4の続きに行く前に、別の「証人」の回想録に触れたいと思います。
先に「強制収容所の記事紹介2「普通の人間」が…」で、ものみの塔記事にアウシュヴィッツ強制収容所の所長ヘスの回想録からの引用があることに触れました。塔記事によると、ヘス回想録もマルガレーテの著作(からの引用)と同様、「一般囚人はすさんでいたが、JWは違っていた」という内容のようでした。
はたして、ヘスはそんなにJWを礼賛していたのでしょうか。その回想録(ルドルフ・ヘス著、片岡啓治訳『アウシュヴィッツ収容所』講談社学術文庫)を入手をしたので、紹介していきます。まずはものみの塔記事の引用部分から。
例として,強制収容所が女性に与えた影響 について調べてみることにしましょう。 ルドルフ・ヘスは,自伝「アウシュビッツの長 官」の中で次のように語っています。「初めか らすし詰めの状態にあった女性だけの収容 所に入れられると,女性収容者の大多数は 精神的に参ってしまう。その結果,早晩体も だめになってしまうのであった。どの観点か らも,またどの時期においても,女性だけの 収容所には最悪の状態が見られた」。
もちろん,状況は,収容所によっても,また 戦争中の時期によっても幾分異なっていま した。しかしヘスは次のように語っています。
「女性は,最悪の状態に至ると,全く自制心 を失ってしまう。幽霊のようにふらつき回り……やがて訪れる静かに死ぬ日を待つだけで ある」。権威を与えられていた一部の収容者 の行動もこうした状態を作り出すのに一役買 っていました。ヘスによると,「彼女たちは, 厳しさ,卑劣さ,執念深さ,その堕落ぶりに おいて,同じ立場にいる男たちをはるかにし のいで」いました。
(ものみの塔81/9/15より)
初めから一杯に詰め込まれた女子収容所は、膨大な女子抑留者にとって精神的な破滅を意味し、それは、おそかれ早かれ、肉体的な破滅を引きおこした。
アウシュヴィッツの女子収容所は、どういう点から見ても、つねに、最低の状態にあった。(『アウシュヴィッツ収容所』講談社学術文庫、p.275)
女たちは男子にくらべて万事、はるかに烏合の衆だった。それに、女というものは、一度ある極限に行きつくと、あとは完全に投げやりになってしまう。そうなると、完全に虚脱した幽霊のようになって、あたりをうろつきまわり、行く先々で他の者からはじきだされ、そしてある日、ひそかに息絶えてしまう。…(中略)……この女たちは、そのしたたかさ、低劣さと卑しさ、極悪ぶりでは、男性の相棒どもを、はるかにしのいでいた。(同前、p.271)
アウシュヴィッツの所長ヘスが女性に対して差別的な見方を持っていることはともかくとして、このあたりの記述は、塔記事と引用元にあまり食い違いはありません。
さらに、塔記事は次のように続きます。
しかし,ヘスは次のようにも言葉を加えてい ます。「これと正に好対照をなしていたのは, “聖書のハチ”もしくは“聖書の虫”と呼ばれ ていた女性のエホバの証人たちであった。残念ながら,彼女たちはごく少数にすぎなか った」。
(ものみの塔81/9/15より)
その点で、心暖まる対象を見せたのは──聖書の蜂とか聖書の虫とか呼ばれた──聖書研究会の女信徒だった。ただ、残念ながら、その数はあまりにも少なかった。彼女らは、多かれ少なかれ狂信的なその振舞いにもかかわらず、ずいぶん引っぱりだこになった。
(『アウシュヴィッツ収容所』講談社学術文庫、p.273)
「狂信的」うんぬんの文章はものみの塔には採用されず、塔記事のヘス回想録からの引用はここで終わっていますが、実際のヘス回想録は、さらに続きます。
このあとヘスは、彼女たちがよく働いたこと、子供のいるナチス親衛隊員の家事に従事しても、子供を宗教に勧誘することはなかったこと、軍服など軍隊に関するものには一切手を触れようとしない「変った人間」もいたこと、そして、彼女たちの信仰態度についても記述しています。
しかし、全体的に見て、彼女らは、自分の運命に満足していた。エホバのために囚われて苦しむことによって、やがておとずれる神の国の中で良い場所をあたえられるよう望んでいたのである。──奇妙なことに、彼女らは、ユダヤ人は苦しみながら死んで当然である、なぜなら、彼らの祖先はかつてエホバを裏切ったのだから、と固く信じこんでいた。──私としては、聖書研究会員たちをいつも哀れな迷えるものと考えていたが、彼らは彼らなりに幸福だったのである。
(『アウシュヴィッツ収容所』講談社学術文庫、p.274)
哀れだと思っていたけれど、かれらはかれらなりに幸福だったのだ…という観察には、ヘスに同意をおぼえてしまいました。