親を許す/赦す、という話題の件。

大変スリリングな話題ですが、私もとても関心があるテーマなので書いてみたくなりました。

 

私個人としては、許さないことにしていますが、いやだからこそ?「許さなくてはいけない」という圧力を強く感じてきたように思います。いまでは、あまりそんなことはないのですが。

 

許す/赦すというのは、人によって場合によって、いろんな意味がありそうです。相手が自分にした行為を許すとか、行為は許さないけどそうせざるを得なかった事情を考慮して相手を許すとか。行為は許さないし事情も認めないけど相手が存在することは許すとか。ほかにもいろいろあるかもしれません。また、和解する、というのも許すと似た感じがして、いろいろな意味のとり方があるように思います。

 

振り返ると、私は脱塔した15歳から20代前半くらいまでは、親を許すなどということに興味をもちませんでした。そんなことより、生きることに必死でした。当時はまだ一緒に暮らしていたころの親きょうだいの記憶が鮮明で、許すとか和解するとかいうことに関心や希望をもてる心境になかったこともあります。

 

ただ、私は母親に対してはどうしても素直に怒りや恨みを感じることができなくて、怒りや恨みの対象は父や宗教でした。「お父さんが変な人だからお母さんは宗教に走った」と。そして若いころの私が母に対して抱いていたのは、母が私を憎むことがただ悲しい、でもそういう宗教にはまっているから仕方ないという気持ちでした。

 

では母を許していたのかというと、そうではない気がします。むしろ母に感じるべき怒りや恨みが、回路をねじ曲がって父や宗教に対して噴出していたと考えます。私の場合、父(←アル中)や宗教(←jw)も相当悪いのですが、そのようなものとつるんでいる母が無辜の身であるわけがありません(笑)。ただ、その母に対して感じることができなかった怒りや恨みが、父や宗教に対して上積みされていたようでした。

 

20代も後半になると、だいぶ変わってきたように思います。大人として・社会人として一人前にならねばという思いが自分のなかにめばえて、世間の価値観というものを体得する必要を感じだし、それとともに家族がいないことの不都合というか不体裁さを感じるようになりました。

また、社会人として数年たつと、学生の頃のように父親への怒りを認識する機会が減りました。学生時代は、親が学費や生活費を払ってくれないことへの怒り、そのために自分が学業と仕事で消耗していることへの苛立ちでいっぱいだったのです。が、学校を卒業したら学費の支払いに悩まされることもなく、働いて生活するのは普通のことになりました。それに、会社や取引先の中年男性に入り混じって働くうちに耐性がついて、ただ中年男である(しかも薄汚い)というだけで加算されていた父へのネガティブな感情が薄らいできた節もあります。

 

そんなこんなで20代後半~30代後半は、家族とよりを戻す試みを断続的に続けましたが、結論としてはやはり無理でした。おおざっぱにいって、父は「いい人(?)」だけどアル中で、お金の問題が切れない。jw家族は、何かとマウンティングしたがるし、節目の時におそろしく攻撃的になり、聖書も悪用して呪いさえかけようとする…という感じ。父は2年半前に亡くなり、そのころから私は残りのjw家族とはもう関わりをもたないことにしました。

 

ふだんは忘れているのでとくに恨みや怒りを意識しているわけではありませんが、かといって許しているつもりはありません。こうしてjw家族について思い出して書いていると、あなおそろしや、許すまじ・・・と思います。

 

そんな私をとても慰めてくれた大好きな歌がこちらです。

平良愛香「わたしはおやを」