100で血小板は22.8であった。いずれも治療前までは至らないが、標準値に戻っていた。
当初、甘く見ていたが、「副作用は2回目、3回目から出ることが多い」と言われた通りの事となった。
途端に、抗がん剤治療が憂鬱で嫌なものに思えてきた。
成程、これは確かに辛い治療である。
半面、抗がん剤が身体に影響を及ぼしている事は確実であるのだから、出来れば癌細胞にも有効に働いて死滅させていってくれることを願いたい。